46:お茶会
室内へ通されたハルドラは、精霊アラウメルテに案内されるままに椅子へ腰を降ろした。伴ってテーブルを挟んだ対面にアラウメルテも椅子に座る。
「立ち話もなんだしねぇ~、お茶会でもしましょ。ハルドラは何が好みかしらぁ?」
片手で頬杖を突いたアラウメルテが指を弾けば、ポポポンという軽い音と共に空中に数々のティーケトルが出現する。
併せて出て来た2つのカップが二人の前へ独りでに置かれると、ハルドラの周囲にケトル達がふわふわと漂い始めた。
選べという事だろう。
「毒とかは入ってないから、安心して好きなの選んでねぇ」
「そうですか、では確認を」
「ちょっと~、本当だってばぁ」
指を振るってハルドラは『解析魔法』を行使する。確かにやましい物は入ってない様だと、ようやくケトルを選び始めた。
「出来れば甘くないのが好きなんですがね」
「あらそう、じゃあミルクティーが私のおススメよぉ。お砂糖たっぷりのねぇ」
「選ばせる気ないんですね」
ハルドラのカップに問答無用でミルクティーが注がれる。そしてどこから現れたのか角砂糖がこれまた問答無用に放り込まれれば、スプーンがかちゃかちゃとそれをかき回す。
アラウメルテはフルーツティーを選んだようだった。こちらにまで果実の甘ったるい香りが漂ってくる。
「う~ん、美味しいわぁ~。流石は私の魔法ねぇ」
ご満悦とカップに口を付けながらアラウメルテが指を再び弾けば、役目を終えたケトル達が姿を消していく。
「それで、エルちゃんとロポスはどうだったのかしらぁ?」
カップから口を離し、弾いた指先をそのままハルドラへ向けた。
「何故、それを僕に聞くのですか?」
ハルドラに二人の様子を確認して来いと任を言い渡したのはオルトラムだ。
アラウメルテとのお茶会とやらが終われば、ハルドラはすぐにオルトラムへ調査の報告へ向かうつもりだ。ロポスは死に、エルは捕らわれの身となっていることを。
だからハルドラは不思議に思うのだ。
「直接、オルトラム様に聞けば良いじゃないですか」
アラウメルテという精霊がオルトラムとべったりなのは、王盾魔術師団内だけでなく王都中の者達が知るところだ。
オルトラムの私室に我が物顔で居座っているのが良い証拠だろう。
ふと周囲を見渡せば室内のありとあらゆる所にアラウメルテの趣味が現れている。一面ピンク一色の壁に掛けられた棚には、可愛らしい人形達がこれでもかと並べられていた。
ハルドラが今腰を掛けている椅子も、目の前のテーブルも、何もかもがピンク色で少々目が痛くなってくる。そしてこんな部屋で暮らしているオルトラムにも同情心が芽生えてくる。
アラウメルテはここまで人の私室で好き勝手にやりたい放題やっているのだ。ハルドラの調査結果も好き勝手とオルトラムに聞けば良いだけはないだろうか。
「この任務にアラウメルテ様は携わっておりません。一応ですが機密扱いにはなりますので僕の口からは詳細を語ることは出来ませんね」
などとハルドラが建前を並べればアラウメルテは面白くなさそうに頬を膨らませていた。
「それじゃあ協力関係にならないじゃないの~」
そう言われてもなとハルドラは苦笑いする。
半ば脅される形でラァラの協力者にはなったが、アラウメルテの味方になったつもりは全く無い。
それにラァラからは『余計な事はぺらぺら喋らないでね』と忠告されている。
「マスターからは必要な事だけを伝えるだけで良いと言われてましてね。今回、あなた様の元に足を運んだのは、軽い自己紹介だけです」
「ふ~ん、まあ良いわ。仲良しごっこしてる訳でもないしねぇ。でも一つだけ聞かせてくれるぅ?」
カップの中身を全て飲み干したアラウメルテが、おかわりを注ぎながらハルドラへ問う。
「どうしてラァラに協力しようって思ったのぅ?」
その問いに対しての返答は既にハルドラは用意してある。
「共感したからです」
厳密に言えば従わなければ消すと脅されたから、が正しいのだが。
とは言え、ハルドラはこの協力関係を結ぶ際に、ラァラが何故アラウメルテと手を結んでいるのか、その理由を聞かされている。
何でも国をもっと良くしたいのだとか。
端から聞けば随分と立派な考えをお持ちですねと鼻で笑ってしまうが、今現在の王国を見ていれば笑い話には到底出来ない。
何故なら王国はルーク・オットハイドを暗殺した。
強力な魔物、国内の犯罪者、または危険な思想を持つ組織。それらに対する強い抑止力となっていたのがルークの存在だ。彼が王国に居る、それだけを理由に大人しくしていた者は多いだろう。
そんなルークを自らの手で消し、あまつさえそれが影響で活性化している魔物等を王国の上層部はほとんど放置している。王国の兵士達すら積極的に動かそうとしていない。
魔物や犯罪を犯して賞金首となった者への対処に追われる冒険者ギルド、そのマスターであるラァラは相当頭を抱えていることだろう。
国を良くしたい、なんて酷く漠然とした事を宣ったラァラには同情してしまう。
「国はルーク様を消しましたね。それはアラウメルテ様もご存じでしょう?」
「もちろん当事者だからねぇ」
「その結果、魔物は活性化しております。国はそれらを積極的に対処しようとしていない。ギルドに任せっきりです。善意で聖女リーシャ様を筆頭とした教会の者達も動いてくれていますが全く人手が足りません」
魔物の活性化によって人が多く死んでいる。
それに加えて行方不明者の数も増加している。こちらに関しては完全に王国の悪意が働いていると言えるだろう。
もちろん魔物に食い散らかされて所在不明となった者も居るだろうが、王国は王盾魔術師に国民の拉致を命じているのだ。
今回、ロポスがエルを連れてアーゼマ村を襲撃したのがそれだ。
「王国はどうしてかルーク様のみならず国民を次々に害している。アラウメルテ様はこれら真意を知っていますか?」
王盾魔術師であるハルドラさえその理由を知らない。
恐らくはオルトラムを含めたほんの僅かな者にしか知らされていないのだろう。どんな理由があろうともルークを暗殺し、国民を傷付けては反発を招く。
オルトラムと近しいアラウメルテなら何か知っているかも知れないとハルドラは問うてみたが、
「ううん、知らないわぁ」
と、首を横に振られてしまった。
「だからラァラと一緒に影でコソコソ動き回ってるのよぉ。私だって今の王国の現状には嘆いているんだからねぇ」
「ルーク様を暗殺した実行犯がそれを言いますか?」
「ハルドラだって王盾魔術師なら後ろ暗い事の一つや二つはしているでしょう?」
「そう……、ですね」
指摘されて口ごもればアラウメルテはカップに口を付けながら得意気に笑っていた。立場に違いはあれど同じ穴の貉ということだろう。
王を、ひいては国を守る為という体裁で人を殺すなど王盾魔術師にとっては日常茶飯事だ。ハルドラもその手を血で汚した事が無い訳ではない。
それに身分を偽って冒険者ギルドに席を置いているのだ。アラウメルテと手を組んで密謀を巡らせているラァラの企てが露呈すれば、彼女の暗殺はハルドラに命じられることだろう。
それこそオルトラムにこの事を密告すれば、すぐにでもラァラは消されるだろう。ただ、ハルドラに密告する気はさらさら無い。
何故なら王盾魔術師は王を国を守る為の組織だからだ。その一員であるハルドラにもその志はある。
ラァラを消せばルークが何をしでかしてくれるか分からない。
聖域でのマオスとの戦いを見ていたハルドラには分かるのだ。ルークは本当に一人で国を滅ぼしかねない力を持っている。
皮肉にもルークはその力を国に危険視されて殺されかけてしまった訳だ。しかし、ルークの生存していることを、目の前の精霊は知りもしないだろう。
だからアラウメルテはこんな事を言うのだ。
「私だって、ルークの事は本当に残念だったと思うわぁ。私が事を知った時には既に歯止めは効かない状態だったのよぉ。止められるものなら止めていたわぁ」
なんて哀愁を表情に漂わせて溜息を溢していた。
顔に映すその感情が嘘か本当かはハルドラの知る所ではない。だが、ラァラはアラウメルテを少なからず疑っていることは確かな様だった。
でなければ余計な事をぺらぺら喋るなとハルドラに口止めはしなかっただろう。そこにはルークが生存している事実も含まれる。
「まあ確かに残念ですがどうでも良いことですね。ルーク様の話しはまた後日としましょう」
「どうでも良いって酷いわねぇ」
「すみませんね。出来れば早急に用件を済ませてここを立ち去りたいので。なにせここはオルトラム様の私室ですからね。こんな会話をしていると知られれば僕もただじゃあ済まない」
「大丈夫よぉ。私もそこまで馬鹿じゃあないわぁ。ちゃんと対策はしてるわぁ」
一体どんな対策をとっているかは知れないがそうでなければ困る。ハルドラも最低限、盗聴などが無いことを魔法で確認はしているが。
「では話しを進めましょうか。アラウメルテ様は僕に何か用件があるのでしょう? わざわざ茶を振舞ったからには」
差し出されたカップに注がれたミルクティーを飲み干してハルドラは伺いを立てた。
アラウメルテはどうでも良いとして、ラァラに協力するのはやぶさかではないとハルドラは考えている。
今の国の現状を良く思っていない者は多いだろう。ハルドラもその内の一人だ。何か自分に出来ることがあるのなら積極的に取り組んでいきたい。
だが、ラァラやアラウメルテに協力する事は一歩間違えば国家反逆罪だ。いや、片足は確実に突っ込んでいるに違いない。
ハルドラの手にしたカップが空になった事を確認したアラウメルテは、ほんのりと口角に笑みを作っていた。
「そうねぇ。さっそくだけど頼み事があるのよぉ。ハルドラがさっきも言っていた通りに王国の上層部の様子が最近おかしいのよねぇ。それはオルトラムも同様よぉ」
「と言いますと、頼み事とやらはオルトラム様に関係することですか?」
「間接的にはね」
アラウメルテが棚に向かって手招きすれば、そこに並べられていた人形の内の一体が立ち上がり、まるで生き物の様にこちらへ歩いて来た。
ハルドラは危うく悲鳴を上げそうになったがなんとか堪える。
「はぁい、ラビちゃんお利口ねぇ。ありがとぉ」
ウサギ人形のラビちゃんから折りたたまれた一枚の紙を受け取ったアラウメルテは、その紙をテーブルの上に広げてハルドラに見せつける。
何やらアラト聖教会に所属する女性の名が綴られているようだったが、何が言いたいのかとハルドラが視線で問えば、
「オルトラムがねぇ、色々と根回ししてるのぉ。私はね、その色々を調べたらびっくりしちゃったのよぉ」
「要領を得ませんね。どういうことですか」
「そうねぇ。ハルドラは『女神の加護』って知ってるぅ?」
勿論、その加護の名をハルドラは知っている。その能力についてもだ。知らない者の方が少ないだろう。
女神の加護を授かった聖女達は、女神アラトからお告げが降ろされるのだ。自分の身に降りかかる災厄や、親しい者に及ぶ危険などを予知してくれる。
故に女神の加護は災厄を払う力だと言われている。
その加護がどうかしたのかとハルドラが問えば、
「どうやら王国上層部はこの加護を疎ましく思っているみたいなの。王国に従順な者以外、全員皆殺しにしようって企んでるみたいでねぇ」
『酷い話でしょぅ?』とアラウメルテは眉根に失望を陰らせて続けた。
「だからね、ハルドラには可哀想な聖女達が殺されないように色々と立ち回って欲しいのぉ」
「……随分と簡単に言ってくれますね」
また暗殺かとハルドラは表情を顰める。
聖女達がどこでどう死のうがハルドラには関係ないが、その暗殺対象が聖女リーシャ・メレエンテにまで及ぶのなら問題が出てくる。
彼女の死を、元仲間であるルークがどう思うかだ。
今のルークはシルフ達を妖精王ごと味方に付けている。そして先日は神の一人であるマオスと手を組むことに成功していた。
今のルークは絶対に刺激してはいけないとハルドラは考えている。
そしてもう一人、彼の仲間にリリムという要注意人物が居る。ハルドラはマオス大森林へ踏み込む際、リリムへ密かに解析魔法を掛けていた。
その結果、リリムが保持している魔力はあのルークよりも多いという事が分かったのだ。ただの人間、それもそこらの田舎娘が保有して良い魔力ではない。
ややもすれば、リリムはルークが隠していた切り札なのかも知れない。
王国上層部には頼むから余計な事をしてルークを刺激しないでくれと、ハルドラは願うばかりだ。
「分かりました。その話、引き受けましょう」
「あらぁ? 割とのり気なのねぇ。ちょっとは渋るかと思ったんだけどぉ」
リーシャの暗殺を阻止しろと言われれば、それこそハルドラはやぶさかではなかった。
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