49:仮に
早朝、日の出の時刻。
リリムは居間のテーブルに出来立ての朝食を4人分並べる。一緒に暮らしているペーシャの分は当然として、今日はティーミアとマオステラが診療所へお泊りしているので彼女達の分も。
そして、ガラムが夜通しで診療所に変な輩が近付いて来ないか見張ってくれているので、彼の朝食も用意しておいたのだ。
仮にエルの口封じを狙う者が居たとして、流石に朝っぱらから襲い掛かっては来ないだろう。いくら冒険者と言えどガラムにも休憩は必要だ。
朝食の仕度を終えたリリムは2階に向かって声大きくシルフ達に呼び掛ける。
「もう朝ですよ! 皆さん起きてくださーいっ!」
ついでにフライパンとおたまを激しくぶつけ合わせて金属音を散らせば、シルフ達の程良い目覚ましになるだろう。
さっそくパジャマ姿のペーシャが鼻提灯を作りながら器用に階段を降りて来た。
「ごあん……、ごはん」
「ペーシャちゃん、おはようございます」
「お、おはようでっす……ごあん」
寝ぼけた様子で朝食を求めながらペーシャが席に着く。
しかしながら朝食に手を付ける様子はなく、うつらうつらと他のシルフ達を待っていた。ご飯は皆で一緒にという事だろうか。行儀が良いらしい。
しばらくすれば2階の寝室がドタバタと騒がしくなってくる。どうやらティーミアとマオステラも目を覚ました様だ。
「おはようございます、ティー……ん?」
「マオステラ様、全然起きないんだけど!」
優雅な朝とは思えない険しい表情をしたティーミアが、眠りこくるマオステラを背負いながら階段を降りて来る。
リリムも肩を貸してマオステラを居間へと運んで朝食の場に付かせる。ふとマオステラの顔を覗き込めば両の頬が真っ赤になっていた。
「ちょっとティーミア、マオステラさんに何をしたんですか?」
「マオステラ様ったら頬ちねっても起きないのよ」
「ちねり過ぎですよ、ハムスターみたいになってるじゃないですか」
ちねられた事で頬が赤みを帯びて腫れぼったくなってしまっている。とても痛そうだ。これでも起きないのかと、リリムはマオステラの肩を揺すってみることにした。
「マオステラさ~ん、美味しい朝食が出来てますよ~」
「ワシは朝に弱いんじゃあ」
「あ、起きましたね」
「違うわ。騙されちゃいけないわよリリム。何やっても壊れた様に『朝弱いんじゃあ』しか言わないの。マオステラ様はまだ起きてないわよ」
『ちゃんと見なさい』とティーミアに言われてしまったので、リリムはマオステラの顔をもう一度覗いてみる。確かに目も口も半開きで淑女にあってはならない表情をしており、起きているかが定かではない。
「マオステラさん? 朝ですよ~」
「ワシは朝に弱いんじゃあ」
「起きないと私が全部食べてしまいますよ~」
「ワシは朝に弱いんじゃあ」
「本当にこれしか言いませんね」
ティーミアが深刻そうな顔で頷く。
こんな寝坊助と朝っぱらから格闘していたティーミアに同情しながらリリムは外出の仕度を進めることにした。
錬金術を進めるルーゴ達に朝食を届ける為、朝早くからお弁当を仕込んでいたのだ。ラァラが『今夜は徹夜だ』と言っていたのでさぞお疲れのことだろう。
ルーゴとラァラはマオス大森林から帰って来た時もピンピンとしているくらいの体力お化けなので、もしや休憩なしで錬金術に取り組んでいるかも知れない。
倒れられても困るでのお弁当でも届けてあげれば一息も入れられるだろう。
「ではペーシャちゃんにティーミア。ちょっとルーゴさん達にお弁当を届けに行ってきますので、お留守番をよろしくお願いしますね。朝食は先に食べて良いですよ」
「はいはい、任されたわよ」
「いってらっしゃいでっす」
「ワシは朝に弱いんじゃあ」
朝食に手を付け始めるシルフ達を後目にリリムは居間を後にする。
玄関口へと向かう途中で診察室を覗くと、物言わぬ偽ルーゴが未だ眠り続けたままのエルを見守っていた。
昼間はティーミアがエルの看護を。夜は分身なので眠らなくても問題無い分身ルーゴが看護という交代制だ。
「エル様の様子はどうでしたか?」
「……変化は無い、特に問題も無くぐっすりだ。起きるまでもう少し時間が掛かるだろうがな」
偽ルーゴがリリム達が夜寝ていた時の様子を説明してくれる。魔法で作られた分身であるルーゴは極端に口数が少ないのだが、必要な場面ではその限りではないみたいだ。
ベッドの上で眠るエルは血色も良く、いつ目を覚ましてもおかしくはない。呼吸も規則的で異常は全く見られない。
今日のところもエルの様子に問題なしだ。
あえて問題があったとするならば、エルに掛けられていたという二つの魔法か。魔法というものをあまりよく知らないリリムには、エルに魔法が掛けられていたという事に全く気付けなかった。
しかし昨日、エルに解析魔法を施してくれたマオステラが、その身に掛かっていた『人形魔法』と『呪縛魔法』を一緒に解除してくれたのだ。
魔法による心配はもう無いだろう。
「ところでリリム、何やら外行きといった様子だがどこかへ行くのか?」
リリムが背負った鞄を見て偽ルーゴは不思議に思ったのだろう。こんな朝早くにどこへと聞かれたので、行先は村長宅なので心配はないと伝える。
「本物ルーゴさん達にお弁当を届けに行くだけですよ。もしかしたら要らないかも知れないですけど、私にはこれしか出来ることがないので」
「いや、リリムが作ってくれた物なら俺の本体も喜ぶだろう。ぜひ持って行ってやってくれ」
「本当ですか、良かったです……ん?」
と、リリムはルーゴの発言に妙な違和感を感じ取った。その違和感を払拭するべく、リリムは少し遠回しに確認を取ってみることにした。
「仮にですよ? ティーミアが作ったお弁当ならどう思うんです?」
「ん? 嬉しいが、それがどうかしたのか」
「そ、そうですか。何でもないです、今のは忘れてください」
今しがた偽ルーゴに『リリムが作ってくれた物なら』と言われてしまったので、リリムは妙な勘違いをしてしまったと自戒する。どうやら誰の弁当でも嬉しいようだ。
「へぇ~? リリムとルーゴの旦那はそんな関係だったかい」
いつからそこに居たのか、ガラムが外から窓の縁にもたれ掛ってこちらの様子を眺めていた。口端に下卑た笑みを浮かべてリリムに心底嫌味ったらしい視線を送っている。
「いいねぇ~、若いっていいねぇ」
「あーあー聞こえないです聞こえないです」
両耳を塞いでリリムは診察室を後にする。エルの事は偽ルーゴとティーミアに任せておけば大丈夫だろう。
玄関を潜って外へと出れば、ガラムが何やら偽ルーゴを言いつけていた。
「ルーゴの旦那、あんまり乙女心をからかったら駄目だぜ?」
「何の話だ」
「いやいやさっきの弁当の話よ。さっきリリムが作った物ならって言ってただろ?あの言い方はリリムが勘違いしてもおかし――うおッ!?」
リリムは余計な事を言おうとするガラムの頭を抑え込んで小脇に抱え込む。驚いたのか逃れようと抵抗しているがリリムはそれを許しはしない。
「ガラムさん! 余計なこと言わないでください!」
ルーゴに聞こえないよう小声でガラムに言いつければ、抵抗する手がピタリと止まる。
「何でだよリリム、若い奴は青春するべきだぜ、今すぐにな」
「どんな目線で言ってるんですかその発言は。さっきのはただの勘違いなので訳の分からないお節介はしなくて良いんです!」
「そんなこと言って、ちょっと嬉しかったんだろ? お前さんすげぇ顔してたぜさっき。その気持ちは素直に言うべきだって」
こいつまだ言うかとリリムはガラムの頭を抑え込む腕の力をギリギリと強める。しかしガラムはリリムの手首を取ると、何をどうやってかスルリと頭を抜き取ってしまった。
遂には逆にリリムが抑え込まれる形になってしまう。
これがBランク冒険者の実力か。
こんな事でBランクの実力を味わいたくなかったとリリムは思った。
「うおおおお!? 放してくださいガラムさん!」
「いや離さねぇぞ。言え、言うんだリリム。ルーゴの旦那に正直な気持ちを!」
「だから何でガラムさんはそこまでお節介焼きなんですか!? ぐぬぬぬぬぬ!」
「国内が魔物で大変なご時世なんだ、隣に居た奴がいつ居なくなるかも分からねぇ。嬉しいと思ったのならすぐに伝えねぇと」
「ルーゴさんはすごく強いから居なくならないです! ずっと隣に居てくれるから大丈夫なんです!」
「その発言も大概だからな?」
更には『そんなに嫌なら俺が伝えてやろうか?』とガラムが言い出し、窓からこちらの様子を伺っていた偽ルーゴへと振り返る。
「ルーゴの旦那、リリムが伝えた事があるんだってよ」
「その状況で何を伝えたいと言うんだ」
リリムとガラムの取っ組み合いを見て、少々困惑した様子のルーゴが首を捻る。
このままではガラムの勢いに押されてしまうと判断したリリムは、決して使うまいとしていた禁じ手を切ることにした。
「ガラムさん、随分とべらべら口が回りますね。夜の見張りでお疲れだと思って朝食を用意していたのですが、その様子だと要らなさそうですね」
「え?」
ガラムがルーゴへと振り返った。
「くそ、疲労が限界で口が開かねぇ」
「開いてるじゃないか」
「ルーゴの旦那、さっきの話は無かったことにしてくれ」
ガラムが抑え込んでいた腕を離してくれたのでリリムはようやく解放される。
どうやら朝食人質作戦が功を奏したようだ。また何か余計な事を言い出さないよう、さっさと診療所へ入れとガラムに指示を出してリリムは鞄を背負い直す。
これから本物ルーゴへ朝食を届けに行くのだ。リリムは忙しいのでガラムにかまけてはいられない。
「ガラム殿は何が言いたかったんだ?」
分身ルーゴは釈然としない様子であったが、リリムは『本当に何でもないです』とだけ伝えて村長宅へと歩き出した。
「思春期ってのは難儀なもんだなぁ」
まだガラムが何か余計な事を言いたそうにしていたので、リリムは踵を返してガラムの診療所の中へと押し込んだ。
「本当に抜きにしますよガラムさん!」
「わかった! 悪かったって!」
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