第9話 出陣

雪が融け、小鳥のさえずりが早春を伝えた頃、

城下には参戦登録の為に大勢の人が集まっていた。


真田蒼紫の姿もあったが、あの戦以降も多くの武功を

上げて、今は五名のうちの一人である足軽総大将になっていた。


足軽大将にはそれぞれの兵種を統括する役割があり、

戦の口火を切る足軽総大将次第で、相手の統率力も

図れるものだった。


歩兵、弓兵、槍兵、騎兵、

そして独立した権限を預かる忍者部隊に

わけられていた。


真田蒼紫は前回の戦で、前衛部隊として、その力が示された。

そしてあの戦以降、任務の中でも命懸けの任務である

暗殺を自ら志願して、武功を重ねていた。


その強さと任務に対する前向きな姿勢から、

最も危険度の高い、歩兵の足軽総大将に任命された。


今川家の列席に加わり、今川家の家紋の入った陣羽織を

着る事を許されていた。


「ほう。お主ではないか」


真田は後ろから声をかけられ、振り向いた。

岡部元信が後ろに立っていた。


「これは岡部様。お久しゅうございます」

「あれから一年も経たぬうちに、

足軽総大将になるとは流石だな」


「お褒めの御言葉ありがたく頂戴致します」

此度こたびの戦、前回のようにはいかぬぞ」


「死ぬでないぞ。また楽しませてもらおうぞ」

真田は岡部が席に着くまで、礼を取ったままでいた。


元信が席に座ると、蒼紫は顏を上げて席につこうとした。


何かよく分からないが、こっちに向かって手がチラホラと

浮き沈みしている事に気づいた。


真田はすぐに気づいてその元へ向かって行った。

少女は冗談交じりに「御出世、おめでとうございまーす」と

言った。


「お前まさか……戦に出る気じゃあるまいな」

「そのとおり! そこで…」

「待て! お前にはまだ無理だ。特に今回は勝敗に関わらず

大勢の犠牲者が必ず出る戦になるだろう」


「お前は小柄で身のこなしも軽い。忍者に向いているであろう」

そう言うと、真田は筆と紙を出して何かをしたためた。

そして懐から黄金一枚を出して、両方を手渡した。


「まずは城下町の忍び頭の元へ行け。

それは紹介状だ。悪い扱いを受ける事はあるまい。黄金一枚あれば、くノ一の装備一式買っても御釣りがくる」


「戦いたいのならまずは力をつけろ。忍び頭から

免許皆伝を言い渡されたら、再び来い。

その日を待っておるぞ。そういえばお主の名は何という?」


「わたしの名前は桜。真田様、色々ありがとうございます」

普段が普段な為、少女がしおらしく見えた。

「また会おうぞ、桜よ」蒼紫はそう言うと再び戻って行った。


それぞれが、それぞれの配置に着き、先頭に一騎の武者が現れた。


岡部元信の兄である岡部正綱が、我ら足軽総大将の大将であった。

その勇名は弟程では無いが、今川家の重鎮として数々の武功を

上げてきた人物であった。


出陣の法螺貝が鳴り響き、真田蒼紫は黒毛の馬に跨ると、

ゆっくりと進軍を開始した。

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