38:森を創った魔物



「やあやあ、よく来てくれたね。歓迎するよリリム君にペーシャ君。どうぞ中に入っておくれ。遠慮はいらないよ!」


 ルーゴに連れられて村長宅へと訪れたリリムとペーシャは、玄関の扉を開けると白髪の少女に出迎えられた。冒険者ギルドのマスター、ラァラ・レドルクだ。


 どうしてか機嫌の良さそうなラァラは快活に笑って『おいでおいで』とリリム達に手招きしている。


「お前の家じゃないだろ」

「あ、痛いッ!」


 すかさずルーゴが脳天に軽く手刀を落とすと、苦い顔をしたラァラが頭を摩りながらリリムの手を取った。


「あはは、ごめんよ。ようやく杖にされた人達を元に戻せる目途が立ったんだ。ついついテンションが上がってしまってね」


「そうだったんですね。ラァラさんありがとうございますっ」


「いいよいいよ、気にしないで。困った時はお互い様さ」


 村長宅の談話室へとリリムの手を引く傍ら、ラァラはこちらに振り返って小さく目くばせをした。


「それに、ギルドで抱える薬師の憂いは払っておかないとね。リリム君には期待しているんだ。こういう時は安心して俺に任せておくれ」


 なんてラァラは頼もしく言ってくれる。

 ギルドがリリムの味方になってくれるとは言っていたが、アーゼマ村の為に動いてくれるとは思わなかった。


 もしかすれば、ギルドの一員であるエル・クレアが村を襲撃したことに責任を感じているのかも知れない。例えラァラに別の考えがあったとしても、それはリリムの知る所ではない。


 人を動かす立場にあるギルドマスターが単純な善意で動くとは思えないが、この厚意は素直に受け取っておこうとリリムは礼を言う。疑う理由もない。





 談話室の扉を潜れば一人の老婆と、何やら制服の様な衣服を身に纏う一人の男がリリムの視界に入る。


 年老いた女性の方はまんじゅう大好きハーマルさんだ。彼女はアーゼマ村の古株として、杖になってしまった村長の代わりを務める事となっている。


 そんなハーマルさんが腰を降ろすソファの前、テーブルに並べられた8つの杖が件の『変化の魔法』の犠牲者達だ。


「お邪魔します、ハーマルさん」

「いらっしゃいリリムちゃん。とは言っても、ここは私の家じゃないのだけれどもね。さあ座って、なにやらギルドの学者さんからお話があるみたいなの」


 ハーマルに促されてリリムは対面のソファに腰を降ろした。遅れて談話室に入ってきたペーシャも倣って腰を降ろす。ルーゴは壁にもたれ掛かっていた。


 各々が身を落ち着かせたのを確認すると、ラァラが小さく咳払いをして皆の視線を自身に集める。


「さて、リリム君とペーシャ君が来たことだし現状を再確認しようか」


 ラァラがテーブルに並べられた8つの杖を手で示した。


「ここに並べられた杖は元人間だ。アーゼマ村を襲撃したというロポス・アルバトスが使用した『変化の魔法』でこの姿に変えられてしまった訳だね」


 それにルーゴとハーマルが頷く。


「何やら彼は襲撃前に魔紋を用いて村の住民を罠に掛けて周っていたみたいだね。まあそれは話の肝じゃあないから一旦忘れようか。今回の主題は杖に変えられてしまった者をどうやって元に戻すかだ」


 淡々と説明していくラァラが、テーブルに並べられた杖を無作為に選んで1本だけを手に取った。


 何をするつもりだろうか。

 リリムが様子を眺めていると、ラァラは手にした杖をそっと指でなぞる。


「うん、適当に取ったけどこの杖の元は村長様だね」


 わざとらしくラァラはそう言った。

 

 適当に取った、それは本当なのだろう。だからリリムは不思議に思うのだ。どうして手に取った杖が村長だと分かったのだろうと。隣のペーシャも同様に思ったのだろう、スッと手を上げた。


「あい、ラァラさん! それがどうして村長だと分かったんすか!」


「お、鋭いねぇペーシャ君。そうさ、俺はこの杖が村長であることをはっきりと知覚出来る。さて、それはどうしてなのかな? ハルドラ君、説明を!」


 ラァラに手で示されたギルド員。

 ハーマルさんいわくギルドの学者と言われたその男はリリムが視線を送れば、何故だか得意気に丸眼鏡を弄り回していた。


「はい、その杖は人間と同様に魔力が循環しているからです。ある程度、魔力の扱いに慣れた者は魔力の流れで人を見分けられますからね。ギルドマスターともあれば当然でしょう」


 男が得意気に丸眼鏡をくいっと上げた。あらぬ方向から褒められたラァラが若干照れながら男の説明に補足を入れる。


「あ、ありがとね、ハルドラ君。そうさ、彼の説明にあった通りにこの杖は魔力を循環している。つまり、まだ生きている。こんな状態になってもね」


 『だけど』とラァラは続けた。


「どうもその循環がちょっとおかしいんだよね。で、俺は学者であるハルドラ君をアーゼマ村に呼び寄せて調べて貰ったんだよ」


「はい、僕が調べました。いやぁ、流石に頭を抱えましたよ。なにせ別の物質に変えられた人間を元に戻せるかと言われているんですからね。基本的に変化の魔法は生物への使用が禁止されています、なので解除方法なんて出回ってないんですよ」


 たしかにあんな魔法をぽんぽん人に使ってたら倫理的にやばいよなとリリムは思った。そりゃ禁止されるわと。


「まあ国がやっちゃ駄目と言ってるだけで、僕としては人を小石にでも変えれば人員の運搬費が削減出来ると思うんですけどね」


 ラァラにハルドラと呼ばれていた男はおっかない事を言っていた。この男はそのうち檻に入れられるかも知れない。


「いやねぇ最近の若い子は。過激だわぁ」


 ハーマルさんは若干引いていた。ペーシャは『ルーゴさん、こいつ要注意人物っすよ』と顔を顰めている。ルーゴはじっとハルドラを睨んでいた。


 流石に失言だったかと冷や汗を流しながらハルドラが両手を振って言い訳を並べる。


「い、いやぁ、違うんですよ、僕は魔法の実用性を説いただけであって。実際にやろうだなんて思いません。ただ王都の研究機関でも、魔物を魔石に変えて魔力を抽出してみようという試みもあったくらいですから。それと同じで、人間相手にはそんなことしようなんて人居ませんて、僕含めて」


 それを聞いてルーゴが不機嫌そうに腕を組んで小さく溜息を溢した。


 ハルドラはまるで魔物ならどう扱っても良いといった様な発言をしたからだ。この場には魔物であるペーシャが居る。加えて秘密にはしているがリリムも魔物である。


 失言に失言を重ねた形だろう。


「ハルドラ殿、あまりそういった発言は控えて貰おうか。今ここにはシルフであるペーシャが居るのだからな」


「す、すすみません。そういうつもりで言った訳じゃなかったんです」


 ルーゴは咎めれば、先ほどまで得意気に眼鏡を弄繰り回していた様子はどこへやら、ハルドラは反省とばかりに小さく頭を下げた。


 ただ、魔物が人類の敵である事には変わりない。その点だけは留意するべきだろう。魔物を庇おうとする者の方が稀なのだから。


 あまりに話が逸れた為、リリムは話題を元に戻すため魔力超過について言及することにした。


「ラァラさん、それでなんですけど……、魔力の循環がおかしくなってると言ってましたが、それは魔力超過でどうにか出来る物なんですか?」


「あれ? もしかしてルーゴから先に聞いていたかい?」


「そうですね。ここに来る前にちょこっとだけですけど」


「うん、そうだね。杖から元に戻す条件、それが魔力超過さ。ロポスが使用した変化の魔法は、どうやら肉体を循環する魔力を乱して固定してしまう魔法のようでね」


「乱して固定……?」


「そうそう、この固定が厄介でね。杖である状態が普通となってしまうんだ。だから使用者が倒されても元に戻らない。だからその固定されてしまった状態を一度乱してあげる必要がある」


 そこまで説明したラァラはバトンタッチとばかりにハルドラへ目配せを送った。受け取ったハルドラは腰にあったポーチから一つの植物を取り出した。


 それは黄色い花の根だった。

 乾燥して萎びれてはいるが間違いない。


「これは先日、リリムさんがギルドに送ってくれた黄色い花の根です。なにやら一齧りするだけで魔力超過を引き起こしてしまう劇物の様ですが、今回はそれを利用してみようと僕は思ったんですよ」


「なるほど。そういった経緯で黄色い花が必要だったんですね」


「そうなのですが、黄色い花の数が足りないんですよ。ギルドに送られて来た物は、既に王都の植物学者の元へ送ってしまいましたからね。ですのでもう一度、ルーゴさん達にはこれを採取して来て貰いたいのですが……」


 と、ハルドラは何故だか歯切れを悪くする。


 リリムとルーゴはその黄色い花がどういった場所に生息するかを突き止めている。なのでもう一度採取すること自体は簡単だ。しかしハルドラの雰囲気がそうもいかないと言っていた。


 リリムが首を捻ると、ルーゴが代わりとばかりに口を開いた。


「黄色い花を採取出来るマオス大森林だが、3日前にエルがその一部を魔法で消し飛ばしてしまってな。その影響からか魔物が酷く興奮状態に陥っている」


「そ、そうだったんですか。それは怖いですね。でもルーゴさんならそんな魔物でも遅れは取らないのでは?」


 そうだ。


 リリムはルーゴが魔物を蹴散らかしている光景を散々目にしている。なので例え魔物が興奮状態になっていたとしても負ける事はないだろう。


 そんなルーゴでも何やら気がかりな点があるようで、


「リリム。お前はあの森がどうしてマオス大森林と呼ばれているか知っているか」


「え?、う~ん、ちょっと分からないです」


 そんな事を言われてもリリムは知る由もない。

 なにせ今までその森の名前すらも把握していなかったのだから。


「あの森は俺達が生まれるよりも前、遥か昔にたった1体の魔物が創り出した森だ。その魔物は今では眠りについているらしいのだが、今回の騒動で目を覚ましてしまった可能性がある」


「本当ですか? あんなに広い森を創るって。と、とんでもない魔物が居たもんですね」


 その話が真実なのだとすれば、もはや神話の類ではないだろうか。


 依然、黄色い花を採取する時に崖地へと足を踏み込んだが、そこから見下ろしてもまだ地平線の彼方まで森は広がっていた。マオス大森林はそれだけ広大なのだ。


 それをたった一体の魔物が創りだしたと。

 ルーゴはそんな馬鹿げた力を持つと言う魔物の名を口にした。


「奴の名はマオス。この世に『妖精王の加護』を降ろす神の一柱だ。そいつが創り出し、かつ根城としているが故にあの森はマオス大森林と呼ばれている」


 妖精王。

 その言葉に対し、いの一番に反応を示したのはシルフのペーシャだった。


「妖精王!? る、ルーゴさん! それってうちの妖精王様と何か関係があるんすか!?」


 リリムとしては神がうんたらのくだりが気になったが、どうやらペーシャの琴線に触れたのはそこではないらしい。


 頓狂な顔をしてルーゴへ妖精王妖精王と捲し立てている。


「マオスはペーシャ達と同じシルフだ。確かな事はそれだけで、関係性については俺も詳しくは知らない。その実力もな」


 実力も計り知れない神の一柱、それがマオス。

 だから先ほどハルドラは歯切れを悪くしたのだろう。今回の採取はそう簡単にはいかないと。


 リリムがふと視線を降ろせば、ルーゴが見慣れない剣を腰に差していた。彼はどんな魔物が相手だろうと普段は剣を手にしない。素手、もしくは魔法で粉砕してしまう。


 そんなルーゴが帯剣していると。それだけ警戒が必要な相手なのだろう、それは例えアーゼマ村の中に居たとしてもだ。


 間違っても採取時に遭遇したくないものだとリリムは背筋に悪寒が走る。


 きっと、黄色い花の採取に向かう時は選りすぐりのメンバーで攻略に挑むことだろう。ひ弱なリリムには無事を祈ることしか出来ない。


「それでリリム。お前には『微精霊の加護』を使って、マオスと遭遇しないよう索敵を行って貰いたいんだ」

「ん?」

「リリムに索敵をして貰いたい」

「え?」


 まさかマオス大森林攻略メンバーに選ばれると思っていなかったリリムが表情を青くする。隣のペーシャが同情するような視線をリリムへ向けていた。

 

「り、リリムさん。頑張ってくださいっす」

「そんな……、いいい嫌ですよぉ」

「村の為にも頑張ってくださいっす。村長がどうなっても良いんすか?」

「ぐぬぬぬぬ……わ、分かりました」


 村の為、村長の為。

 そんなことを言われしまってはリリムに断る事はもう出来ない。


 やるしかない、それがアーゼマ村の為になるのならば。


 そう覚悟を決めたリリムだったのだが、ペーシャが自分は選ばれないだろうと、他人事の様な顔をしているのがちょっとだけ気に入らなかった。


「ペーシャ、お前も付いてこい」

「は」

「ペーシャ、お前も付いてこい」


 同じくして名指しで指名されたペーシャが表情を青くする。


「いやいやいやいや。私なんかがマオスとなんて戦えませんって! ペーシャそんなに強くないすから!」


「大丈夫だ、安心しろ。ペーシャにも索敵を頼みたいだけだ。思い出せばお前は以前、俺とリリムがシルフの巣を襲撃する際に偵察を務めていたな」


「う、うひッ!」


「ティーミアから聞いたぞ、索敵が得意だとな。あの時、俺がお前を見つけるよりも先に、お前は俺を見つけ出していたな」


 言われてみればとリリムは思った。


 ルーゴの言う通りなのであれば、ペーシャは索敵に関してはルーゴを凌ぐ才能を持っていることになる。索敵が得意というティーミアの話は本当なのだろう。でなければ偵察を任されることもない。


 ラァラは『へぇ』と口角を上げながらペーシャに熱い視線を送っていた。反対にペーシャの目からは光が途絶えていた。


 ラァラは胸の前で拳を握りしめる。


「よぉし! ペーシャ君の索敵能力とリリム君の加護が加われば、より安全にマオス大森林を攻略出来るだろう! 出発は明日だ、さぁさ期待してるよ二人共!」


 マオス大森林にて神の一柱マオスが目覚めた可能性がある。


 出来ればそんな状態の森に足を踏み込みたくはないが、リリム達には黄色い花を入手しなければならない理由があるのだ。


 尻込みしてる場合じゃない。

 隣のペーシャは未だ表情を青くしていた。



 


 


 

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