47:帰途



 黄色い花を目的としたマオス大森林の攻略、それに挑むリリムやルーゴ達が一番恐れていた事はマオス――マオステラという神が妨害してくるかも知れないという懸念だった。


 実際に彼女はこちらに攻撃を仕掛けて来たが、ルーゴがマオステラとの決着を付けてくれたので、リリム達は黄色い花の採取に成功した。


 この花自体は一度採取した事があり、崖地に生息しているという事も知っている為、何もなければ採取は容易だったりする。


 これで村長達を元に戻すことが出来ると、ようやくアーゼマ村へ帰還したリリムは胸のつかえを取り除く様にして息をついた。


 時刻は既に夕暮れを迎えようとしている。


 かなり長い間マオス大森林に潜っていたらしい。体がぐったりと重い気がする。リリムは自宅に帰ったらもうこのままベッドに飛び込みたい気分だった。


「リリム、今日は苦労をかけてしまったな。すまない、後は俺達に任せて休んでてくれ」


「すみませんルーゴさん、今日はお言葉に甘えちゃいますね」


 田舎の村娘、それも診療所にて薬師をやっているリリムに体力など全くない。それとは反対に、話しによればマオスと事を構えたらしいルーゴはピンピンとしていた。


 流石はアーゼマ村の用心棒だとリリムは心強く思うも、


「今日はしっかり休みなよ。ただでさえリリム君は俺達とは違って冒険に慣れてないんだからね」


 同じ女性であるラァラもルーゴ同様ピンピンとしてした。


 彼女の背丈体格はリリムとそう変わらない筈なのだが、あの体のどこにそんな体力があるのかリリムは不思議でたまらない。


「そ、そうですね。ラァラさんもあまり無理はしないでくださいね」

「俺は平気さ。伊達で冒険者をやっている訳じゃあないからね」


 なんて自身あり気に二の腕に力を込めてラァラは小さく笑っていた。残念ながらその細い腕に力こぶなど微塵も見当たらなかったが。


「さて、黄色い花も手に入れたし、俺は本格的に錬金術の準備に取り掛かるかな。ルーゴ、もちろん君も手伝ってくれるだろ?」


「ああ。俺に出来ることがあるなら何でも言ってくれ」


「ようし、今夜は徹夜になるよ。じゃあリリム君、また明日ね」


 意気込んだラァラがリリムの元を後にする。向かう先は杖に変えられた者達が安置されている村長宅だ。


 ラァラは冒険者であると同時に錬金術師でもある。どうやら持前の錬金術を使って村長達を元に戻してくれるらしい。


 何をどうするのか、それは錬金術のれの字も知らないリリムには全く分からないが、ひとまず彼女に任せておけば安心だろう。だからこそルーゴは彼女をアーゼマ村へ招いたのだ。


「そうだ、リリム。一つ聞きたいことがある」


 同じく村長宅へ向かおうとしたルーゴが足を止め、リリムの元へ寄って来たかと思えば、


「俺がマオステラの元へ向かった時、ラァラとハルドラが何か話をしていなかったか?」


 小さく耳打ちした。

 

 確かにリリムがストナウルフのストナちゃんと再会した時、ラァラとハルドラは何やら話し込んでいたが、その会話にリリムは参加していなかった。


 リリムは隣で佇むストナちゃんを手の平で指し示す。


「すみません、ストナちゃんに夢中だったので……特に何も」


 リリムが伸ばした手をルーゴが視線で追えば、目線を合わせたストナは不思議そうに小首を傾げていた。


 そんなストナの背にはぐったりと疲れた様子のペーシャとマオステラが一緒になってうとうとしながら毛皮に埋もれている。


 ルーゴがストナの頬をひと撫でしてリリムへと視線を戻す。


「そうか、分かった」


「そう言えば、ハルドラさんはどこへ行ったのでしょうか。アーゼマ村に帰ってきた途端、すぐに姿が見えなくなりましたけど」


「彼も冒険者として忙しい身だからな。すぐに王都へ戻った様だ」


「忙しいのにこんな田舎村に来てくれたんですね。今度またお会い出来たら何かお礼をしないとですね」


「……そうだな」


 再びリリムから視線を外したルーゴは、マオステラの頬に指を伸ばしてちょんと一突きする。


「なんじゃあ、せっかく微睡みの向こう側へ行けそうじゃったのに」


「寝るんじゃない。お前がリリムの診療所へ行きたいと言ったのだろう。もうアーゼマ村へ着いたぞ」


「ほうほう、そうか。ここがアーゼマ村か」


 むくりと起き上がったマオステラは目を拭って辺りを見渡し始めた。


 彼女がアーゼマ村へと訪れた理由は2つ。


 1つは現妖精王であるシルフの長ティーミア。そしてもう1つは、リリム達を攻撃した理由である『王国への悪意』の元であるエル・クレア。


 なんでもこの二人の少女をその目で確認したいということらしい。


「リリムの診療所で騒ぎは起こすなよマオステラ」

「そう心配するならお前も診療所とやらに来れば良いじゃろ」

「診療所には俺の分身が居るから大丈夫だ」


 常に見張っているぞとルーゴが釘を刺して踵を返した。ルーゴが中々来ないので遠くでラァラが手を振ってルーゴの名を呼んでいる。


「じゃあなリリム。また気苦労を重ねてしまうが、エルとマオステラを頼んだ」

「いえいえ、私も出来る限りで協力しますよ。神様の子守りくらいへっちゃらです」

「ほう子守とな。それをワシの前で言うか」


 背後からジトリとした視線を感じながら、リリムはルーゴに手を振って別れを告げる。


 彼はこれから村長達を元に戻す為の錬金術に着手する。出来ればリリムも手を貸してあげたいが、素人が無暗に手を出すべきではないだろう。


 リリムはリリムで自分に出来ることをすべきだ。


「ではマオステラさん、今日はもう遅いのでこのまま大人しく診療所へ向かうとしましょうか」

「ほいほい」


 ストナに手招きしてリリムは診療所への帰途についた。






 

「ようリリム。遅かったな」

「すみません、ただいまですガラムさん」


 しばらく歩いてリリムの診療所が見えてくると、玄関先の壁にもたれ掛っていたガラムが出迎えてくれる。


 彼はBランク冒険者の実力者なのでルーゴに護衛を任されていた。ロポスの仲間がエルの口封じに来るのではないかと懸念したからだ。


 衣服に汚れ一つも見当たらないガラムの様子を見れば杞憂だったのかも知れないが。


「それで、黄色い花とやらは採取出来たのか?」

「はい、ばっちりですよ」

「そっか、そりゃ良かったな」

「ガラムさんの方も変わった事はありましたか?」

「無いぜ。ん、いや有るな。それも現在進行形で」


 問題有りだと言いたげにガラムがリリムの背後、そこに佇むストナウルフを指で差し示した。確かに事情を知らなければ警戒するよなとリリムはガラムに説明する。


「前に話した私の使役獣ですよ。ストナウルフのストナちゃんです」

「まじかよ。あれ本当だったんだな」

「まさか嘘だと思ってたんですか?」


 リリムがむっとすれば、ガラムが両手を振って弁明した。

 

「いやいや、嘘だと思った訳じゃねえよ。ちょっとびっくりしただけだって」


 ガラムが冷や汗を流しながら『いや本当びっくりするわ』とストナを横目にする。いつでも剣を取れるよう剣柄に手を置いているので、ストナを相当警戒しているらしい。


 リリムは自分も最初はストナウルフの牙を見て、大げさに怯えていたものだと感慨深くなる。


「ルーゴの旦那も化け物だけどよ、ストナウルフを従えたリリムも化け物に一歩足を踏み入れてる感じがあるな」


 剣を一振りしただけで岩を切り裂く化け物に言われたくはないとリリムは思った。


「で、ストナウルフの背に乗ってる嬢ちゃんは何者だ? 見たところそこらのガキじゃねぇな」


 そして、ガラムは流石はBランクともあってマオステラが何者かは知らずとも、内包する実力はお見通しらしい。


 ちなみにリリムは見ただけで実力なんて分からない。


「流石っすねガラムさん、このペーシャの実力を見抜くとは」

「おめぇさんには言ってねぇよ」


 ストナの背に乗るペーシャがうとうとしながらうつつを抜かしていた。まだ夢の中に居るらしい。


「ほう、人間。ワシが何に見えると言う気じゃ?」

「いや最初はシルフかと思ったけどよ。羽はねぇようだし……分からねぇな」


 剣からは未だ手を取らずにガラムが難しそうに小首を傾げた。するとマオステラは自信満々と胸に手を当てて鼻高々に宣言する。


「ワシは王国の守護神にして元妖精王! マオスことマオステラじゃ!」


 と、丁度その時だ。


「あら、リリムとペーシャじゃない。おかえりなさ――」


 ちょっとした騒ぎを聞きつけたのか、エルの看護の為に診療所にてお留守番していたティーミアが、玄関の扉を開けて姿を現わす。


 そして小さく呟いた。


「マオス……マオス様?」


 まるで幼児の様にして目を点にしたティーミアが、その視線をマオステラへと釘付けにする。


 ティーミアは現妖精王なのでマオステラの気配――その正体を正確に感じ取っている様子だった。


「……リリム! ペーシャ! 村を挙げてマオス様降臨祭を開くわよッ!!!」

「落ち着いてくださいティーミア!」


 何やら慌てた様子でどこかへ飛び立とうとしたティーミアをリリムは羽交い絞めにした。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る