53:お師匠



「リリムさんって誰に薬の作り方を教わったんですか?」


 腕に怪我を負ってしまい、リリムの診療所にて入院が決まった冒険者フレイルが不思議そうに訊ねた。


「あ、それ私も気になってたっす」


 フレイルの腕の包帯を巻き直してたペーシャがそれに便乗する。


 以前、ペーシャには少しだけその話をした筈だったのだが、どうやら忘れてしまったらしいので、リリムはもう一度教える事にした。


「アーゼマ村の村長ですよ。あの人に薬の生成方法を教わったんです。おまけで適切な薬の処置方法とかもですね」


 フレイルに施したポーション等もアーゼマ村の村長に教わった方法で生成した物だ。診療所の2階にて保管されている数多くの薬品も村長から。


 診療所を開くためならばと、薬の適切な処置方法についてもいちから村長に叩き込まれた。


「へぇ~、ルルウェルさんがアーゼマ村にはすごい人がいっぱい居るって言ってましたけど本当だったんすね」


 リリムが誇らしげにそれらを説明すれば、フレイルは村長がいかに凄い人なのかを理解してくれたようだった。


「そういえば村長さんはリリムさんのお師様だって言ってましったね。それにしても村長さんって何者なんすか?」


 フレイルとは打って変わり、ペーシャは腕を組んで首を捻っていた。村長が何者なのか気になるのだろう。しかし、そんな事を聞かれてもリリムには村長は村長だとしか言いようがない。


 リリムも以前にペーシャと似た疑問を村長に投げかけ、そしてはぐらかされてしまったのだから。




 

 

 それはリリムがアーゼマ村へやって来て間もない頃だ。

 

 村長の家で居候させて貰っていたリリムはある日、原因不明の高熱を出してしまった。解熱薬を施しても熱は全く治まらず、王都から医者を呼ぼうにもリリムはそれを強く拒否する。


 なにせリリムの体には、エンプーサであった証拠である羽と尾を切り落とした傷跡があるのだから。もし体を診られれば疑いの目を向けられかねない。


 絶対に嫌だと駄々をこねるリリムを見て、村長は何を思ったのか突然、土色の粘土の様な物を捏ね始めた。


「村長、それなにやってるの?」

「これリリム。ワシの事は村長ではなくじぃじと呼びなさい。なんか堅苦しいじゃろそれ」

「でもみんな、村長のこと村長って呼んでるよ?」

「それはワシがこの村の村長だからじゃよ」

「じゃあ村長じゃん」

「…………まあよい。これはお薬を作っておるんじゃよ」


 器の上にどんと置かれた土色の物体。

 

 それが薬になるのかリリムは甚だ疑問であったが、村長は滅多に嘘は吐かないので、これは確かにお薬なのだろう。


 しばらく待つこと数十分。やがて出来上がったお薬を飲めば、リリムの体を蝕んでいた高熱は治まってしまった。


「じぃじすごい!」

「やっとじぃじって呼んでくれたか」

「だってすごいんだもん!」

「ほっほっほ。そうじゃろそうじゃろ、ワシ凄いじゃろ」

 

 前々から村長がアーゼマ村の住民に薬を分け与えている事は知っていたが、その薬がこんなにも凄い物だったとはリリムも知らなかった。


 たった一つ飲むだけですぐさま体調が良くなってしまう。それも原因不明であった高熱すら治してしまう非常に優れた薬。


 リリムはすぐにこの薬の作り方を教えて貰おうと考えた。なにせリリムには高熱の理由は分かっていたのだから。


 エンプーサは魔力を他者から強奪して生き永らえる魔物だ。その正体がバレる訳にいかない。リリムにはこの薬が必要だ。


 それを理由として村長のお手伝いをする様になったリリムはある日、ふとそんなすごい薬を作ってしまう村長が何者なのかが気になった。

 

「村長って、どうしてこんなに凄いお薬を作れるんですか?」

「じぃじと呼んでくれるなら教えてやらんでもないぞ」

「じぃじって、どうしてそんなに凄いお薬を作れるんですか?」

「良い根性しとるなリリム」


 ちょっとだけ複雑そうな顔をした村長は、薬を捏ねながら思い出すかの様にリリムへ語った。


 今の時代は賢者オルトラムによって魔法が普及され、魔術師が少しずつ増えている。お陰で治癒魔法を扱える者も増えていき、国の年間死者数は年々減っていっているのだとか。


 村長が若い頃は今よりも魔法は珍しい物で、治癒魔法の依頼をするだけで莫大な金が必要だった。


「だから薬を必要としている人が大勢おったのじゃ」


「そうだったんですね。ですが、それは分かりましたけど、じぃじが凄いお薬を作れたのはどうしてなんです?」


「どうしても何も、ワシはたまたま才に恵まれたというだけじゃ」


「えぇ~……、本当にそれだけなんですか?」


「本当じゃよ」


 ほっほっほと村長と笑みを浮かべて髭を摩っていた。


 はぐらかされた気がしてならないが、リリムもふと気になっただけなのでこれ以上とやかく言うつもりはない。魔力を補給出来る薬の作り方だけ教えて貰えればそれで良いのだから。


「リリムもワシを見習って立派な薬師になるんじゃぞ」

「……まあ、ほどほどに頑張りますよ」

「なんじゃ、やる気が感じられないの」

「やる気がない訳ではないですが、ほどほどに、という事です」


 リリムは魔物だ。

 いつその正体がバレるかも分からない。


 なのでいつまでもアーゼマ村に引き籠っている訳にはいかないのだ。独り立ち出来る様になれば、すぐにでもこの村を出ていくつもりでいる。


 どこの子とも知れないリリムを家に置いてくれた村長には感謝はしていたが、それはリリムがアーゼマ村に留まる理由にはならない。


 エンプーサは王都の冒険者ギルドで危険生物に指定されており、死体を持ち帰れば多額な報奨金が出る。いつ正体がバレて殺されるか分かったものではない。


 それに王都にはルーク・オットハイドという魔物殺しの英雄も居るらしいので、出来ればこれ以上、人間とは関わりを持ちたくないとリリムは考えている。


 






「とまあ、そんな感じで『たまたま才能に恵まれた』と言われてはぐらかされてしまいましてですね。私も村長の昔についてはあまり知らないんですよ」


「えぇ~、なんすかそれ、絶対怪しいでっす」


 説明すれば、ペーシャはなんだか納得がいかないといった顔をしていた。フレイルは自身の腕に巻かれた包帯を眺めながら、村長の正体を勝手に考察している。


「俺の腕の傷を治したポーションも、リリムさんの師匠である村長様が開発した薬なんすよね? 実は王国の神王様に直接仕えていた偉い人なんじゃないんですか?」


「う~ん、それはどうでしょうか。今度また、改めて聞いてみましょうかね」


 ついでに、村長から生成方法を学んだポーションを使ったら喜んで貰えたとも報告しようとリリムは思った。


 立派な薬師になるんだぞと言った村長なら、きっと成長したなと喜んでくれる筈だ。

  

 フレイルに施した包帯の巻き方も村長から教わったものだ。簡単な止血方法だって村長から教わったものだ。薬の生成方法なども全て。ルルウェルはリリムの作る薬はすごいと言ってくれているらしいが、本当に凄いのは村長なのだ。


 そうだ、何から何まで村長から教わった。


「村長が……元に戻れたら、また、聞いてみましょう」

「あれ? ちょ、リリムさん。大丈夫っすよ、きっと元に戻れる筈でっすよ」


 リリムの様子がおかしくなった事に気が付いたペーシャは、慌てた様子で診察室に置かれていた1枚のタオルをリリムに差し出した。


「あ、ありがとうございます、ペーシャちゃん。駄目ですよね、フレイルさんも居るのにこんな……」


 差し出されたタオルでリリムは目元を拭う。


 客人が居るというのに湿っぽい所を見せてしまうとは薬師の風上にも置けないだろう。しかしフレイルはなんてことはないと手を振るっていた。


「俺は全然気にしないんで。それにほら」


 そう言ってフレイルは背面にある窓を指で差した。


 一体どうしたのだろうかとリリムが振り向けば、窓の向こうに真っ黒兜が無言で佇んでいる。


 リリムは何度かこういう場面に遭遇しているので、もはや驚きもせずに窓を開け放った。


「ルーゴさんどうしたんですか? 魔物の討伐はもう終わったんです?」

「魔物? 何の話だ」


 リリムが問えば窓の向こうに居るルーゴが小首を傾げる。


 ルーゴはフレイルに負傷を負わせた魔物の始末に向かっていた筈なのだが、それに心当たりがないとなれば、今リリムと向かい合っているルーゴは分身ではなく本体という事になる。


 本物ルーゴは村長宅でラァラと共に錬金術に勤しんでいる筈なのだが、どうしてこんな所に居るのだろうか。


 そこまで考えた所で、ふとリリムはルーゴと目線を合わせる。

 それに応える様にして、ルーゴは頷いた。


「喜べリリム。ラァラが錬金術を成功させたぞ」


 リリムは一呼吸を置いて、村長宅へと走り出した。



 


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