52:無茶苦茶



――絶対に変化の魔法は解いてみせるから期待しててね。


 ラァラにそう告げられたのは三日前の事。


 それから何度か村長宅へと足を運んでいるが、あまり進展は無いらしく杖にされた人達が元に戻る様子は無い。


 それだけ変化の魔法を解除するのが難しいのか、それともロポスの魔法がそれだけ強力な物なのか。リリムには分からない。


 ラァラとルーゴは大丈夫だと言うが、最悪は想定しておかなければならないと、不安がふつふつと沸き上がってくる。


「リリムさん、浮かない顔してまっすね」


 特に仕事が無いので診療所の2階にある調薬室にて薬の調合をしていると、手伝いをしてくれているペーシャが心配そうにこちらを覗き込んできた。


「いえ、そんな事ありませんよ」


「本当にそうっすか? リリムさんって元気無い時はひたすら無心で調薬してまっすからね。何かあったんじゃないっすか」


 ペーシャとの付き合いはまだ短い方だが、普段の生活や習慣からか、リリムの考えている事は見抜かれているようだった。


 隠している訳ではないが、ペーシャ相手に隠し事は出来なさそうだとリリムは苦笑する。


「ラァラさんの錬金術がちゃんと成功するか心配だったんですよ。ルーゴさんも大丈夫だとは言ってくれたんですけどね」


「ルーゴさんが大丈夫だって言うなら大丈夫っすよ。たぶん」


「そうですよね。きっと皆、元に戻りますよね」


 今までルーゴはリリムに対して一度も嘘を吐いた事は無い。ペーシャの言う通りで彼が大丈夫だと言うのならば、きっと大丈夫なのだろう。


 村長達はきっと帰って来てくれる筈だ。


「ん、何すかね」


 ふと鼻を鳴らしたペーシャが調薬室の出入口に頭を振り向かせた。その直後、扉の向こうからリリムを呼ぶ声が聞こえてくる。


 ルーゴの声だ。

 それも声色からして、少々急ぎの用があるらしい。恐らくは急患だろう。


 リリムは薬の準備をペーシャに指示し、早足に調薬室を後にする。


「ルーゴさん、どうかしましたか」

「忙しい所すまないが、こいつを急ぎで診てやってくれないか。魔物と戦って怪我を負ってしまったみたいだ」


 調薬室を出て階段を降りて行くと、そこには分身ルーゴともう一人、腕から血を滴らせる若い冒険者の姿があった。


 診療所では稀にこういった事があるのだ。


 魔物と遭遇してしまった村の住人が怪我を負って駆けこんで来たり、村の周辺で魔物と交戦した冒険者が治療を求めてやって来たりする事が。


 アーゼマ村で診療所を営んでいるリリムにはもう見慣れたものなので、慣れた手付きで冒険者に肩を貸し、診察室のベッドに寝かしつける。 


「うおおぉぉ助けてくれぇ……、痛ぇぇ、死ぬぅ」

「はいはい、大丈夫ですよ。大きな傷では無いので安心してくださいね」


 今現在、アーゼマ村にはルーゴの魔法講習を受けに集まった冒険者達が、ロポスの仲間が近付いてこないか村周辺を警らに当たってくれている。


 この冒険者は警ら中に魔物と遭遇し、怪我を負ってしまったようだ。一体どんな魔物と戦ったのかはさておき、


「今から怪我を診るのでじっとしててください」

「は、はい……」

 

 リリムは冒険者の上着を切り取り、濡れタオルで血を拭う。


 確認すれば傷はそれほど対した物ではなく、動脈も運良く外れているので今すぐ命がどうこうという訳ではない。


 しかし、容態というのは心の持ちようで変化してしまうので、リリムはなるべくどんな時でも強い言葉を投げかけるよう心がけている。


「ペーシャちゃん、3番と4番のお薬をお願いします」


 2階の調薬室にて薬の用意を指示していたペーシャに呼び掛ければ、すぐにペーシャが指定した薬をリリムへと届けてくれた。


「ありがとうございます。あとは包帯と布をお願い出来ますか」

「あいっす。分かりまっしたよリリムさん」


 再びペーシャに指示を出し、リリムは冒険者が腕に負った傷口に視線を向けた。


 出血は未だ止まる様子がない。

 急いで患部を止血する必要がある。


 マオス大森林からは止血作用のある植物等も採取出来る。


 それに加え、自然治癒力を向上させる薬草を煎じて生成したポーションを患部に施術し、清潔な布で圧迫してあげればすぐに出血は治まるだろう。


 腕が千切れるといった余程の重症では無い限り、あのポーションで事は足りる。


 効果が強力な分、体に気怠さ等が表れるといった副作用もあるが、2日も安静にしていれば冒険者業に復帰出来るだろう。


「はい、これで治療は終わりです。すぐに良くなりますよっ」


 腕に包帯を巻いて治療が終えた事を冒険者の男に告げれば、先程まで顔面蒼白といった様子はどこへやら、ほっとした様で顔色に血色が戻ってきた。


「あ、ああありがとうございます! リリムさん……でしたっけ? あなたは俺の命の恩人ですよ!」

「命の恩人は言い過ぎですよ……ってうわぁ!?」


 余程感激したのか冒険者の男にリリムは手を取られてしまった。それも両手で。


 腕の怪我が良くなった様でなりよりだが、命の恩人と言われる程の事はしてないので、リリムは反応に困ってしまう。


「フレイル。あまりリリムを困らせるな」


 すると、診察室の外で様子を伺っていたルーゴがフレイルと呼ばれた冒険者の頭を軽く叩いた。


「だ、だって! リリムさんってギルドでも凄腕ってちょっとだけ有名じゃないですか! その腕前を間近で見れて感激しただけですよ!」


 ちょっとだけなのか、と僅かにショックを受けるリリムを余所に、何やら興奮した様子のフレイルは何をとち狂ったのか、治療を終えた腕をぶんぶんと振り回し始めた。


「リリムさんの作る薬は即効性って聞いてましたけどすごいっすね! もう腕に痛みがないですよ! 血も止まったみたいだし!」

 

 どうやらこのフレイルという男はお調子者らしい。

 

 大人しくしないと傷が開いて死ぬぞと脅せば、フレイルは血相を変えて腕を振り回すのを止めてくれたので、リリムは先程から気になっていた事をルーゴに訊ねた。


「ルーゴさんとフレイルさんってお知り合いなんですか?」

「知り合いも何も、俺が広場を借りて魔法を教えていた冒険者の一人だ」


 と言われてリリムはフレイルの顔をまじまじと見つめる。そして一拍の間を置いてこの冒険者が誰なのかを思い出した。


 確か魔法講習の場にて、魔法で炎の弓を操りそれを『バーニングショット』と名付けていた冒険者が居た。その冒険者がこの男、フレイルだ。


 ロポスからアーゼマ村を守る為に戦ってくれた冒険者の内の一人でもある。それに気が付くと、リリムは勢い良く頭を下げた。


「す、すすすすみませんフレイルさん! アーゼマ村を守ってくれた方なのに忘れてしまうなんて! 本当に申し訳ありません」


「あ、いえいえ! 全然気にしてないすから大丈夫です! 面と向かって話するのはこれが初めてっすからね!」


 フレイルの言う通りで、リリムは彼と顔を合わせるのは初めてだが、アーゼマ村の恩人を失念していたとは不義理も甚だしいだろう。


 重ねて謝罪するとフレイルは大丈夫だからと快く許してくれた。


「さて、俺はフレイルに怪我を負わせた魔物を始末してくる。リリム、こいつの事は任せても問題ないか?」


「はい、大丈夫です。私に任せてくださいな」


「すまない。すぐに戻る」


 言うが早いかルーゴが診療所を後にすると、玄関先へと見送り来たリリムの視界からその姿が消え失せる。きっと身体強化の魔法を使って魔物の元へ向かったのだろう。


 分身魔法は本体と分身体で魔力を等分割してしまうとマオステラは言っていたが、ルーゴは魔力を分割されてもさほど問題ないようだ。


「相変わらず無茶苦茶だなぁ、あの人」

 

 リリムがそう呟いた直後、アーゼマ村の外から響いた衝撃音が耳をつんざいた。音のした方向に視線を向ければ、爆炎と共にブラックベアが数体ほど空へと打ち上がる。


「魔法関係なしに無茶苦茶ですよね、ルーゴ先生」


 いつの間にか背後に居たフレイルの言葉に『やっぱり他の人もそう思うんですね』とリリムは同調した。 


 



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