51:ラァラの錬金術
「ふぅ、食べた食べた。ご馳走さんでした」
テーブルに並べられた朝食を平らげたラァラが満足そうに手を合わせた。
「ルーゴが絶賛してただけはあるね。とても美味しかったよ。流石は内のギルドで贔屓している薬師だ」
料理に腕前にギルドが関係するかはさておき、更地と化したテーブルの上を眺めるリリムの心中は穏やかではない。
ギルドの一件にてルーゴが健啖家であると知っていたリリムは、彼ならこのぐらいは食べるだろうと大量のお弁当を拵えて来ていた。
ただ、ちょっと気合を入れてしまった為、自分でも『うわ作り過ぎた』と引くくらいの量だったのだが、ルーゴがギブアップした所で残りの全てをラァラが平らげてしまったのだ。
「ら、ラァラさんも結構食べるんですね」
ラァラの背丈はリリムより低く更には小柄な方なので、あの体のどこに入って行ったのか甚だ疑問であった。
もしかすれば錬金術が関係しているのかも知れない。
指を弾くだけで室内の内装を切り替えてしまうラァラのことだ、もしかすれば摂取した物を魔力――すなわちエネルギーに効率良く変換する機関が体内に仕込まれているのかも分からない。
胃が錬金釜に成っている可能性もある。
「今ものすごく失礼なこと考えてないかい?」
「うッ。そんなことないですよ」
図星を突かれたリリムが誤魔化す様に食器を片付け始める。隣のラァラは未だ腑に落ちない表情をしていたが、すぐに吹っ切れたのか体を伸ばしてすくりと立ち上がった。
「さて、それじゃあ錬金再開といこうか」
「そうだな。ありがとうリリム、……美味かったよ」
続いて食事を終えたルーゴもリリムに一言礼を言って椅子から立ち上がる。リリムが食器はこちらで片付けるからと言えば、棒を手にして錬金釜を再びかき回し始めた。
「ルーゴさん、それは一体何をしているんですか?」
食器を片付け終えたリリムが錬金釜を覗き込む。釜の中には何かが入っているという訳でもなく、ただ異臭を放つ液体に満たされているだけであった。
それをルーゴが一所懸命にかき混ぜ続けているのだからリリムは不思議に思う。特別、何かが混ざっている様には見えないのだが。
「俺も錬金術に詳しい訳ではないのだが、確かラァラは撹拌がどうと言っていたな」
どうやらルーゴも錬金術に聡い訳ではなく、ラァラの指示に従っているだけの様だ。
撹拌と言うからには何かしらの素材を液体に混ぜ込んでいるのだろう。その疑問には、いつの間にか白衣に着替えていたラァラがリリムに答えた。
「『白竜の鱗』を細かく砕いた物を混ぜているんだよ」
「ええぇッ! 竜!?」
ラァラは手にしていた一枚の小さなガラスの様な物をリリムへと手渡した。
何故だか煌びやかに薄く発光するそれは、ラァラいわく『白竜の鱗』と呼ばれる物とのこと。受け取ったリリムは『竜』という単語が出て来たので思わず聞き返してしまう。
「ほ、本当にこれが竜の鱗なんですか?」
「うん、そうだよ。俺が特別なルートで仕入れた貴重な物だ。それ1枚でリリム君が5年は何不自由なく暮らしていけるくらいのお金になるよ」
「5年!? ひ、ひいぃぃお返ししますぅぅ!」
そんな品を安易に手渡さないでくれと、リリムは丁重に白竜の鱗をラァラへお返しする。もし傷でも付けようものならどれ程の賠償額になるのだろうか。
たった一体で国を滅ぼす力を持つ言われる竜は討伐自体が困難な為、その素材が市場に出回る事はほとんど無く、鱗の一枚にすら希少価値が付く程だ。
そんな白竜の鱗を仕入れてくるとは、流石はギルドマスターだと言わざるを得ないだろう。
「ちなみにルーゴが持ってる棒は竜の牙を素材に作られた物だよ」
「竜の牙!? ち、ちなみにお値段にするといくらなんですかね?」
鱗の一枚が5年分の生活費になるならば、竜の牙とやらは一体いくらになるのだろうか。純粋に興味が沸いたので聞いてみれば、
「王都の一等地に大きな家を建てられるかな」
「一等地に家が!?」
そこまで裕福ではないリリムは、その桁違いな素材の価値に驚くばかりだった。まさかあの棒一本で家が立つとは思いもよらないだろう。
そんな物を錬金術にぽんぽん使用できるラァラが羨ましく思えてしまうも、必要だから彼女はそうしているのだろう。
白竜の鱗。
これを砕いた物を釜の中へ入れたと言っていたが。
「ラァラさん、白竜の鱗ってどんな効能があるんですか」
「竜の鱗は魔力を封じ込める力を持っている。それを液体に溶かし込むとどうなってしまうのか」
説明しながら錬金釜へと向けられた指先が振るわれると、何故だか釜から拳大程の水の塊がラァラの元へと引き寄せられた。
ラァラが目配せで合図を送ると、ルーゴが宙に浮く水の塊に炎の魔法を放つ。
するとどうだろうか。炎は水の中へと吸い込まれ、まるで封じ込まれたかの様にして未だ水中で燃え盛っていた。
「どうだい、すごいだろう」
「ほ、ほぇ~。水の中で燃える炎だなんて初めて見ました」
見慣れない光景にリリムは目を丸くする。
先程ラァラが説明した通りに、白竜の鱗は魔法を封じ込める効果がある。
それ故に竜は魔法に対して強い耐性を持っている。それが竜討伐の難易度、ひいては竜素材の価値に拍車を掛けているのだ。
続けてラァラは炎の魔法を封じ込めている液体を、リリムへ見せつける様に掲げた。
「この液体は
得意気に笑みを作ったラァラは、炎を封じ込めた豪水をあろうことか握り潰してしまう。熱くはないのだろうか、というリリムの心配を余所にラァラは続ける。
「この様に、錬金術は『素材となる何か』と『もう一つ別の何か』それらが本来持っている性質を掛け合わせることによって、ありとあらゆるものを自在に生み出すことが出来るんだよ」
「なるほど? 例えれば、薬草とお饅頭を組み合わせる事が出来れば『食べると回復するお饅頭』が完成するという事ですね?」
「そうそう、正解だよリリム君」
さもピンポーンと言いたげにラァラは指先をリリムに突き付けた。
向けられた指先がそのまま弾かれれば、何もない所から『黄色い花』が出現してラァラの手に握られる。
「そしてこれは応用になってしまうんだけど、錬金術を用いれば黄色い花が持つ『魔力超過』という性質を、杖となってしまった人達へ付与する事が可能だ」
「応用? ちなみにそれはどうやるんです?」
「詳しい行程は……ひとまず今は説明を省こうか。とりあえず豪水の中に黄色い花を溶かし込むんだよ。杖になった人をそこに浸せば魔力超過を引き起こすのさ」
変化の魔法を受けた者は、体内に循環する魔力を乱された状態で固定されてしまう。その固定された状態を、黄色い花が持つ魔力超過の性質で乱すという説明をリリムは以前に受けていた。
だがこの場合、既に錬金釜へと溶かしていた白竜の鱗はどういった役割を担うのだろうか。
疑問符を浮かべたリリムにラァラは答えを示す。
「豪水の中に『解除魔法』を封じ込めるんだよ。固定された魔力を乱した瞬間、すぐさま解除魔法で杖から元の姿へと戻せるようにね」
「それで白竜の鱗が必要だったんですね。とても高価な品だと言うのに、ありがとうございます、ラァラさん」
一言礼を添えてリリムは丁重に頭を下げた。
その様子に驚いた素振りを見せるラァラだったが、リリムは更に深く頭を下げて礼を重ねる。
変化の魔法の被害者を救い出す為に、ラァラは高価な素材である竜の素材を惜しみなく使用してくれた。
――ギルドで抱える薬師の憂いは払っておかないとね。
そう言ってラァラはアーゼマ村へ助力してくれている。
今、村に居る冒険者達もそうだ。ガラムは診療所を、ルーゴの魔法講習で居合わせた冒険者達は、村に再び怪しい者が近付いて来ないか警戒してくれている。
感謝以外の言葉が出てこなかった。
「ラァラさん、白竜の鱗等の代金は何としてでもお返ししますので、どうか村長達をよろしくお願いします」
ラァラの錬金術なら必ず変化の魔法を解いてくれる筈。というよりも、他に当てが全くないのがリリムの、ひいてはアーゼマ村の現況だろう。
再びリリムが頭を下げようとすると、ラァラはくすりと笑ってそれを手を振るった。
「気にしなくて良いよリリム君。白竜の鱗の代金なんて要らないし、俺なんかに頭を下げる必要は無い」
「で、でも……」
「本当に大丈夫だからさ。俺がやりたくてやってるんだ、それに前も言っただろう? ギルドで抱える薬師の憂いは払うってね。君がギルドの薬を納めてくれるだけで俺は満足さ」
そう言ってくれるラァラの心遣いにリリムは感謝しかなかった。
なんだかラァラの姿が眩しく見えるのは気のせいだろうか。見た目こそ少女にしか見えないが、今のリリムには彼女が思わず頼りたくなる大人の女性にしか見えなかった
そして、ラァラは『だって』と続けてルーゴへと振り返った。
「いやぁ~、ルーゴがね! 助力してくれたら冒険者ギルドの仕事を積極的に手伝ってくれるって言ってくれたんだよ! 俺は嬉しくてね! 彼が居てくれたらギルドで溜まってる依頼が掃けること間違い無しだよ!」
ん?
「今のギルドは常に人員不足でね! 人材を育成しようにも優秀な指導員すら不足している状況なんだよ! ルーゴが居てくれたら全部解決だよッ!」
喜色を満面にぶち撒けたラァラはニッコニコの笑顔でルーゴの背中を叩き始める。ルーゴは『やめろ』と言っていたが、ラァラの手に止まる気配は無い。
「さて! 絶対に変化の魔法は解いてみせるから期待しててね!」
「は、はぁ……」
したたかな人だなぁとリリムは心の中で呟いた。
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