35:変幻自在の魔術師



『聞こえているんだろう、ロポス。お前はただで済むと思うなよ』




 先ほど、ルーゴという男が言い放った恨み節を思い出してロポスはほくそ笑む。一体何を言っているんだろうかと。


 エルを瀕死に追い込んだのはこの男の方だ。


 自身が中途半端に強いばかりに魔人エルを抑える事が出来なかったのだ。『もうやめてくれ』と言っていた割りに、この男はエルに対して捕縛魔法を放たなかった。


 仮にだ、それが捕縛魔法で捕らえる事が不可能だと判断した結果だとしても、エルの攻撃を跳ね除ける事が出来た重力魔法で、地面に抑え付ければ良かったのだ。


「い~やぁ……、私は知ってますよぉ」


 ロポスはもう理解している。

 ルーゴはそれをしたくても出来なかったのだ。


 先のエルとの攻防でルーゴの攻略法は既に看破した。


 巨大な重力結界を展開している間、ルーゴは使用する魔法の威力が著しく低下する。伴って使用出来る重力魔法にも制限が架せられるとロポスは考えた。


 重力魔法。捕縛魔法。

 この二つでエルを抑える事が出来なかったのはその為だろう。


 それを証明する様にして、エルの攻撃から身を護る為に使用していた重力魔法は必要最低限のモノ。


 反撃する際もルーゴは魔法ではなく肉弾攻撃を使用していた。それも小さな少女一人として気絶させられないチンケな攻撃。


 恐らくは身体強化の魔法にまで制限が掛かっている。


「遂に底を見せてくれましたねぇ、ルーゴさん」


 アーゼマ村の用心棒は、アーゼマ村を守る為に身を削る。

 そこがルーゴ最大の弱点だ。


 これを看破出来たのはエル・クレアという少女のお陰だ。


「お、投影魔法が消えてしまいましたね」


 ロポスの眼前でエルが設置していた投影魔法が消え失せる。これは役目を終えた結果ではない、維持が出来なくなったのだ。


 魔法には使用者が死亡した場合、その効果が永続するモノとしないモノが存在する。エルが得意とするこの投影魔法は、効果が永続しないタイプの魔法だ。


 その魔法が塵となって消え失せた。

 それはつまり、エルが死亡したという事を意味する。


「ああ、エルよ……安らかに。ベネクスの導きがあらんことを、せめてその魂は想い人であるルーク様の元へ」


 ロポスは帽子を胸に当て、丁寧に一礼する。


 彼女はあの作戦が実行されると決まった時、泣き喚きながら師であるオルトラムに懇願していたのだ。やめてくれ、お願いだ、あのお告げは間違ってる、ルークを殺さないでくれと。


 その結果があのザマだ。

 ルークは死に、エルはお人形になった。


 ロポスは恐らく落胆したであろうオルトラムに同情する。


 そして、


「おっと、感傷に浸っている場合ではありませんねぇ」


 腕を振るって『人形魔法』で操作した魔物を集めた。


 場所は屈強な魔物が跋扈するマオス大森林の奥地。そこで待機していたロポスは視線を鋭くして前方を睨みつける。


「ここに居たかロポス。覚悟は出来ているんだろうな」

「おやおや、わざわざ返り討ちに来てくれるとはご苦労様ですぅ」


 何やらルーゴはご立腹の様だがお門違いだ。中途半端な強さが災いし、エルを殺してしまったのはルーゴである。


 よって悪いのはロポスではない。

 ロポスは頭が弱いルーゴに嘆息する。


「エル、可愛そうに。あんなにボロボロになって。これも全てルーゴさんの所為なんですよぉ。お気付きではないようですけど」


 手の平をルーゴへと向けてロポスは魔物達に指示を出す。


「やれ」


 ルーゴの背面にて命令を待っていたオオカミ型の魔物がすぐさま飛び掛かった。が、振り向き様にルーゴが拳を振り払うと魔物の顔面がひしゃげる。


「やれ」


 魔物が次々に襲い掛かる。


 2匹同時にと。3匹同時にと。

 ルーゴの体術と魔法を交えながらそれらを撃退していった。魔物の攻撃を躱してはいなして反撃を行う。命令を出した魔物が次々と殺されていく。


 そして10の魔物に攻撃指示を出した時だ。


「数だけは多いなッ」


 ようやく重力魔法で魔物の攻撃を防ぎ始めた。

 瞬間、ロポスは前方へ向けた指先から魔力の弾丸を放つ。


「ぐ……ッ!」


 ルーゴは僅かに身を捩らせて回避しようとしたが、その弾丸は右胸を撃ち抜いた。魔法は肉を貫通して背後の木々をも砕いてく。肺を壊してやった。兜の隙間から血反吐を吹き出している。


 やはり、ルーゴは重力魔法の使用に制限が掛かっている様だった。

 同時攻撃、なにより不意打ちを防げない。


「弱点が分かれば脆いもんですなぁ、ルーゴさん」


 そうと分かれば後は容易い。


 ロポスは全魔物へ命令を出した。

『一斉に攻撃を仕掛けろ』と。


 適度にロポスが魔法で援護しつつ魔物に寄って集らせて嬲れば、お得意の重力魔法で防御出来ないルーゴは一貫の終わりだ。


 その筈だった。


「――ぐあッ!?」


 突如として背後から迫って来た気配にロポスが振り返ると同時だ。顔面に拳が飛び、ロポスは表情を酷く歪ませてぶっ飛ばされる。


 何が起こったか分からなかった。


 なにせ、地面に転がったロポスの目線。その先ではルーゴが命令を出された魔物と未だ交戦しているのだから。


 そして振り返れば、今ロポスの顔面を殴りつけたもう一人のルーゴがこちらを睨みつけている。


 ルーゴが二人居る。


「な、何が起きているッ!?」

「お前、自分が得意としている魔法すら忘れたのか」

「まさかッ!」


 分身魔法。

 それは何もロポスの専売特許ではない。


 そしてロポスは知らないのだ。

 ルーゴはかつて変幻自在に魔法を操る『魔法剣士』と呼ばれた英雄であることを。


「あなたが分身魔法を使えるとは思いませんでしたよッ!」


 その疑念は間違いである。

 ルーゴは元々、分身魔法を使用出来ない。


「違うな。お前が俺に教えてくれたんだ。得意気に手本みたいな分身魔法を使ってな。おかげで俺もコツを理解出来たよ」


「ふざけるな! 一度見ただけで魔法を習得するだと!? そんな馬鹿げた事が出来るのはルーク・オットハイドぐらいだ!」


「お前は面白い事を言うな」


 そう挑発してくるルーゴを目掛けてロポスは掌を突き出す。魔法を使用するのではない。どうせ重力魔法で弾かれる。だから魔物に命令するのだ。


「奴を喰い殺せ! 魔物共ッ!」


 ルーゴの分身を寄ってたかってなぶり殺しにしていた魔物達の首がぐるりと回った。虚ろなその目はルーゴの本体に照準を構える。


「やれぇッ!!!」


 ロポスが命令を発すると魔物達が唸り声をあげた。


 分身魔法を使ってくるとは驚いたが、この男は魔法の使用に制限が掛かっている。アーゼマ村を覆う重力結界に魔法のリソースを割り過ぎているのだ。


 何十を超える魔物達をたった一人で相手には出来ない。


「本当に数だけは多いな」


 魔物達の凶刃を向けられたルーゴが腕を振るえば、空中に一つの魔法陣が出現する。術式を読み解くにそれは召喚魔法の類だ。


 何を呼び出すつもりか。

 ロポスは付与術師ではあるが立派な魔術師だ。ルーゴが展開する魔法陣に刻まれた魔法印――使役獣に架す条件を瞬時に読み解く。


 そこに有ったのは条件ではない。

 たった一つ。『ララ』そう刻まれているのみだった。


「おやおや、俺を限定召喚で呼び出すなんてね。もしかして苦戦中かい? あはは、珍しいね」


 やがて魔法陣が発光しだすと、中から使役獣の声が発せられた。


「今は重力結界に力を割いている。ララ、お前の息吹を借りたい」

「なるほどね」


――分かったよ。

 了承した声の主が魔法陣から首を出す。


「り、竜だとッ!?」


 ララ。そう呼ばれた魔物の姿にロポスは驚愕を隠せない。なにしろ魔法陣から頭だけを出したのは真白の鱗を持ったドラゴンだったのだから。


 縦一本の傷を走らせた左目の眼光がロポスの操る魔物達に向けられると、竜は口を開いたと同時に灼熱の息吹を放った。


 一瞬だ。

 辺りは業火に包まれ、魔物達が焼き尽くされていった。


 たった一体で国を滅ぼすと言われる竜の力を見て、ロポスは思わず後退りする。防御魔法で炎の熱を防いではいるが、あの息吹を直接向けられればタダでは済まない。


「こ、このトカゲめ! よくも私の可愛い魔物達をッ!」

「ははは、トカゲって心外だなぁ。それに俺は竜じゃあない。そこだけは訂正しておくよ、一応ね」


 まるで人間の様に言葉を発する竜が人間の様に笑う。


「さて、次はあの男かい?」

「いや、やらなくて良い。あの男には色々と聞きたいことがあるんでな」

「そうかい、じゃあ仕事はこれで終わりかな」

「ああ、助かったよ」


 ルーゴが竜の頬を撫でて別れを告げると、魔法陣が光を失って消え失せた。伴って竜もその姿を消失させる。


「な、何なんですかルーゴさん、あなたは」


 聞いていた話と違う。

 率直にロポスはそう思った。


 あいつは剣を使う、それもかなりの腕前だ。と、そう聞いていたのだ。しかしいざアーゼマ村へ来てみれば冒険者達に魔法の講習を行っていたではないか。


 それもエルからは賢者オルトラムに匹敵する腕を持っているとの報告があった。巨大な重力結界が構築された時は更に驚いた。


 そしてやっとこさ攻略法を看破したかと思えば、今度は召喚魔法を使い始めたのだ。竜なんて馬鹿げた化け物を呼び出して、目の前で魔物を簡単に殲滅する。


 どれがルーゴ本来の戦闘スタイルなのか見当もつかない。


「さあこれでサシだぞロポスッ!」

「く、くそッ」


 ルーゴが地を蹴ってこちらに駆けだす。ロポスは狼狽えた様子で魔力の弾丸を放ったが回避された。やはり単純な攻撃は当たらない。


 2発、3発と撃ち込むも重力魔法に阻まれて全く効果がない。地面に設置した魔紋の罠も何をどうやってか引っかかる様子がない。


 バレている。

 ルーゴが目前へと急接近した。


「うおおッ!?」


 ロポスは付与術師である。

 自身に『身体強化の魔法』『防御魔法』『硬化魔法』を付与し、ルーゴの攻撃に対して完全防御の態勢を執った。


「ぐぎゃあッ!!」


 直後、脳天から拳を撃ち込まれてロポスが地面に叩きつけられる。次いで顔面に蹴りが飛び、気が付いた時には木の幹に叩きつけられていた。


 付与した魔法は解いていない。

 なのにほとんど効果がない。

 

 再び肉薄したルーゴの腕がロポスの首根を捕らえた。掴み、引き寄せ、全体重を乗せた膝蹴りが腹部に浴びせられる。


「がああああああッ!!」


 ルーゴは手を離してくれない。

 何度も何度も何度も何度も攻撃が加えられる。


 だがやはり村の重力結界のせいで攻撃力は落ちている。三重に防御の魔法を掛けていれば耐えられない訳ではない。


 反撃出来る。


「喰らえあああッ!!!」

「むッ」


 ロポスは顔面目掛けて炎の塊を放った。しかしルーゴは首を傾けただけでそれを回避してしまうがそれで良い。これは陽動だ。


 手の力が緩んだと同時にロポスは腕に炎を纏わせて振り払った。地に足が付いたと同時に後方へ飛び退き、ルーゴから距離を取る。


「お前まさか逃げられると思っているのか」


 ビタリ、とロポスの体が止まるとルーゴが腕を引いた。それに伴ってロポスが重力魔法によって引き戻されていく。


「うおおおやめろォォッ!」


 顔面に拳がめり込んだ。

 ロポスが崩れ落ちる。


「う、オオオ……」


 ルーゴは弱体化している。

 だが、勝てない。それをやっとロポスは理解した。


 こちらがどれだけ策を練って対策を取っても変幻自在に戦闘方法を変えてしまう。今は体術を主軸として攻撃して来ている。


 例えそれの対策を取っても今度は剣を取るに違いない。それの対策をしても今度は魔法を使ってくるに違いない。それの対策をしてもまた竜を召喚するに違いない。


 または全く別の攻撃をしてくるかのどちらかだ。

 何をしてくるか分からないという怖さがルーゴにはあった。


「お前はなんなんだルーゴッ!? 何者だ! お前みたいな奴がなぜ無名でいられる。なぜ田舎で用心棒をやっている!」


「さあ、なんでだろうな」


 こちらを見下ろすルーゴがわざとらしく肩を竦めた。そして無様に地面に這いつくばるロポスの頭を鷲掴みにし、反対の手で顎を掴んで口を開かせた。


「このままお前を尋問しようと思ったんだが、流石に口止めされているか」


 ロポスの舌に刻まれている魔紋。


 それはエルとの交信手段に用いられるだけではない。余計な情報を喋ろうとすれば即座に宿主を呪い殺す魔法が込められている。


 それを知ったルーゴは残念だとばかりに重い溜息を吐いていた。ロポスの頭から手が離されると、ルーゴは早々にその場を立ち去ろうとした。


「み、見逃してくれるのか?」


 ロポスはそう希望を抱いてしまう。

 ルーゴはそんなロポスの背面を指で示した。


「お前はただで済まさんと言っただろう、余計な期待はするな」


 振り返れば、草藪の影から二つの眼光がこちらを捕らえていた。口から唾液をボタボタと垂らすオオカミ型の魔物が、唸りながらこちらに牙を見せている。


 ストナウルフだ。


「奴は警戒心の高い魔物だ。俺達が戦っている時もずっと様子を眺めていたぞ。まさか気付いていなかったとはな」


 ストナウルフはルーゴの言う通り警戒心がとても高い魔物だ。ロポスが行使する人形魔法からも逃れて、森の侵入者をずっと観察していた。


 そしてこの魔物は獲物が隙を見せるのをずっと待ち続けるのだ。


「や、やめろ。私に近付くな……!」


 ルーゴの攻撃を受け続けて満身創痍となったロポスは格好の獲物だろう。草藪から姿を現した屈強なオオカミにロポスは小さく悲鳴をあげる。


「お、お願いだルーゴさん! 助けてくれ! 私はまだ死にたくない!」

「小さな女の子を死ぬまで戦わせた奴が言って良い台詞じゃないな」


 ルーゴは立ち去ろうとする足を止めない。


「分かった! 何でも喋る! 魔紋が許す限りなら何でも喋るから!」


 ルーゴの足が止まる。


「ならば吐いて貰おうか。アーゼマ村を襲った理由はなんだ」


 ロポスは口元を抑えて首を振るった。

 答えられない。それを喋れば魔紋に殺される。


「誰に指示された」


 ロポスは首を振るった。

 答えられない。ルーゴはその反応に溜息を溢し、拳を強く握りしめて言った。


「エルは、望んでここへ来たのか」


 その問いに対し、ロポスは答えられる範囲で初めて口を開いた。発せられた言葉はたった一言『違う』のみ。握りしめた拳から血が流れ落ちる。


「……、そうか」


 ルーゴは再び歩を進める。

 そしてストナウルフに告げた。


「ストナ。そいつはリリムの敵だ」


 すると返事をする様にストナウルフが高らかに吠え、ロポスの足元に食らい付いて森の奥へと引き摺っていく。


「や、やめてええぇえあああああああああッ」


 悲鳴がマオス大森林に響き渡った。



 



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