39:森へ行こう
ペーシャはめでたくマオス大森林攻略メンバーに選ばれた。
同じく攻略メンバーに選ばれたリリムに対して『村の為に頑張って』と言ってしまった手前、私は怖いので行きたくないっすとペーシャは言えなかった。
更にはシルフの中で唯一ルーゴに名指しで指名されたと、他のシルフ達に尊敬の眼差しで見られてしまい、怖いから行きたくないっすと引くに引けなくなった。
「ぺ、ペーシャさん! すげぇっす! あのルーゴさんから認められるなんて!」
「精鋭部隊の皆を差し置いてあのペーシャが選ばれたんだ!」
「流石、妖精王様の右腕だぜ!」
アーゼマ村の出口にて、ペーシャを含める攻略メンバーを見送りに来ていたシルフ達が目をキラキラと輝かせながらペーシャに熱い視線を注いでいた。
シルフは魔物だ。
魔物は本能的により強い者を畏敬する傾向がある。シルフで一番強いティーミアが王を名乗るのもそれが理由だ。
そんな妖精王ティーミアを下したルーゴはシルフ達にとって憧れの的であり、そんなルーゴから指名されたペーシャも敬いの対象となってしまったらしい。
「うおお! ペーシャさん! マオスなんか倒しちゃって下さい!」
「が、頑張るっす……」
「聞いたか皆! ペーシャさんはマオスなんか目じゃないらしいぜ!」
「す、すげぇ!」
言ってないとペーシャは思った。
「ちょっとペーシャ! せっかくルーゴのパーティに入れて貰えたんだからしゃんとなさい! 私はエルの看病しなきゃ駄目だから行けないけど、私の分までしっかり頑張んなさいよ! 」
興奮状態のシルフ達をかき分けて姿を現わしたティーミアが激を飛ばしてくる。
あまり気乗りがしないペーシャが『はいっす』とそっけなく応えれば、ティーミアが肩に腕を回して耳元に顔を近付けてきた。
「別に必ずしもマオスと戦うとは限らないんだから大丈夫よ。それにルーゴも居るし、あのラァラって奴も相当な腕前よ。たとえ怪我したとしてもリリムが居るしね。あんたはしっかり守られていれば良いのよ」
「い、言われてみればそうっすね。ルーゴさんすんごい強いでっすし、なんか神様でも倒せそうっすよね」
「そうそう、誰にあいつが倒せるって言うのよ」
回した腕を外してティーミアが回れ右とばかりにペーシャの背後を指で示した。振り返れば、今回マオス大森林へ挑む者達がペーシャを待っている。
ギルドマスターのラァラに、診療所で共に暮らすリリム。そこに何故かギルドの学者を自称するハルドラも居るのが若干気になるが、それ以上に気になるのがルーゴである。
「さあペーシャ、そろそろ行くぞ。気を引き締めんだ」
と、武装したルーゴがこちらに手招きしていた。
今日はいつもの兜だけではなく、とても頑丈そうな籠手までしている。あれに殴られれば痛いじゃ済まないだろう。そしていつもは装備していない剣まで腰に差していた。
お前は気を引き締め過ぎなんだよとペーシャが顔面を引き攣らせる。
そこまでやばいのかマオス。
そこまでやばいのか神様。
「る、ルーゴさん。どうかペーシャを守ってくださいね?」
「お前も意外と可愛い所があるんだな、安心しろ」
『守ってやる』とルーゴがこちらの頭を撫でた。意外とは余計だったがどうやらお願いは聞いてくれるらしい。
あの妖精王も彼のその言葉で人間との共存を決めたのだ。ペーシャがそれに絆されても罰は当たらないだろう。
よし、ルーゴが守ってくれるらしいので、安心してマオス大森林に踏み込むとしようとペーシャは心意気を新たにする。
「よぉし、じゃあガラム君。俺が戻るまでアーゼマ村の事は頼んだよ」
「ああ、任せて下さいよっと」
ティーミアが相当な腕前と言ったギルドマスターも一緒に居る。
「ではハーマルさん、行って来ますね」
「いってらっしゃい。ちゃんとルーゴさんの言う事を聞くのよ?」
「分かってますよ」
怪我をしてもリリムが居るので大丈夫だろう。
「ふふふ、ギルドの学者として存分に成果を出してやりましょうか」
ハルドラはよく分からない。何やらどでかいカバンを背負って丸眼鏡を得意気に弄繰り回している。本当によく分からない。こいつはなんなのだろうか。
ちょっとした不安要素もあるが、まあルーゴが居るのでマオスが出て来た所で大丈夫だろう、たぶん。とペーシャは思うことにした。ルーゴが必ず守ってくれる。
〇
「ちっ」
マオス大森林に踏み込んで数十分。
ペーシャは目の前に繰り広げられている光景に舌打ちをしていた。
守ってくれる約束だった筈のルーゴが、リリムに独り占めされているからである。
「る、ルーゴさん、絶対に手を離さないでくださいね」
「お前は本当に臆病だな」
怯えた様子でリリムが全身を震わせている。
森のどこかで鳥が大きく鳴けば、ビクリと身を跳ねさせてルーゴの腕にしがみ付いていた。
知ってか知らずなのかリリムの胸がルーゴの腕に押し当てられている。このエンプーサめとペーシャは眉間に皺を寄せた。
エンプーサが別大陸で何故サキュバスと呼ばれてるかの由縁を知った気がする。
ペーシャはリリムがエンプーサであると聞いた時、ちょっとだけ気になって調べた事がある。なんでもエンプーサは食事――マナドレインをする為に、異性を魅了する術に長けているのだとか。
もしかすればルーゴはもう
ハルドラも時折リリムをチラチラと見ている。
こいつも既に堕ちているかも知れないとペーシャは思った。
「あまりくっ付くなリリム」
「ルーゴさんがマオスがどうって脅かすからですよ!」
「すまない……、そんなつもりじゃなかったんだ」
マオス大森林を進んで行く中、そんな仲睦まじい二人から視線を外せば、今度はどうしてか興奮しているラァラと、その横で真顔で突っ立つハルドラの二人が視界に入る。
「ハルドラ君、見ておくれ! ハエを食べているぞこの植物! マンドラゴラの一種じゃあないかい!? 新種だよ新種!」
「それはハエトリグサですね」
「え? じゃあこれはアルラウネの一種だ。きっと新種だよ」
「ハエトリグサですね」
カバンから瓶を取り出したハルドラが呑気にハエトリグサを採取し始める。結局採るんかい。ラァラが『俺も欲しいなぁ』と物欲しそうに言えば、やれやれと瓶をもう1個取り出した。
彼らもリリム達と同様に仲が良さそうだ。
気が付けば男女ペアが二組も出来上がっている。
「なんだこれ」
帰ろうかなとペーシャは思った。
ペーシャは索敵を任されたので得意の風魔法を操り、周囲に敵が居ないかを常に探っている。マオス大森林に踏み込んでからずっとだ。
自分を中心に風を呼び込み、運び込まれた匂いを嗅ぎ分けるのだ。シルフは鼻が効く。なので魔物が風魔法の範囲内に居ればすぐに分かるのだ。
マオスがどんな体臭をしてるのかは知れないが、嗅ぎ慣れない者の匂いがすればそれがきっとマオスなのだろう。
リリムは漢方めいた薬草の香りに加えてほんの少しだけ甘い香りがする。ラァラは生肉を香水で煮込んだ様なよく分からない匂いがする、彼女は普段何をしているのだろうか。
女性陣達とは打って変わってルーゴは無臭だ。彼のことだ、きっと魔物なのに気取られないよう体臭レベルで存在を消しているのだろう。ペーシャは勝手にぞっとする。ちなみにハルドラも無臭に近い。
そんな4人の匂いを除けば、今は森ともあって青臭い匂いしか感じられない。なのでマオスは近くには居ないのだろう。
そもそもの話で、神の一人だと言うマオスの存在自体が眉唾なのだ。実在するのかどうかも怪しい。
一応、ティーミアからは大昔にマオスという名前のシルフが居たという話は聞いていたが、それは何百年も昔だと言うではないか。とっくに死んでいる筈だ。
ただ、マオス大森林の様子がおかしいのは確かだった。
何故ならこの森に足を踏み入れてから一度も魔物と遭遇していない。ルーゴの話では森に居る魔物が興奮状態にあるとあったが、そいつらは一体どこへ行ったのだろうか。
「ペーシャ、付近に魔物の気配はあるか?」
「ないっすね」
「そうか」
時折、ルーゴがこちらに確認をとってくるが、その度にペーシャは首を振るう。リリムの加護によって呼び出された微精霊達にも反応はないようだった。
慎重を期して『微精霊の加護』とペーシャの『風魔法』の二つで索敵を行っているが、マオスどころか魔物の一切も見つけられない。
「まあ、このまま何事も無ければ良いっすけどね」
そうペーシャが言った矢先の出来事だ。
唐突に花の様な香りが鼻先をふわりと掠める。
「ん、花?」
香りの発生源は後方で、ペーシャ達が進んできた進行方向から。
それもすぐ近くだ。だと言うのにペーシャには花を見た記憶がない。不思議に思ったペーシャが足を止めて振り返る。しかし見渡しても花の類は見当たらなかった。
見落とした可能性もあるが、ペーシャは風魔法を操って周囲の匂いを自分に集めている。なので花の香りを嗅ぎ漏らすことは絶対にない。
つまりこの花は、今この瞬間どこからか降って沸いて来たのだ。
後方から剣を引き抜く音がした。
きっとルーゴも何かしらの異変を察知したのだろう。
「俺から離れるなペーシャ」
「す、すみませんでっす。でもルーゴさん、もしかしたらマオスが近くに――」
後方から視線を外して再び前方へと振り返る。
そこには誰も居なかった。
「あ、あれ……?」
リリムもルーゴもラァラもハルドラも、誰一人として見当たらない。風魔法でも探知出来ない。どこにも居ない。
ペーシャはいつの間にか孤立していた。
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