45:裏切り者



 ハルドラは国の王に仕える王盾魔術師でありながら、その身分を隠して冒険者ギルドに登録している冒険者の一人だ。


 優秀な魔術師である彼に『アーゼマ村から戻らないロポスとエルの様子を確認して来い』という命令が国から下された。


 それと同時だった。

 急遽アーゼマ村へ向かったギルドマスターのラァラから『君の力を貸してくれ』とお願いされたのは。


 良い大義名分を得られたと安易に考えたが、今にして思えば初めから罠だったのだとハルドラは自分の無思慮を鼻で笑った。


「最初から利用するだけ利用して僕を処分するつもりだったんですね。ほんと、勘弁してくださいよ」


 ハルドラと共に隣で倒木に腰を下ろしているラァラにそう告げる。


「青い顔して随分深刻そうだけど何の話だい? 」

「ご冗談を、全部知っていたのでしょうに」

「あはは、言っている意味が分からないな」


 首をコテンと倒してラァラはそらとぼけていた。


 どうしてここでしらを切る必要性があるのかが分からなかったが、ラァラが状況を考慮しろ、と暗にこちらへ警告しているのだとハルドラは遅まきながら気付く。


 この場には何も知らないリリムという一般人が居るのだとラァラは言っているのだ。しかし、ハルドラはリリムをただの一般人だとは考えていない。


「ラァラさん!ハルドラさん! ストナちゃんの毛並みモッフモフですよ! 一緒に堪能しませんか!」


 満面の笑みでリリムがこちらへ手招きしている。


 先ほどまでルーゴやペーシャの事が心配で気が気でないと言った様子だったのだが、聖域内の動向を探っていたハルドラが彼らの無事を伝えた途端にあの有様だった。


 リリムの横では凶悪な魔物と恐れられるストナウルフが腹を見せて地面に寝そべっていた。ハルドラの記憶では、あの犬型の魔物は人間には滅多に懐かない筈だったのだが。


 まるでペットの様にストナウルフを従えているリリムにハルドラは表情を引き攣らせた。


「僕は遠慮しておきますので、どうぞ独り占めしてください」

「じゃあラァラさんはどうですか!」

「俺も遠慮しておくよ」

「もったいないですよ、こんなにふわふわした毛並みを堪能出来る機会なんてそうそうないのに。ね~? ストナちゃんっ」

『オンッ!』


 リリムが一撫ですれば、大きなストナウルフが甘える様に一鳴きした。


 そんな彼女達の周囲の木陰には、一回り小さな無数のストナウルフ達が待機している。不思議と彼らに敵対心は感じられない。


 恐らくだが、あれらは今リリムが毛並みを堪能しているストナウルフを長とした群れだ。


 獰猛な魔物として冒険者ギルドでも有名なストナウルフ達が襲い掛かって来ないのは、群れの長がリリムに心酔しているからだろう。


 こちらに群を成して近付いてきていた魔物達の正体は、リリムが一度召喚したことのある使役獣だったと。


 稀にあるのだ、使役獣が召喚魔法という主従の契りを終えてなお、主に懐いてしまうことが。

 

「まさかストナウルフを従えるとは。本当に彼女は田舎の村娘なんですか?」

「そうだよ。まあ、あれには俺も驚いたけどね……ふふっ」


 狼と戯れる少女の様子を眺めていたラァラが思わずと笑みを溢していた。ハルドラとしてはストナウルフに囲まれているこの状況下でそんな気分にはなれないが。


「さて、リリムさんはストナウルフに夢中の様なので話の続きをしましょうか」


 そう訊ねれば、リリムから外れたラァラの目がハルドラへと向けられた。それを許可と受け取ったハルドラは話題をリリムから自身の話へと戻す。


「いつから僕の正体を知ってました?」

「実は協力者が居てね。その子が色々と教えてくれてるんだよ」

「協力者……、ですか」


 一体何を目的とした協力関係を結んでいるのかとハルドラは考える。


 協力者と言うからにはラァラと共通の目的が必要となる。その共同関係にある者とは王盾魔術師の動きを知れるという事を考慮するに、王国の中枢に関わる者だ。


「何者か聞いても大丈夫ですか?」

「さっきから質問ばかりだね」

「すみませんね。僕としても今は立ち振る舞いを考えなくちゃいけないので」

「それならなおさらさ。俺だけにお喋りさせるつもりかい?」


 指摘されたハルドラは顎に手を当ててしばし思案し、ちょっとした情報をラァラに手渡すことにした。


「先ほどマオスとルーク様が利害関係を結びました。僕を泳がすのはここまでだと。いやはや、ロポスとエルの様子を確認して来いと言われただけなのに、こんな事になるとは」


 ハルドラに与えられた任務の内容を伝えると、ラァラは『へぇ』と目を細めていた。


「僕は神々の一人マオスに敵と認定されてしまいました。そんな神と互角以上の実力を見せたルークにも敵と見なされています」


 王国を守護する神は複数居る。

 

 聖女にお告げを降ろす女神アラトがその代表格か。他には不死鳥や魔人、そして大精霊などと言った神々が王国の者に『加護』と呼ばれる力を降ろしている。


 それ故にこの国は神々が住まう地、神王国と諸外国から恐れられているのだ。


 そんな神の一人に敵と見定められた、加えてルークにすら敵意を向けられているハルドラの心中は穏やかではない。


「僕はどうしたら良いでしょうかね」


「さあね、それはハルドラ君が決めることだよ。ただ、一つ確かな事は君はこのままだと確実に消されるだろうね。敵と知っていて生かす程ルークは優しくない」


「それならエル・クレアはどうしてまだ生きているんですか? 彼女はロポスと共にアーゼマ村を襲撃した筈ですが」


 ハルドラがアーゼマ村を訪れた時点でロポスの影は欠片も見つからなかった。彼の方は死んだと見て間違いはない。エル・クレアの方は昏倒しているものの生かされてはいるみたいだったが。


 それがもし、情報をエルから取り出そうとしているなら甘いとしか言えない。


「エル・クレアから情報を取ろうと考えているなら僕は不可能だと断言します」

「ん、どういうことだい?」


 ラァラが腕を組んで眉間に皺を寄せる。


「それは教えられません」

「なるほどね、交渉と言う訳か」


 何故、情報をエルから得られないのか。その理由をそう易々と教える訳にはいかない。

 

 英雄ルークやマオスと敵対してしまっている王盾魔術師のハルドラは、生きてこの森を抜け出すのは非常に困難だ。


 理由としては、マオスがこの森全域を支配下に置いている可能性があること。聖域での会話から察するに、こちらが森に足を踏み入れた時点でどこに誰が居るかを把握出来ている可能性もある。


 そしていつでも攻撃が可能だ。それはペーシャが突如として攫われた事から大いにあり得る。


 二つ目の理由として英雄ルークがこの場に居ること。


 たった一人でルークと敵対することは死を意味する。伊達にSランクという称号を国から授けられてはいないのだから。


 だからハルドラはラァラに交渉する。

 自分を生かしておいた方が旨味があるぞと。


 ただ、そんな安い交渉にラァラが乗ってくれるかが問題だ。


「俺がその交渉に乗って得られる利益は少ないと思うんだけどね」


 不敵に笑ったラァラが腕を組んだまま人差し指をハルドラへと向けた。まさか指一本でこちらを殺せると思っているのかとハルドラは苦笑いする。


 ハルドラは知っているのだ。

 ラァラには魔法の才が全くないことを。


「ラァラさん、それは流石にそれは僕を舐め過ぎ……」


 言いかけたハルドラの口が塞がった。


 こちらに視線を向けるラァラの目が赤黒く濁っている。その目に浮かべる瞳孔は垂直方向に縦長い形に変貌しており、それはハルドラの脳裏に竜の眼を彷彿とさせた。


 ハルドラの頬に冷や汗が流れる。


「ど、どういうことですか。あなたは一体……何者なんですか」

「さあ何者だろうね。ただ、君を指一本でどうこうするのは簡単さ」


 妖しく嗤うラァラは口元から牙をこちらへ覗かせた。


 人間じゃない。だが人の姿はしている。だとすれば何かしらの『加護』の能力か。しかしラァラの様な能力なんて聞いたことがない。


「さて、俺もいくら敵だろうと殺しはしたくない。ましてや君はギルドマスターの俺がアーゼマ村へ誘致したギルドの一員なんだからね」


 ラァラがこちらへ距離を縮めて来る。


「だからハルドラ。お願いを聞いてくれないかな?」


 やがてその身がピタリとくっ付きそうな程に距離を近付けたラァラは、ハルドラへ屈託のない笑みを浮かべる。


「君も俺の協力者になってくれよ」


 言ってラァラがこちらの手を取った。


 不気味な程冷たいその手がハルドラの背筋に悪寒を走らせる。赤黒いラァラの眼がハルドラを一点に見つめて離さない。


「お願いですって? はは、僕にはまるで命令の様に聞こえたんですけどね」


 どうもラァラはこちらの是非を問うつもりは無いらしい。


 状況的に考えてもハルドラに拒否権は微塵も無い。隠す気もない巨大な魔力がここに近付いて来ているからだ。ルークとマオスが聖域から脱したのだろう。こちらへ一直線に向かって来ている。


「はぁ……分かりましたよ。僕もまだ死にたくありませんからね」

「あはは、良い返事だ」


 溜息交じりにハルドラが了承すれば、ラァラは牙を見せて笑っていた。







 ロポスとエルの様子を確認してくるという任務を終え、アーゼマ村から王都へ帰還したハルドラは、『聖塔』と呼ばれる巨大な建造物へと足を運んでいた。


 王都の中心に聳え立つ聖塔の最上階には、この国の王が居る神王の間が存在するが、今回足を向ける先はそこではない。


 塔の中心に仰々しく設置されている魔法陣に魔力を込めれば視界が暗転し、ハルドラは目的地まで転送される。


『ハルドラ、王都へ戻ったらある所へ向かって欲しいんだ。そこに俺の協力者が居る。もちろんこの事は誰にも言っちゃいけないよ』


 ラァラからそう告げられたハルドラが向かった先は王盾魔術師団の本部だ。


 転送を終えて辿り着いた広場を後にし、無駄に細部まで装飾が施された壁面が続く廊下を歩いて行けば一枚の扉が見えて来る。


 3回程ノックをすれば、中から少女の声が聞こえて来た。


「今忙しいから後にしてくれなぁい~?」


 扉の先は王盾魔術師の長、賢者オルトラムの私室だ。


 それにも関わらず、扉の奥からはオルトラムの皺枯れた声ではなく、代わりとばかりに気の抜ける様な少女の声がハルドラの耳に小さく届いた。


 オルトラムは現在、公務に出ている。

 それを知っているからこそハルドラはオルトラムの私室を訪ねたのだ。


「アラウメルテ様、あなた様の好物をお持ちしましたよ。なんでもマスターがぜひにと」

「あらぁ、ほんとぅ? じゃあ開けてあげるわぁ~」


 てってって、と扉の奥から軽い足音が返事と共に聞こえてくる。


「ふ~ん。あんたがラァラの新しい協力者って訳ねぇ。よろしくね」


 扉を開けた黒髪の少女がにこりとハルドラへ笑みを作ったので、ハルドラも笑みを返し、頭を垂れて丁寧に一礼する。


「ハルドラです。アラウメルテ様、どうぞよろしくお願いします」


 精霊アラウメルテ。


 代々と賢者の間で受け継がれる『大精霊の加護』によって生み出された精霊。そしてSランク冒険者ルークの元パーティメンバーの一人。


 彼女が王盾魔術師の裏切者、ひいてはラァラの協力者だった。

 

 

  


 

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