33:ごめんね
アーゼマ村の広場にただ一人残されたリリムは、エルが残した二つの投影魔法をじっと眺めていた。それしか出来る事がないからだ。
ルーゴからは自分の身を守ることが仕事だと言われたが、戦う者達を見守ることしか出来ないという事をリリムは歯がゆく思う。
「み、皆さん大丈夫ですかね……」
所在ないといった様子でリリムはオロオロと水晶を見守っている。そこにはロポスの分身達と戦う冒険者が映し出されていた。
「あ……あっ。ガラムさん、右、右にも居ますよ……」
『オラァッ! 旦那直伝の剣術を喰らえッ!』
『ぎゃああああああああああああああッ!?』
「やった! 倒した!」
自分が戦っている訳でもないのに、冒険者の身に危険が迫れば表情を青くし、冒険者がロポスの分身を倒せば両手を上げて大喜びする。
リリムの視線はもう投影魔法に釘付けだった。手に汗握る冒険者達の攻防に目が離せない。だからか背後から忍び寄る気配に気付かなかった。
「リリム、あんた何やってんの?」
「どわぁッ!? ティーミア!!!」
突然、後方から声を掛けられたリリムが大げさにビクリと身を震わせる。相当集中していたらしい。まさか驚くとは思ってなかったティーミアも一緒になって身を跳ねさせた。
「ちょ、ちょっと脅かさないでよリリム」
「こっちのセリフですよ。あ、もしかして安否確認が終わったんですか?」
「そうよ。シルフの皆でぱぱっと終わらせちゃったんだから」
言いながらティーミアが地面に突き刺さった杖先に浮かぶ水晶に顔を向ける。どうやらあの魔法が気になる、と言うよりも水晶に映されたルーゴの姿が気になるようだ。
「どうして広場にルーゴが居なくて、この水晶の中にルーゴが居るのよ」
「水晶の中に居るんじゃなくて、エル様の投影魔法で村の外に居るルーゴさんをここに映してるだけですよ」
「投影魔法? ふーん。せっかく報告に戻って来たってのに、ルーゴが居ないんじゃしょうがないじゃない。まあ後はあたしで判断しろってことかも知んないけど」
少々、不貞腐れた様子でティーミアが水晶に映されたルーゴに愚痴を溢す。
「それで、村の皆さんは無事でしたか?」
「ひとまず無事よ」
その報告にリリムはほっと胸を撫でおろす。しかしティーミアは『だけど』と続けて言葉を濁した。
「村長と、あと数人が村のどこにも居ない。リリムはどこに居るか知ってる?」
「村長が……。いえ、私には全く」
アーゼマ村の村長はお年寄りだ。
足腰が弱っていて普段、何か特別な用事がある以外は滅多に出歩かない。その村長が今、自宅どころか村にすら居ないのならばリズのように最悪を想定しなければいけない。
だが、恐らくはその元凶であるロポスの元にルーゴとエルが直接出向いている。リズからは不吉なお告げを言い渡されていて少し不安だが、きっと彼らなら大丈夫だろう。ロポスを倒してくれる筈だとリリムは信じている。
「あたしはここであんたを守る事にするわ。この投影魔法ってので村の状況も見たいしね」
そう言ってティーミアはリリムの隣に腰を降ろした。
「私はルーゴさんの結界魔法で守られているので大丈夫ですよ。それよりティーミアは村中に居るロポスを少しでも減らした方が良いのでは?」
「そっちの方は大丈夫よ。この重力結界で村を覆ったってことは、あのゴキブリみたいな奴らを閉じ込めて叩きのめせって事でしょ? だからシルフの精鋭部隊には交戦指示を出したわ。残りは住民の護衛ね」
余程ルーゴの事が気になるのか、ティーミアは水晶に視線を向けて離さない。確かに彼女の言う通り、ロポスの分身との交戦は冒険者達に任せて大丈夫そうだった。
二つの内の一つ。
その水晶に映し出された村の様子。そこで繰り広げられるロポスとの戦闘は冒険者達が優勢だ。そこにシルフの精鋭部隊が混じればもう安泰だろう。
「それにあたしがシルフの司令塔として広場に残った方が良いでしょ? ここで村の外と中の様子を見れれば、すぐに状況を把握出来るみたいだしね」
ティーミアがこの場に居座ると判断を下したのは、どうやらルーゴの事が気になるといった理由ではないようだった。
確かにティーミアが言う通り、ここで投影魔法を眺めていれば村の外と中の状況を確認しやすい。
恐らくエルはティーミアがここに戻ってくるのを想定して水晶を置いていったのだろう。ティーミアは風魔法を身に纏って羽を使えば、どこへでも瞬時に駆けつけられる。それを見通しての判断。
まだ幼いと言えど、Aランク冒険者という肩書は伊達では無いようだ。
村の外を映し出すもう一つの水晶。
そこで戦闘を繰り広げるエルのその姿も、ただの子どもとは到底思えない。
『はぁッ!』
エルが杖を振るえば、岩石を交えた濁流が魔物を飲み込んで行く。そこに雷の魔法を叩き込めば、水を通っていく雷撃が魔物にトドメを刺していく。
そんなエルと肩を並べてルーゴもまた魔法を操って魔物達を粉砕していた。
投影魔法を通してその様子を眺めるティーミア。
大量の魔物を相手に一歩も引かずと善戦する二人の様子を見て、
「ねぇリリム。何で村の外にこんなに魔物が居るの?」
そう疑問を述べるのは当然か。
リリムから見ても、村の外でエルやルーゴと交戦している魔物の数は異常だった。
アーゼマ村の周辺には魔物が住むマオス大森林が存在する。
時折、その森から出て来た魔物が村の近くに迷い込んで来るといったことは何度もあったが、今ルーゴとエルが相手にしているのは数十を超えている。
マオス大森林から迷い込んで来たと言うには些か数が多すぎる。だからティーミアは不審に思うのだろう。
「あのロポスとか言う男、もしかして魔物を操れるの?」
「ま、まさか。そんなこと出来るんですか?」
「あたしだって知らないわよ。でも村の中にはロポスの分身達、逆に村の外には魔物がいっぱい。とても偶然とは思えないでしょ」
「そ、そうですね」
たしかに偶然とは思えないとリリムは納得する。
先ほどリリムがロポスの行動に対し、まるで冒険者達を村の中に留めておきたいみたいだと予想した際、ルーゴはそれに同意していた。
そしてルーゴとエルが村の外へロポスの本体を追って行けば、まるで迎え撃つ様に魔物の軍勢が立ちはだかったのだ。
『この状況で魔物の大群とはな。偶然にしては出来過ぎだな』
時同じくして水晶の先で魔物と交戦するルーゴも、ティーミアと同様の違和感を感じ取っていたようだった。
だが、魔物が大挙して押し寄せたところで動じるルーゴではない。その隣で魔法を操るエルもだ。
リリムは固唾を飲み込んで二人の様子を見守る。
『エル、もう一度だ』
『了解しましたよっと』
掛け声に合わせてエルがあろうことか魔物に向かって走り出した。
魔法使い。
そのほとんどが魔法を用いての遠、中距離での戦闘を主としている。
それにも関わらず、魔法使いであるエルは魔物に急接近して肉薄する。対する蜂型の魔物であるキラー・ビーが臀部の毒針を突き出すも、エルは身を捩じってそれを回避した。
振り向き様、体の回転に身を任せて杖を振り抜けば、直撃を受けたキラー・ビーは潰れて体液を撒き散らかす。
とても魔法使いとは思えない身のこなしに、水晶から様子を見ていたリリムは目を見開いた。ティーミアも『へぇ』と感嘆の吐息を漏らした。
攻勢はそれだけで終わらない。
エルの一連の行動によって魔物達の注意が、たった今キラー・ビーを易々と葬って見せた少女へと向いた。
20以上は下らないウルフ達がエルへと群がる。
だがその牙は決して標的には届かない。ルーゴが撃ち出した炎の槍がそれを阻み、次々とウルフ達を焼き殺していったからだ。
群がって来た魔物を粗方片づけたと同時にルーゴが腕を引けば、重力魔法によってエルの体がルーゴの元へ引き戻される。
置き土産にと空中でエルが雷撃を放てば、なんとか炎から逃れられた魔物達に追い打ちを掛けた。
中にはその雷撃すらも耐え抜いて飛び掛かってくる魔物も居たが、エルと入れ替わる様に前に出たルーゴの拳がカウンターを放ち、直線状に居た魔物を巻き込んでぶッ飛ばされていく。
「す、すごいです。ルーゴさん、それにエル様……っ」
言葉を介さずとも、まるで示し合わせたかの様な二人の連携にリリムは息を飲むばかりだ。
やがて魔物が一匹残らず殲滅されると、周囲を警戒するルーゴの背後にて、一息ついたエルが水晶を通してこちらにピースする。
『どうどう? エルも強いでしょ?』
「すごいですよエル様! 流石はルーク様の元パーティメンバーですね!」
恐らくこちらの声はエルには届いていない。
だと言うのにリリムは思わず返事をしてしまう
『ルーク様が死んでから、死に物狂いで魔法の腕を鍛えたんだよ』
「偉いですねぇ。ルーク様もきっと喜んでますよ」
屈託のない笑みを浮かべてエルは杖を掲げた。
思わずリリムも口角が緩んでしまう。
『そしたらね、エルの師匠のオルトラム様に言われたんだ。お前のその力は国の為に使ってくれって。国民の盾と矛になれって』
「そうだったんですね。流石オルトラム様、王国を第一に考えてくれているんですね」
エルが掲げた杖を持つ腕を降ろしていく。
『でもね、オルトラム様はエルに言ったの。より多くを助ける為に、少数の犠牲をも厭わない信念と覚悟を持たなければいけないって』
エルの杖に巨大な魔力が渦巻いていく。
水晶越しに見ているリリムにもそれは分かった。
『だからエルは、ロポスと一緒にアーゼマ村を滅ぼす事にしたんだ』
「え」
杖先が未だ周囲を警戒するルーゴの背に向けられる。
『騙してごめんね。リリムさん、それに妖精王様。ルーゴ先生、強過ぎて邪魔だから殺しちゃうね?』
魔法がルーゴに向かって放たれた。
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