第20話 策士の秘技一族 庵原将監

庵原将監いはらしょうげんは大原雪斎に

このままでは織田勢を止められないと詰め寄っていた。


「将監。お主はもう開眼しているのであろう?

何故、織田勢が止められないのだ」


庵原家は昔から忍者とはまた違う、

秘技を扱う一族であった。


「何の事かさっぱり分かりませぬ」

誤魔化しているのか、本当に何も知らないのか

大原雪斎には分からなかった。

そこで引っ掛けて見る事にした。


「庵原家は代々、重鎮とされてきた。その理由は秘技を

扱う一族だからだと、わしは殿より聞いておる。

もし、其方そなたが秘技を扱えぬのであれば、

庵原家は代々今川家を騙していたという事になる。

そして、今も義元様を欺いている事となり、

一族皆殺しになるであろう」


庵原将監の顔色が微かに変わり、額に浮かび上がった汗が

眉を避けてそのまま顎まで落ちていき雫となって落ちた。


「お主は知らぬであろうが、わしの体には庵原家の血が

流れておる。それは殿もご承知じゃ。

それでもお主は知らぬと申すのじゃな?」


穏やかな口調ではあったが、緊迫した空気の中で、

庵原将監は何も言えず、後悔した顏を見せていた。


「申し訳ございませんでした」

席から立ち上がり頭を地につけて

将監は許しをうた。


「何に対して謝っておるのじゃ?

わしを騙そうとした事か?

わしの采配のせいにして負けそうだからか?」


「全てに対してでございます」


頭を上げたくないほどの重圧が、

己の体と心に圧し掛かったように、

心に刃が突き刺さるように大原雪斎に責められた。


「まずはお主の力を見せてみよ。当然、戦場でじゃ。

わしだけが残り生死を見届ける。

再びわしを欺こうなどと努々ゆめゆめ思わぬことじゃ。

お主如き、わしの敵にもならん」


「では信秀の首を持ってまいれ」


「ははッ! 必ずやここに持って参ります」


そう言って、庵原将監は大原雪斎の恐ろしさから

逃げるように戦場へと向かって行った。


「誰ぞおるか?」

「はッ。ご用命でございましょうか?」


新野親矩にいのちかのりをここへ呼んで参れ」

「はッ。すぐにお連れ致します」


「雪斎様、お呼びでございましょうか?」

「うむ。お主は残りの全兵力を率いて、

浜松城に入り、固く守って死守の任につけ。

よいか、敵は必ず攻めてくる。城外には出ず守り通せ」


「全兵を…分かりましてございます。お任せください」

「わしが戻るまで頼んだぞ」


「ご安心してお戦いくださいませ。それでは」

新野親矩は謎の多い大原雪斎に問いかけるのは、

愚問だと思い理由は問わずにすぐに支度に取り掛かった。


薄暗くなり始めた頃、織田勢は今川の陣営に近づいていた。

「松明を灯せ。各所にも同様に松明を灯して明るくいたせ」


信秀と共にくつわを並べる丹羽長秀は直ぐに命じた。


今川の陣営には灯りひとつも灯っておらず、不気味に感じた。

ここを撤退させれば、浜松城までは難なく行ける。


灯りが各所に灯され、誰かは分からなかったが、

一人の人影が見えた。五千の兵を引き連れる

信秀と長秀は、不用意に顏が見える程度まで近づいた。


「私は庵原将監と申します」

「ふん。知らんな。お主一人か?

降伏する為に待っておったのか?」


「いえ。違います。

あなたの首を持ち帰る為に待っておりました」

丹羽長秀は直ぐに兵で周りを固めるよう、合図を出した。


「それでは命をかけた戦いを致しましょう」


庵原将監は微笑みながら言った。

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