48:二つの魔法



 マオステラが来訪したことで、ティーミアがマオス様降臨祭を開くと大騒ぎしていたが、今のアーゼマ村はそんな状況じゃないので、祭りは提案から僅か数秒後に電撃却下された。


「良いじゃない、盛大に歓迎したって。マオスさ……あ、マオステラ様はあたし達のご先祖様なのよ?」


「それはせめて村長達が元に戻ってからにしませんか? 今のアーゼマ村は村長様とシルフの長ティーミアが有ってのアーゼマ村なんですから」


 リリムが出迎える態勢が整っていないという事を告げれば、ティーミアが『わ、分かったわよ』としぶしぶ了承してくれた。


 アーゼマ村の住民は『人間』と『シルフ』の異種族が入り混じる村なのだ。双方の長が一つ欠けた状態では気持ちよく祭りも開けないだろう。


「ふぅむ、なんだか大変な時に来てしまったみたいじゃのう」


 リリムの口ぶりからマオステラは状況を察したみたいだった。


 一応、彼女にはアーゼマ村がロポスという魔術師に襲撃され、数人の村人が魔法の犠牲になってしまった事をルーゴやリリムが伝えている。そしてエル・クレアのことも。


「これティーミアとやら。ワシを歓迎してくれるのは良いが、今日のところは大人しくしていよう。その心遣いだけでも満足じゃぞ」


「じゃ、じゃああたしが精一杯おもてなしするから、どうぞ中へ!」


 あせあせとティーミアがマオステラの手を引く。おもてなしと言っても、診療所には漢方や薬の類しかないのだが何をするつもりなのだろうか。


「私は疲れたので、もう休みたいっす」

「ペーシャはとりあえず体洗って来なさいな、土臭いわよ。マオステラ様の神聖な香りに移ったらどうするのよ」

「うおお辛辣な言い方!」

「神聖な香りって何じゃらほい」


 ペーシャを交えたシルフの3人がわいわいがやがやと診療所の奥へと消えて行った。


 見た目も背丈も子どもみたいなシルフ達のそんな姿は見ていて微笑ましく思えてくる。だが、マオス大森林の帰路にてルーゴが少々気になることを話していた。


『リリム、知っていたか。ペーシャはお前と同い年なのだとか。ティーミアは二十歳に近いらしい。俺は驚いてしまってな』


『え? そうなんですか!?』


『シルフがそういう生き物だという知識はあったが、いざそれを思い知らされると何とも言えなくなるな』


 などとルーゴがやや興奮気味に教えてくれた。


 マオステラに至っては神様なのでその年齢は想像もつかない。若々しいがワシと言ってるからにはお婆ちゃんなのかも知れないが。 


「100は超えてそうですねぇ。大穴で1000歳とか……」

『ウォン!』

「あ、ストナちゃん。どうかしましたか?」


 リリムがマオステラの年齢を勝手に予測していると、背後からストナに呼びかけられた。振り返ればくりくりとした瞳と目が合い、知らずしてリリムの口角がだらしなく下がってくる。


「ストナちゃ~ん、今日はペーシャちゃん達を運んでくれてありがとうございます」

 

 お礼を述べてリリムがストナの頭を撫でてあげれば、もっともっとと頭をすり寄せて来る。


「……ッ」


 あまりの愛くるしさに思わずリリムの胸の中に支配欲が沸き立ってくる。もうこのままペットにしてしまおうかと。


「リリム、今すげぇ顔してたぞ」

「すげぇ顔ってなんですか。やめてくださいよ、ペットにしたいなぁって思っただけですって」


 隣でリリム達の様子を眺めていたガラムが表情を引き攣らせていた。すげぇ顔とは一体どんな顔なのかは知れないが、リリムは照れ臭そうに口元を隠す。


「ストナちゃん、私のペットになりませんか?」


 ストナと初めて出会ったのはマオス大森林の奥地へ初めて踏み込んだ時だ。別れ際にルーゴからは次に出会った時は注意しろと言われてしまったが、ストナはリリムの事を覚えてくれていた。


 そんなストナにただならぬ愛着心を持ってしまったリリムは、ペットにならないかと提案してみるも、


『ウォンッ』

「あ、あれ? ストナちゃん?」


 ストナは村の出口へと足を向けてしまった。


 そうだ、とリリムは思い出す。


 ストナと再会した時、彼は複数の小さなストナウルフを連れていた。ストナには既に帰る所があるのだろう。ここに縛り付ける訳にはいかないのだ。


「分かりました。また、どこかで」

『ウォンッ!』


 別れの挨拶とストナはリリムに鳴いてその場を後にした。冒険者に恐れられる魔物とあって、一度跳躍しただけでその後ろ姿が一瞬にして消え失せてしまう。


「元気でね」


 リリムも別れを告げる。


 ガラムはリリムとストナが繰り広げた光景を見て、なんとなくむず痒くなったのだろう、リリムの肩にぽんと手を置いて『またいつか会えるさ』と乙に澄まして気取っていた。


「今生の別れじゃないんだ、きっと……ってうわぁ!? どうしたリリム! 今すげぇ顔してるぞ!?」


「だっで、だっでぇ……」


「お前さんそんなに涙脆かったのか……」


 ストナとのお別れに耐えられなかったリリムの涙腺が崩壊し、涙がボロボロとこぼれて止まらない。リーシャに命を狙われた時でさえこんなに泣かなかった気がする。


 『こんな所でずっと泣いてたら風邪引くぞ』とガラムに諭され、リリムは大人しく診療所に帰宅することにした。






「なによリリム、目元が腫れてるけどあんたまさかガラムに泣かされたの?」

「こりゃ罪深い男じゃな、どう断罪してくれようか」

「死罪でっす」

「待て待て、何でだよ! 免罪だ! 俺は女を泣かせたこと何てただの一度も……な、ないぜ?」


 『ありそうだな』と診療所の中に居たシルフ達3人が疑いの眉を寄せてガラムとリリムを迎え入れる。


「ごめんなさい、これはガラムさんのせいじゃないんですよ。ちょっとストナちゃんとのお別れに耐えられなくてですね」


 理由を説明すればティーミアが客間の診察室のソファに腰を落ち着かせて、リリムへと指摘する様に指を向けて来た。


「あんまり魔物に入れ込むんじゃないわよ?」

「は、はい。そうですね」


 お前も魔物だろとリリムは思ったが、自分も魔物なので特に言い返すことはしなかった。

 

「ガラムさん、どうぞ座ってください。ずっと診療所の警護でお疲れでしょう?」

「ん、いや、特に何も無かったから疲れてはいないんだけどよ」


 ティーミアの隣にどっかりと腰を降ろしたガラムは何か気になる点があったようで、診療所のとある一点を怪訝な表情で眺めていた。


 リリムがガラムの視線を追っていくと、その先にはルーゴが魔法で作り出した分身――偽ルーゴが佇んでいた。


 あの分身はエルが眠る診療所で何か問題が起きた際、すぐに対応出来るようにとルーゴが置いていった物だ。


「おいリリム、いくらルーゴの旦那がお気に入りだからって、等身大の人形を自宅に置いとくのはどうかしてるぞ?」

「は!? ち、ちちち違いますよ!」

「分かった分かった、乙女心って複雑だからな。これ以上は何も言わねぇよ」


 偽ルーゴは極端に口数が少ない為、ガラムにはあれが人形に見える様だ。確かに微動だにしないので人形と間違えてもおかしくはないとリリムは妙に納得してしまう。


「だから違いますって、あれはルーゴさんの分身魔法です! ほら、ルーゴさんも何か言ってあげてください!」


「…………」


「どうして何も言ってくれないんですか!?」


 誤解を解くのは難しい様だった。

 背後でガラムが苦笑している気配を感じる。

 

 すかさずリリムは偽ルーゴの脇をくすぐってみるも反応の一つすら見せてくれない。ペーシャが突いた時にはその手を振り払っていたのだが。


「もしかして本当に人形なんですか?」

「……違う」

「ほら! 喋った! ルーゴさんが喋りましたよ!」

「赤ちゃんが初めて喋ったみたいな言い方してんな」


 とガラムから突っ込みを入れられ、リリムはふと我に帰る。どうして偽ルーゴの口を開かせる為だけにあんなに必至になっていたのだろうかと。


 ともあれ、これでルーゴの等身大人形を自宅に飾る変態という誤解は解かれた様でリリムは一安心だった。


「なんにせよ、ルーゴの旦那が居るなら俺が診療所を守る必要はねぇと俺は思うんだよなぁ。分身だとしてもルーゴさん一人で大抵の事はどうにかなるだろ」


「いや、分身魔法はそう便利な魔法じゃないでの」

 

 ガラムの愚痴に応えたのはマオステラだった。

 

 ソファにてティーミアの隣に座っていた彼女はすくりと立ち上がり、偽ルーゴの前へと立てば視線をあげてその表情を不愉快だとばかりに歪めた。


「分身魔法は使用者の魔力を等分割してしまう。魔法を主とする魔術師が分身魔法を使えば、それこそ実力半減と言う訳じゃな。こ奴め、聖域で見せた実力はまだ底では無かったということか」 


「なんの話しをしてるか分からねぇが、つまり今のルーゴさんは本調子じゃないってことか? だから俺に診療所の警護を頼んだと」


「そういうことじゃな。どんな便利な魔法があろうとも欠点は付き物。どんなに強き者もたった一人では出来る事は限られる」


 視線の切っ先を偽ルーゴから解いたマオステラは背後へと振り返り、今度はベッドの上で眠るエル・クレアに顔を向けた。


「そうまでしてこの小娘を守りたかったと。エル・クレア……、やはりこ奴がペーシャ達から感じた匂いの大元じゃな」


 悪意の匂い。

 マオステラはそれを理由としてリリム達に襲い掛かった。


 誤解が解かれた今、彼女は手の平をエルへと向ける。


「ちょっとマオステラ様!?」


 嫌な気配を感じ取ったのかティーミアが腰を降ろしていたソファから飛び上がる。しかしそれよりも前に、偽ルーゴがマオステラの腕を鷲掴みにした。


「エルに何をするつもりだ」

「安心せい、攻撃するつもりはないでの。少々調べるだけじゃ」


 そう言ったマオステラの手の平がぼんやりと緑色に発光し始める。しばらくすれば、エルの体も同様に緑色の光に包まれた。


 偽ルーゴがじっとそれを見守っているので、確かにあれは攻撃魔法の類ではないのだろう。ティーミアは気が気でないといった様子であったが。


「よくよく観察してみれば、このエルという娘をワシは見たことがあるな」


 魔法を行使する最中にマオステラがぽつりと漏らす。

 隣の偽ルーゴが小首を傾げた。


「見た? どういうことだ」

「見たことがあるというのは少々語弊があるか。なにせワシが森に顕現する前の話しじゃからの。感じたというのが正しいか。大体一か月前くらいかの」


 マオステラは魔法を続けながら、森で感じたというエルの話を語り始める。


 エルはどうやらたった一人でマオス大森林へと踏み込み、なにやら探し物をしていたらしい。そしてエルはお目当ての物を見つけて森から抜け出した。


 その探し物というのが、


「お前達が探していた物と同じ花じゃ」

「花……、黄色い花のことか」

「そうじゃ。あれの根には魔力を回復させる成分が豊富に含まれておる。見たところ魔術師であるエルがそれを求めるのは必然の様に思えるが」


 少しの間、言い澱んだマオステラは行使していた魔法を解く。


「お前達はとある噂を聞いてこの花を探したと言っておったな」


 それに偽ルーゴとリリムが頷いた。


 リリム達が初めて黄色い花を探し求めたのは、ロカの実よりも回復能力の高い薬草があるという噂をラァラが耳にしたのが理由だ。


 それをマオステラには説明していたが、彼女はその話に引っかかりを感じたらしい。


「その噂を流したのはこの小娘なのかもな」


「何故そう思った」


「ルーゴ、お前達はこの花を使って『変化の魔法』に対処しようとしているな。事前に対処方法を調べたエルは、花の噂を広めれば変化の魔法の犠牲者を減らせると考えたのかも知れぬ」

 

 だとすれば、どうしてそんなに回りくどい真似をする必要があるのだろうかとリリムは疑問であった。エルはアーゼマ村を襲撃した敵だ。変化の魔法を使用したロポスの味方だ。


 花の噂を広めるメリットがない。


 偽ルーゴも同様に思ったのだろう、その疑問をぶつけるとマオステラは首を振って否定を示す。


「ワシがエルに掛けたのは解析魔法。結果、エルには二つの魔法が掛けられいた事が分かったでの」


 一つ、人形魔法。

 この魔法は使用者の意に沿う行動を強制させる。


 二つ、呪縛魔法。

 この魔法は使用者の意に逆らった者に死を与える。


 その二つの魔法がエルに掛けられていたとマオステラはリリムやルーゴ達へ説明した。


 加えてこれらの魔法は『認識阻害の魔法』で巧妙に隠されており、ただ調べるだけでは分からない様になっていたとマオステラは語る。


 説明を受けた偽ルーゴは重い溜息を吐いていた。


「魔法には使用者が死ねば解除される物とそうではない物が存在するが……マオステラ、お前は人形魔法と呪縛魔法の二つがどちらか分かるか?」


「解除される方じゃな」


 人形魔法を掛けられたエルは使用者の意に沿わない行動は執れない。それはロポスが掛けた変化の魔法の解除を促す様な事が出来ないという事だ。


 黄色い花の効果を直接誰かに伝えることなど以ての外だろう。


 仮に魔法が使用できるエルが人形魔法を解除しようとしても、今度は呪縛魔法がそれの邪魔をする。呪縛魔法を解こうとすれば人形魔法がそれの邪魔をする。


 何も出来ないエルは噂を流すといった回りくどい行動しか出来なかった。


 マオステラはそう言いたいのだろう。

 しかし、それは憶測でしかないのだが。


 ただ、人形魔法と呪縛魔法が未だエルに掛けられているままというのが問題だ。二つの魔法は使用者が死ねば解除される。これが意味するところのつまりは、


「エルを操っていたのはロポスではないということか」


 ルーゴがマオステラに返事を戻す。


 エルが望んでアーゼマ村を襲撃したのではないのなら、共に村を襲って来たロポスが怪しいと話を聞いていたリリムはそう思ったが、どうやら魔法の使用者は別に居る様だった。


  

 


 

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