37:解除の方法
Aランク冒険者エル・クレアはアーゼマ村を襲撃したロポスの仲間である。
彼女はルーゴの背に向かってあろうことか魔法を放ったのだ。投影魔法を通して一部始終を見ていたリリムは重い溜息を吐いた。
「まさかエル様が襲撃犯の一人だったなんて、私……今でも全く信じられません」
「う~ん、まあそうっすね。たしかに悪いこと考えそうな人ではなさそうっすけど」
リリムの診療所にて、ペーシャはベッドの上ですやすやと寝息を立てるエルの顔を覗き込んで頷く。
ペーシャはエルを広場で一目見ただけなので、リリムほど納得がいかない訳ではないのだろう。そして、ついこの間まで巨大樹の森で生活していた彼女は、それこそリリムほどエルのことを知らない筈だ。
魔人と恐れられるエルは、今は亡き英雄ルークの元パーティーメンバーである。そんな彼女が罪もない一般人を殺そうとしたのだ。
その一般人はルーゴだったのでエルは返り討ちに遭った訳なのだが、冗談であるならばそうであって欲しいとリリムは思った。
聖女リーシャといい、魔人エルといい、リリムはどうしても英雄のパーティメンバーと敵対してしまう運命にあるらしい。
この調子だと明日、賢者オルトラムがリリムの診療所をいきなり木っ端微塵にしてもおかしくはない。リリムは一人勝手にぞっとした。
「ペーシャちゃんは私が守りますからね」
「え、あ、はいっす。よく分からないけどありがとっす」
召喚魔法しか使えないリリムが天才魔術師オルトラムと対峙してもまず勝ち目はないだろう。殴り合いなら相手はお爺ちゃんなので勝てるかも分からない。
などとリリムが思考に耽ていると、ペーシャがエルの体をまじまじと見つめていた。
何か気になることでもあったのだろうか、リリムがそう訊ねるとペーシャは不思議そうに首を捻った。
「今更っすけどこのエルって子、ルーゴさんとバチバチにやり合ったらしいのに怪我の一つもないんすね。妖精王様の時はそれはもうボコボコにしてまっしたけど」
ペーシャの言う通りにエルの体に外傷は全く見受けられなかった。
それは何もリリムが治療を行った訳ではない。エルはリリムの診療所に運び込まれた時点で既に外傷がなかったのだ。おまけに体の内側にも異常は無い様子。
「ルーゴさんが治療魔法を施したみたいですよ」
「えっ、あの人そんな魔法も使えるんでっすか?」
「すごいですよね。なにやら条件があるようですが、まあルーゴさんはルーゴさんなのでしょうがないです。考えても無駄ですよ」
ルーゴの魔法の腕は村中が知るところである。
そんな彼が今さら治療魔法を行使出来ることに驚くリリムではない。
だが、肝心のエルが目を覚ます気配がない。
ルーゴとエルが対峙してから既に3日が経っているのにも関わらずだ。リリムも薬師ではあるが医者ではないのでその理由に見当も付かない。
今はエルが衰弱しないように日々の世話をする事しか出来ないのだ。
「まあ、もう少しでラァラさんが手配してくれた冒険者ギルド切っての治癒術師さんが来てくれるらしいので大丈夫ですよ」
と、リリムが安心をさせる様にペーシャの背をぽんぽんと2回叩く。しかしペーシャはなにやら不満そうな顔をしていた。
「エルが目を覚ました瞬間、魔法でアーゼマ村が吹っ飛ばなければいいっすけどね」
「ちょ、怖いこと言わないでください」
ペーシャはどうやらエルが目を覚まさない事を心配している訳ではないらしい。エルが目を覚ましたその後に心配があるようだった。
リリム達の視線の先、ベッドの上ですやすや眠りこけている女の子は襲撃犯の一人なのだ。その魔法の威力も凄まじく、話を聞くにマオス大森林の一部が抉れていたらしい。
たしかにその可能性が無いとは言い切れないが、仮にエルが魔法を放とうとしても必ずルーゴが止めてくれる筈だ。
なにせ診察室の角にそのルーゴが、もの言わず無言でエルを睨み続けているのだから。
「ルーゴさん、エル様はアーゼマ村を吹き飛ばす真似なんてしませんよね?」
「…………」
「さっきから一言も喋らないでっすけど、あれ生きた屍じゃないっすよね」
診察室の角にて腕を組んで佇むルーゴは、じっとエルに無言で視線を向けている。
死んでるんじゃないかと疑ったペーシャがルーゴの脇をつつくとその手をそっと振り払った。生きてはいるようだ。
あのルーゴはどうやら分身魔法で作られた偽物らしく、実力は本人程ではないが、エルが突然目を覚ました場合に備えてルーゴが置いていってくれたのだ。万が一に備えてと。
本物ルーゴは今、2日前にアーゼマ村に訪れたギルドマスターのラァラと村長宅で話し合いをしている。
話題の中心はもちろんエルの処遇についてだろう。
そしてもう一つ、ロポスが使用した『変化の魔法』についてだ。
ロポスは村を襲撃する際、魔紋を用いて村の住民を数人罠に掛けていた。聖騎士リズが杖に変化させられたのがそれだ。
リリムも狙われたことから魔力の高い者を優先的に狙っていたのではないかとルーゴは言っていた。リリムは魔物なので魔法の素質がある。すなわち魔力が高いらしい。
何故そんな回りくどいことをしてたのか。それを確かめようにも肝心のロポスはルーゴの手によって倒されてしまったため、結局分からず終いだ。
そして、
「分身ルーゴさん、これだけは確認させて貰えますか。村長やリズさん達、変化の魔法を使われた人達は元に戻れますか?」
変化の魔法によって杖に変化させられてしまった人達は、ロポスが倒されたと言うのに未だ元に戻っていない。
どうやら魔法には使用した本人が倒された場合、その効果が解除される物とされない物があるらしい。変化の魔法は後者が該当するとのこと。
だからリリムはもの言わぬ分身ルーゴに訊ねる。
「杖に変えられちゃった人達は、ちゃんと生きてますよね?」
と。
それでも分身ルーゴは口を開くことはなかった。
その様子を見ていたペーシャが『舌が千切れてるんじゃないすか?』とむっとしていたが、分身ルーゴが返事をする様にゆっくりと腕を上げて、窓の外を指で示した。
リリムが振り向けば、窓の向こうに真っ黒兜が佇んでいた。
「どわぁ!? ルーゴさん!!!」
ルーゴである。
驚く必要は全くないが、今さっき室内にいるルーゴと話しをしていたので、突然窓の向こうに現れたルーゴにリリムは一驚してしまった。ルーゴが二人居る事実に慣れない。隣のペーシャも疎んじ顔をしていた。
「ルーゴさん、どうしたんです? ラァラさんと一緒に居たんじゃなかったんですか?」
「ロポスが使っていた『変化の魔法』についての話が纏まってな。そこでリリムとペーシャ、二人とも俺に付いて来て欲しい」
「もしかして解除方法が分かったとかです?」
「ああ、その通りだ」
リリムが期待すればルーゴが強く頷いた。
どうやら村長もリズも元に戻れるらしい。それを聞いたリリムは安心して思わずへなへなと座り込んでしまう。
広場にてティーミアが『村長を含めた村の住民数人が行方不明』と報告してきた時から、リリムは気が気でなかったのだ。
村長は預かり知らずの所で杖にされたようだが、聖騎士リズは半ばリリムの身代わりとなった形で魔紋の餌食となってしまったのだ。
ずっとこのままだったとしたらどうしようかと思っていた。
リリムは深呼吸して立ち上がると、窓辺に手を掛け身を乗り出す様にしてルーゴに聞く。
「それで、その方法って何なんでしょうか」
「解除の方法は一つだ。別の物体に変化させられた者の魔力循環を著しく乱すこと。それを簡単に引き起こせる物をお前達は知っている筈だ」
変化の解除方法は魔力循環を著しく乱すこと。
魔法について学が無いリリムには、どうしてそれが解除の条件になるかは分からないが、それを簡単に引き起こせる物に心当たりがあった。
ルーゴは薬師であるリリムと、その診療所にて共に暮らすペーシャに付いて来て欲しいと言っていた。つまり答えは植物の類なのだろう。
「魔力循環を著しく乱す……。あ、もしかして魔力超過とかです?」
「そうだ」
「ということは先日、採取した『黄色い花』のことですね」
ルーゴが再び頷いた。
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