34:ごめんなさい


 ロポス・アルバトスは『付与術師』である。


 それは魔法を用いて他者に様々な恩恵を与える魔術師の総称であり、彼ら付与術師は戦闘をサポートする支援職としてあらゆる戦局で重宝される。


 『身体強化の魔法』で他者を強化し、

 『防御魔法』で敵の攻撃を払い除ける。


 しかし、ロポスという男はそんな恩恵を振りまく付与術師ではない。呪いを振りまく付与術師であった。


 『痛覚遮断の魔法』で恐れを払い、

 『高揚魔法』にて戦闘意識を向上させ、

 『感情操作の魔法』で罪悪感を取り除く。


 それらに加えて『変化魔法』で人を強制的に別の物質へと変化させたり、『人形魔法』で魔物を傀儡の様に操り、自身に直接『分身魔法』を付与したりなどと、彼はとても支援職とは言い難い付与術師であった。


 そんなロポスだからこそ、王国が誇る賢者から直接命令が下されたのだ。


「ロポス……、そうロポス。お前は極めて優秀な付与術師だ。よって、お前にはこれより次の任務を言い渡す。アーゼマ村の住民を全員、この城に招待しろ。邪魔者は消して構わん」


「はぁい。なんなりと。ですが一人でですか? 私、付与術師なんですけどぉ」


「今回はワシの弟子を一人貸し出してやろう。エル・クレアだ。壊れても構わん、好きに使え」


「おお。あのAランクを……! これはこれは、愉快ですねぇ」


 と、賢者からはその弟子であるエル・クレアを部下として与えられた。彼女はAランク冒険者、ひいては『魔人の加護』を持つ優秀な魔法使いだ。


――壊れても構わん、好きに使え。


 ロポスは笑みがこぼれて止まらなかった。







 そして、エル・クレアは非常に優秀な成績を修めてくれた。


 人形魔法で操った大量の魔物を相手に、全く動じる様子もなく殲滅して見せたアーゼマ村の用心棒ルーゴを、エルはその強大な魔法で消し飛ばしてくれたのだ。


 魔法が放たれたのはマオス大森林のすぐ近く。

 だと言うのにその周辺、見渡す限りに木々は一本として存在しない。


 エルの強大な魔法がルーゴごと全てを飲み込んだからだ。

 跡形もないとはまさにこのことだろう。


 流石は『魔人の加護』だとロポスはほくそ笑む。


――魔人の加護。


 その性質は、加護を持つ者に絶大な魔力を与えるというもの。文字通りエルは魔人と化すのだ。


 そのエルが杖先から魔法を放つだけで眼前の景色は一変する。程度によっては地図の書き換えが必要になる程の威力だ。


 それを知るロポス・アルバトスはエルが設置した投影魔法を通し、マオス大森林の奥地にて水晶越しに戦闘の様子を眺めていた。


『ロポス。それで? エルはこの後どうしたら良い?』


 投影魔法が通す声は一方通行だ。

 こちらからの声はエルに届かない。

 

 だが、ロポスの舌には魔紋と呼ばれる魔力のマーキングが施されており、同じ魔紋がエルの鼓膜にも刻まれている。


 よってロポスが発声すれば、魔紋を通してその声がエルの耳に届く。


「アーゼマ村へ投入する魔物が皆殺しになっちゃいましたからねぇ。エル、いくらルーゴさんの油断を誘う為とは言え、私の可愛い魔物達を全部やってしまうなんて駄目ですよ?」


『ごめんね。でもそうするしかなかったから』


「言い訳は後で聞きますぅ。ですので魔物の代わりをあなたが務めて下さい」


『と、言うと?』


「好戦的なシルフと冒険者を皆殺しにし、アーゼマ村の住民を全員眠らせるのです。確実な安全が保障され次第、私もそこへ向かいますのでぇ。頼みますよ?」


 そうロポスがエルに命令を下す。


『――――――』

「ん、エルさん? 聞こえてますか?」


 再び呼びかける。

 しかし一向に返事が戻って来なかった。


 つい先程まで魔紋を通して会話していたと言うのに、ロポスはもう人形が壊れてしまったかな、と気を揉みながら水晶に目を凝らす。するとその原因がうっすらと映し出されていた。


 エルが表情を鋭くして視線の切っ先を前方へと向けている。


『エル、お前だけは他の奴らと違うと思っていたのだがな。残念だ。……俺が馬鹿だったよ』


 酷く落胆した声を小さく溢しながら、そこにはルーゴが佇んでいた。


 エルの魔法が直撃した筈だと言うのに、その体のどこにも負傷は見当たらない。身に纏う衣服がボロボロになっているだけだ。


 何故、あの魔法を受けて無事でいられる。

 苛立ちを隠さずにロポスは舌打ちし、エルに命令を下した。


「エル。死んでないじゃないですかぁ。さてはしくじりましたね? 次は本気を出すんですよ、さっさと殺して下さいなぁ」


『……うん』


 返事を戻し、エルは杖を地面へと突き刺す。


 次いでエルが祈る様に両手を柔らかく合わせれば、杖は無数の光となって宙に霧散し、エルの両手両足へと収束した。


 これによって、エルの四肢は杖の役割を果たす様になる。


――魔法拳士。

 それがエル本来の戦闘スタイルだ。


 魔人の加護によって生み出される絶大な魔力を、拳や脚に乗せて単純に攻撃を仕掛ける。至ってシンプルな戦い方だが、今までこれで葬れなかった魔物は一切居ない。


『いよいよ本気か。そうなれば俺も手加減出来ないぞ』


 対峙するルーゴが頭を捻り、ゴキりと首を鳴らした。

 ロポスは命令する。

 

「やれ」

『うん、今度こそ殺すから』


 エルがルーゴ、ひいては水晶越しのロポスにそう宣言して両足に魔力を込める。ガラムが使用していた疑似的な身体強化の魔法だ。


 そのまま地面を蹴れば、エルの姿が消失する。蹴り抜かれた地面は大きく捲れて抉れていた。それ程の力を加えての跳躍。


 周囲は先ほどエルが魔法を放った事で木々の一本はおろか、視界を遮る障害物が一つとして存在しない。


 だと言うのにも関わらず、エルの姿は全く見えない。投影魔法が捕らえきれていないのだ。それ程までの速度で辺りを駆け抜けている。

 

 それはBランク冒険者のガラムとは一線を画する魔力操作。


 ロポスは思わず流石はルークの元パーティメンバーだと感心するが、対するルーゴは動揺の素振りすら見せず、一歩もその場から動かずと迎撃の体勢を執っていた。


 眉根を顰めたエルが地を蹴り抜いて一挙にルーゴへの距離を縮めた。瞬間、ルーゴの蹴りが飛んでくるもエルは空に身を翻してそれを回避する。


『遅いね、ルーゴ先生』

『言うじゃないか』


 同じくしてエルも蹴りを放つ。


 が、ルーゴには届かなかった。確かにエルは魔力を右足に込めて蹴り抜く筈だった。だがルーゴに届かない。


『重力魔法ッ! 防御にも使えるんだね!』

 

 ルーゴとエルを挟む空間が歪んでいる。

 それは重力魔法によって作られた壁だ。


 だからエルの蹴りが届かない。


――誘いこまれた。


 ルーゴの動きが遅いのではない。

 それを察知したエルがカウンターを警戒して飛び退こうとするも遅い。


 ルーゴが腕を振り上げれば、伴ってエルの右足が吊り上げられる。宙吊りにされた。エルがそれを頭で理解する頃には、その身が遥か後方へと吹っ飛ばされていた。


 血反吐を撒き散らかしてエルが地面を転がって行く。がら空きになった腹を拳で打たれたのだ。


 相手が13歳の子どもとて容赦のない一撃。敵と分かれば情けも掛けずに振り払う。それがアーゼマ村の用心棒らしい。


 水晶から様子を見ているロポスは妖しく嗤う。


「やれ」

『え、エル……、頑張るッ』


 命令が下される。


 地面に転がっていたエルがビクリと体を起き上がらせ、血混じる唾液をローブの袖で拭って大地を蹴った。


 今度はただ肉薄するだけではない。ルーゴの周辺には重力の壁が存在するのだ、まずはあれをどうにか出来なければ、攻撃を当てる事すら叶わない。


『はァっ!!!』


 地を駆け抜けながらエルが両手を合わせれば岩石の弾丸が射出された。


 加えて風属性の魔法で弾丸の速度を上昇させれば、火薬を用いた大砲の威力すらも凌駕する砲弾がルーゴに襲い掛かる


『うぎゃッ!?』


 だが、砲弾が直撃したのはエルの方だった。

 重力の壁が力の向きを強制的に変え、迫り来る魔法を反転させたのだ。先ほどの蹴りもあれで止められたのだろう。


 エルが地面に転がる。

 ルーゴは既に構えすら解いていた。


『相手にならんな。エル、お前がもし逃げ出すのなら、俺はその背を追いはしない。だからもうやめろ。お前の攻撃はまだ、俺には届かない』

『う、うぅぅ……』


 防御魔法。加えて受け身はなんとか取ったが、砲弾を喰らってしまった左肩がビクビクと震えている。骨がいった。


 立ち上がろうにも体に力が入らない。そして心が何故だか理解しているのだ、あの男には絶対に勝てないと。


 水晶越しにそんなエルの様子を見ているロポスが命じる。


「やれ」


 命令が下された。

 言われた通りにエルは立ち上がり、拳を構える。


「あなたが壊れても構いません。勝てないのなら、せめてあの男の戦闘方法を少しでも引き出して下さい。あとは私がやるので」


『え、エル……、頑張るッ』


「その意気ですよぉ、エルぅ。死んだルーク様の為にも頑張るんでしょう? 言ってたじゃないですかエルは、彼の代わりにこの国を守るんだって。ならば証明くださいなぁ」


『るー、ク……様』


 エルは地を蹴ってルーゴへ肉薄し、間近で魔法を放つ。

 その数秒後には、エルは無様に地面へと転がっていた。


「やれ。あなたはただの人形なんです。壊れるまで主人の命令を聞くんですよ」

『エル、が……がががんば、る』


 命令が下された。

 エルは立ち上がり、拳を構える。


 今度は遠距離から雷撃を浴びせてみる。

 その数秒後には、エルは無様に地面へと転がっていた。


――『やれ』


 決して敵わないと理解していながらも、エルは立ち上がった。なにせ賢者オルトラムに言われたのだから。ルークはどんな敵が相手でも決して諦めなかったと。


 だからエルも絶対に諦めないのだ。

 もう死んでしまったルークに、少しでも近付きたいから。


――『やれ』


 エルは絶対に諦めない。


 ルークが守っていた王国を守り抜く為に。

 そうだ。ルークの為に。彼に報いる為に。


――『やれ』

――『やれ』

――『やれ』

――『やれ』

――『やれ』

――『やれ』



 もう体が動かなかった。


 目の前の男――ルーゴはただ重力魔法を展開して立っているだけだ。なのにエルがどれだけ全力を出しても傷一つ付けられなかった。


 攻撃すればする程こちらがダメージを受ける。

 男は諦めろと言っていた。

 

「もうやめてくれ、エル」

――『やれ』


 耳に届く声はただただ命令を遂行しろと訴え掛けてきている。


 既に視界は朧げでほとんど何も見えなかった。体のどこからか吹き出した血でも入り込んだのだろうか。世界が赤い。


 既にエルは自分が立っているのか、地面に寝ているのかすら分からなかった。


 そんなエルに、目の前の男が近寄って身を屈ませた。


「エル。どうしてお前はそんなになるまで戦うんだ」

「どうしてって……、エルは、ルーク様のことが、大好きだから」

「俺は以前に言っただろう。普通の女の子をして良いと」


 その言葉には聞き覚えがあった。

 目の前の男が言った通りに以前ルークに言われたのだ。



『もうエルを縛るものは何もないんだ、あってはならない、自由にしていいんだ。奴隷じゃない、魔法使いじゃなくてもいい、普通の女の子をしていいんだ」



 と。


 瞬間にエルは理解する。

 この声の主はルーク・オットハイドだと。

 どうやら死期が近いらしい。

 

「る、ルーク様。エルを、迎えに来て……くれたの?」


 目の前の男は何も言わない。


「エルね、頑張ったんだ。でも、駄目なことしちゃった」


 目の前の男は何も言わない。


「エルは、悪い子だから。死んだら、地獄かな。ルーく様はきっと、天国だよね。え、ぇエル、一緒に行け……ない」


 目の前の男は静かにエルを抱きかかえてくる。


「もう、体が、動かない」

 

 エルの目尻から涙がこぼれる。

 男はそっとそれを拭った。


「ずっと、謝りたかった」


 男も何故か謝っていた。


「ごめ……なさい。ルーク様」


 男の腕がぎゅっとエルを強く抱きしめる。

 その手は酷く震えていた。


「エル、お前は天国にも地獄にも行かせない」


 そして強い憎しみを乗せて呟いた。


「聞こえているんだろう、ロポス。お前はただで済むと思うなよ」

 


 

 


 

 

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