32:教え子達


「んで、ルーゴの旦那。こいつ一体なんなんだ?」

「さあな。だから尋問している」


 アーゼマの広場にて、ルーゴとエルの手よって捕縛されたロポスが岩に縄で縛り付けられていた。その周囲をガラム達冒険者が取り囲んでいる。


 ロポスとしては絶望的な状況に違いない。


 冒険者の中には最低のEランクも居るが、彼らはルーゴの講習によって強力な魔法を習得している。下手な抵抗は却って火傷を招く事だろう。


「ロポス。お前はどんな目的を持ってアーゼマ村に訪れた」

「こ、答える必要はありませんねぇ……」

「そうか。お前は先ほど王盾魔術師を偽称したな。立派な重罪だ。王都の兵に突き出せば極刑は免れないだろう」

「ふ、ふふ。したければどうぞ構いなくぅ」


 捕らえられた時とは打って変わって冷静な様子のロポス。


 どれだけ脅し掛けてもロポスは頑なに自身の正体、そして何が目的でアーゼマ村に来たのかを全く答えようとしない。


 ルーゴは呆れたとばかりに肩を竦めてこちらに振り返った。


「駄目だな、全く話にならん。リリム、お前から見てどうだ。ロポスについて何か気付いたことはあるか? 些細な事でも良い」

「いえ、私には何も……」


 リリムから見てもロポスについては何も分からない。

 

 目に付くのはエルの雷撃によって黒焦げになったことくらいか。黒尽くめの男が顔まで黒尽くめになっただけ。


「あ、いや、ルーゴさん、ちょっと良いですか?」

「なんだ。何か分かったか」


 ロポスの姿をまじまじと見つめてリリムは遅まきながら気付く。そういえば、この男が背負っていた大量の杖はどこに行ったのかな、と。


 今のロポスはどうしてか手ぶらだった。


「ロポスが杖を持っていないんです。あんなにいっぱい持っていたのに。もしかして縄で引き摺った時に落としちゃったんですかね?」


「いや、そんな感触はなかったな。そうか……、俺としたことが見落としていた。だが、そういうことか」


 『やはりな』とルーゴは一言呟いてロポスへと向き直った。その言葉の真意はリリムにはさっぱりだが、何か心当たりでもあるのだろうかと様子を伺う。


「ロポス、お前に一つ問う」

「はぁい、なんでしょうか」

「お前さては本体ではないな?」


 まるで確信を持ったかのようにルーゴは言った。

 それに対してロポスは閉ざした口角を歪める。まるで正解だとでも言いたそうに。


「る、ルーゴ先生? 本体じゃないってどういうこと?」


 ロポスが良からぬ気を起こさないよう、杖の先端をロポスに向けていたエルが不思議そうに首を捻った。真逆にガラムは『なるほどな』と頷いて見せる。


「俺は聞いたことあるぜ、自分の分身を作り出せるとんでもねぇ高等魔法があるってな。何でこいつがそんな魔法使えるのかも、何が目的でそんなことしてるかも分からねぇが」


「ふ、ふふ、それに気が付いた所でどうするんですぅ? あなた達には私が何を目的としてこの村に訪れたのかも分からないのに。あなた達に私の本体が捜し出せますかぁ? 既にこの村中に私の分身がいるのですよぉ。ふふふ」


 語尾の伸びた煽り口調でロポスは不敵に笑った。

 ガラムは舌打ちして剣柄を握りしめる。


「っは。時間の無駄だね、こりゃどうも」


 言ってガラムが唐突に剣を振りかぶった。


 何をする気なのかとリリムが目を見開くと、あろうことかガラムはロポスの首を切り落としてしまった。


 あまりの光景にリリムは息を飲んで口元に手を当てる。


「が、ガラムさん!?」

「なにショック受けてんだよリリム。こいつは偽者だ、よく見ろ」


 視線を促す様にガラムが指先で示すと、その先で横たわっていたロポスが黒い煙となって消え失せる。首を切断されたというのに血は全く出ていなかった。つまりそういうことなのだろう。


 ガラムは他の冒険者達に向き直り、剣を空に向かって高々と掲げた。


「野郎ども、仕事だ! アーゼマ村に危険が迫ってる! ロポスとかいう男の本体を見つけ出せ! 今こそルーゴの旦那に鍛えられた実力を発揮する時だぜ!」


 ガラムがそう叫べば、他の冒険者達が一斉に声を振り立てた。皆、どうやら講習の成果を試す機会が欲しかったらしい。


 ある者が指を弾けばその手に燃え盛る炎の弓が握られ、ある者が両手を合わせれば地面から巨大な土人形が姿を表した。


 黒い蒸気を発しながら村の中へと突撃する者もいれば、全身を発光させて走り出す訳の分からない冒険者まで居る。


「よっしゃあああ!!! あのシルフのガキんちょで溜まった鬱憤晴らしてやるぜえええええええ!!!」


 中には物騒な事を叫んでる輩も居たが、そんな彼らの背を見送ったルーゴは満足そうに頷いていた。


「みんな成長したな」


 ルーゴは嬉しそうに呟くと、杖を握りしめて他の冒険者達と同様に臨戦態勢なエルを呼び止める。出鼻を折られた様な表情をしながらエルがリリム達の元へ駆け寄って来た。


「なに、ルーゴ先生。エルもロポス倒すよ?」

「お前には別の事を頼みたい。投影魔法だ、それを使って欲しい。確かめたい事があるんだ」

「投影魔法……、エルがそれを使えるってよく知ってたね」

「勘だ。お前は魔人と恐れられる魔法使いなのだろう?」


 僅かに腑に落ちないといった表情をしたエルがコクリと頷くと、コホンと咳払いして杖を地面へと突き刺した。


 次いで両手を合わせて力を込めると杖先に水晶の様な物が浮かんでくる。


「ルーゴさん、これは何の魔法なんです?」


 リリムがそう訊ねれば、ルーゴは魔法によって作り出された水晶を指で示した。指先を視線で追っていけば、丁度エルが魔法を完成させたようで水晶に何かが映し出される。


 映されたのはリリムの顔だった。

 思わずぎょっとすれば、水晶が映すリリムも伴ってぎょっとする。


「エル、いたずらはやめろ」

「ごめんなさい。こうした方が分かりやすいかなって」


 悪びれる様子もなく謝罪するエルが指を立てると、その先に無色透明な小鳥が止まった。


 その小鳥がどうやら『目』の役割を持っているらしく、小鳥が見ている視界が杖先に浮かぶ水晶に映し出されるらしい。


 それ故に投影魔法なのだとルーゴが語った。

 これまた便利な魔法があるもんだとリリムは感心する。


「それでこの投影魔法で何を見るんですか?」

「村の様子だ。確かめたい事があるんだ。エル、済まないが散った冒険者達を追って見せてくれ」

「はいはい、了解だよっと」


 返事をしてエルが指先の小鳥を軽くつつく、すると小鳥は翼を羽ばたかせて空高く飛んで行く。


 リリムが水晶へ視線を戻せば、空を飛ぶ小鳥の目線がそこに映し出されていた。


「うわ、これが鳥の目線なんですね」


 魔法は空を飛びながらアーゼマを見下ろす小鳥の視線を水晶に映し出す。リリムにはまるで生きた鳥瞰図の様に思えた。ただ投影先が水晶なので僅かに見辛いのが難点だろうか。


「もう少し高度を下げてくれ」


 ルーゴにそう頼まれたエルが両手を柔らかく合わせて念じると、小鳥は高度を下げてアーゼマ村の各地にてロポスと対峙する冒険者達をその目で捉えていく。


 どうやらロポスは大量の分身を作り出しているようだった。だから先ほどはあんなにも挑発的だったのだろう。本体を捜し出せるか、と。


 ただ、冒険者達と相対する肝心の分身達は見るも無惨に次々とその姿を散らしていく。


『居たぞ、ロポスだ! 杖を持ってない、偽物だ!』

『喰らえバーニングショットッ!!!』

『ぐおああああああああ!!!』


 とある冒険者が燃え盛る弓を構えれば、たまらずと逃げ出したロポスの背を撃ち抜いた。矢は発火してロポスの分身を炎上させる。


 小鳥が目線を別方向に向ければ、そこでは強い光を発する冒険者がロポスの分身の目を潰していた。


『目がぁ! 目がぁあああああ!!!』

「やべぇ、立ってるだけで敵が倒れていく。俺最強か?」


 その横で女冒険者が土人形の拳で次々とロポスを叩き潰していく。何匹かのロポスが魔法で応戦するが、土人形がそれを手で遮っていた。


『はいはい次よ次! ロポスを1匹見つけたら10匹は居ると思わないとね!』


 ゴキブリかな?

 外見も黒尽くめだし、とリリムは顔をしかめる。


「み、皆さんお強いですね……。なんだかロポスが可哀想に思えてきます」

「だね。ルーゴ先生はあの人達に何を教えたの? エルが覚えてるだけだと、あんなに強くはなかったと思う」


 リリムが水晶を眺めながら表情を引き攣らせる傍らエルが同意する。どうやら気が合うらしい。


「俺は魔法の要領を手解きしただけだ。各々が素質に準ずる才能を開花させただけ、俺はその切っ掛けに過ぎない」


 などとルーゴは言っていた。


 確かにガラムは結局魔法を使えなかったなとリリムは思い出す。ただし、数日で剣撃を飛ばす程の異常成長を見せてくれたが。  


 まだ期間は短いがルーゴの教え子である冒険者達が強いのか、ロポスが弱いのかはリリムに判断出来ない。少なくともロポス側に勝ち目は無いように思える。今の状況は蹂躙という言葉が一番相応しい。


 だが、出来過ぎている。

 という違和感を覚えるのは間違いだろうか。


「ルーゴさん、このロポスという人はどうして分身なんて出しているんでしょうか」

「目的が聞き出せていないが、間違いなくアーゼマ村への攻撃が目的だろうな」

「だとすれば、ちょっと弱過ぎではありませんか?」


 水晶を眺めながら述べたリリムの疑問。視線の先の水晶では、ガラムがかまいたちを放ちながら次々とロポスにトドメを刺す姿が映されていた。


 ガラムは元々Bランク冒険者なので当然と言えば当然なのだが、ギルドのEランクまでもがロポスを一方的に叩きのめしているこの状況はおかしいのではないか、とリリムは考えた。


 もちろんこの状況は非常に好ましい。

 冒険者達に被害が出ないのは良いことだ。


 それを踏まえた上でリリムは呟いた。


「まるで、冒険者達を村の中に留めておきたい様な……」


 ほとんど独り言のようにぽつりと漏らせばルーゴがリリムの背中をぽんと軽く叩いた。


「そうだ、ロポスはどうやら注意を自分に向けさせ、冒険者達を村の中へ留めて置きたいようだな。良い勘をしているぞリリム、お前は既に優れた薬師だが、優秀な魔法使いになれる素質もあるみたいだな」


 リリムの憶測に同調したルーゴ村の出口へと振り返る。加えて彼が指を弾けば村全体を覆う巨大な重力結界が構築される。


 リリムはルーゴが重力魔法に長けている事は知っていたが、かつてない程の巨大な魔力を使った重力魔法は見たことは無かった。


「結界魔法……。エルの師匠のオルトラム様よりすごいかも」


 その魔法は魔人と称されるエルから見ても異常と映るようだった。魔法に関して素人のリリムには驚く事しか出来ない。


「エル、お前は俺に付いて来い」

「う、うん。エルに出来ることなら何でもするよ。それで、何をすれば良いのかな?」

「恐らくロポスの本体は村の外に居る。何かをしでかす前に叩くぞ。Aランク冒険者のお前が居れば心強い」


 ロポスが何かを企んでいる。

 まるでそれが分かっていた様にルーゴは言った。


 確かに彼はティーミアに村の住民の安否確認を頼む際、絶対に村の外に出るなと言い伝えていた。それは、今こうして村に重力結界を張る事を想定しての発言だったのだろう。


 村にこれ以上、敵を侵入させない為に。


「ルーゴさん! 私は、私も何か出来る事はないですか?」

「お前は冒険者でも無ければ魔法使いでもない。村の要である薬師だ、負傷者が出た時に備えて自分の身を守る事に専念しろ。それが仕事だ」


 言い付けてルーゴが再び指を弾けば、リリムの身の周囲に小さな重力の結界が生じる。ここで身の安全に徹しろと言われている。


「お前はそこでティーミアの報告を待て。その結界はそこらの人間にも魔物にも破れない。だから安心して待っていろ」


 『すぐに戻る』そう言い残してルーゴは村の出口へと向かって行った。


「じゃ、エルも行ってくるね。ルーゴ先生の援護を担当してきます」


 伴ってエルも踵を返してルーゴに付いていく。

 早足と駆けていくその最中、エルはリリムに小さく行った。


「すごくルーゴ先生のこと心配そうにしてるから、水晶もう1個追加してあげるね」


 エルが両手を合わせると宙に突如として杖が出現し、指で地面を示せば既に水晶を浮かばせていた杖の隣に突き刺さった。一瞬にして2個目の水晶が浮かび上がる。


「見えてれば不安もないでしょ? それじゃね」

「は、はい。ありがとうございます」


 まだ13歳の少女だというのに、気配りも達者なエルにリリムは素直に感心した。それ故のAランク冒険者、あるいは魔人という称号なのかも知れないが。


 透明な小鳥を肩に乗せたエルに頭を下げ、リリム2個目の水晶に目を通す。


 この魔法なら、ルーゴの戦闘を真近で見れる。

 

「エル様……」


 そっと呟いた少女のその名前。

 

 ルーゴはリリムが広場に来た時点で既に、エルを自分の近くに置いて離さなかった。逆に離れていた時は視線を外そうとしなかった。


 それはAランク冒険者と言えども、彼女がまだ小さな女の子で身を案じていたからだろうか。

 

 以前、アラト聖教会でルーゴがリーシャと見せたやりとり、リリムはそれと似た違和感をルーゴとエルの双方から感じ取っている。


 あの時、感じた違和感は『二人は互いに面識がある筈なのに何故、ルーゴのみが一方的にリーシャを見知った様子を見せるのか』だった。


 今回はそれとは違う。


 まるでルーゴがエルに対して警戒している様な素振りだ。常に彼女を自分の近くに置き、監視している様なそんな違和感。


 確証はない。


 リリムはエルが残していったもう一つの投影魔法に振り返った。


 

 

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