29:自称王盾魔術師


 コンコン。


 と玄関を叩かれたからと言って、『不用心に扉を開けてはいけませんよ』とリリムは同居人であるペーシャにきつく言い聞かせてあった。


 以前、王都からやってきた悪質な訪問販売に訳の分からない鍋を押し売りされたからである。オリハルコン製と謳われたその鍋は火に掛けたところひび割れた。


 伝説の金属は弱火でことこと煮込むには向かないらしい。


 なのでペーシャには扉を開ける前に、きちんと『誰ですか?』と確認しましょうねと言っていたのだが、今日は不注意に確認もせず開けてしまったようだ。


「ふぅ~ん。あなたが噂の薬師リリムさんですね?」

「あ、はい。そうですけど」


 ペーシャから真っ黒い人が来たと言われたリリムが玄関へ足を運ぶと、背に大量の杖を背負った黒尽くめの男がそこに佇んでいた。


 帽子から靴。そして身に纏うローブ。

 上から下まで真っ黒であった。


 ルーゴと初めて会った時は彼の事を怪しいとリリムは疑ったものだが、この黒尽くめの男はまた異質な怪しさがある。

 

 なにせ、まだ自分が何者なのかを名乗ってすらいないと言うのに、背負っている杖を一本取り出して怪しげな訪問販売を始めたのだから。


「この杖、買いませんか?」

「いらないです」

「なんとオリハルコン製なんですよぉ」

「いらないです」


 もうその手の常套句にリリムは飽き飽きなのである。


 オリハルコンをなんだと思っているのか知らないが、ただでさえ辺境の田舎村に住む小娘だと舐められ、度々怪しい訪問販売を受けてきたのだ。


 リリムは眉根を顰めて杖を指差す。


「どうせその杖も弱火でことこと煮込めば割れるんじゃないですか?」

「あなた面白い事言いますねぇ……」


 お前に言われたくはないとリリムは思った。


「いや、あの、そもそもですよ? 訪ねて来たからにはまず最初に名乗るべきではありませんか? それすらもせずに訪問販売だなんて、ちょっと失礼じゃないですか」


「これはこれはご無礼を。窓からちょろっと、机の上に魔導書が見えたものでしてねぇ。魔法の勉強をしているのかなと」


「ま、まあ確かに勉強はしていましたけど」 


「はい。だから名乗るよりも先に、魔法の補助具である杖をご紹介してしまいました」


 頭を手でぺちんと叩いて黒尽くめが謝罪し、今度は今までの態度とは真逆に丁寧な一礼を添えて名乗り始める。


「私、王盾おうじゅん魔術師の一員ロポス・アルバトスと言います」

「王盾魔術師! 本当ですか!?」


 なんてリリムが大げさに驚けば黒尽くめの男は『本当ですぅ』と大層満足そうに頷いた。隣のペーシャもそんなにすごい奴なのかと急にオロオロし始める。


 王盾魔術師。

 国の王に直接仕える魔術師の総称だ。


 有名所で言えば、英雄ルークのパーティーメンバーであった賢者オルトラム・ハッシュバルがまず皆の口から出されるだろう。


 常識離れの卓越した魔法を操り、王の盾となり矛となる天才魔術師集団。それが王盾魔術師だ。魔法を扱う者なら誰でも一度は憧れる存在。


 この黒尽くめの男ロポス・アルバトスは自身がそうであると言った。


 んな訳が無いとリリムは思う。


 国の王に仕える高給取りが何故に田舎で訪問販売しているのだろうか。それに王盾魔術師のローブは白と緑を基調としているのだ。


 ロポスのローブは黒尽くめである。

 王盾魔術師? どこが? 怪しさしかない。


「そんな凄い人だとは露知らずに申し訳ありません。そんなあなたがこんな田舎で訪問販売なんてする訳がないですよね!」


「んんっ? ああ、まあそうですねぇ」


「ささ、ご用件は何ですか?」


 最初からリリムはこのロポスという男の言う事を信じてはいない。怪しげな訪問販売。服装も黒尽くめ。王盾魔術師と言う彼の言葉は全く信用に値しない。


 そもそも王盾魔術師はその身分を証明する為、常に徽章を持ち歩いている筈なのだ。それくらい田舎娘のリリムですら知っている。

 

 彼はそれすら提示しようとしない。

 なのでリリムはさっさと要件を済まして帰って貰おう作戦に出た。


「私、実はルーゴという方に用事があってですねぇ。ご自宅まで伺ったのですが生憎留守と来たもんで。それでルーゴさんと仲が良いと聞いたあなたの元へ訪れたのです」


「そうですか。ルーゴさんは王都へ出掛けましたよ」


「おお、そうでしたか」


 嘘である。

 ルーゴはギルドの冒険者を引き連れて、アーゼマ村の広場で魔法の講習中だ。


 けれどもこの嘘はいじわるの類で言った訳ではない。


 見るからに怪しいこのロポスがルーゴの元へ訪れ、同じような訪問販売をしたとする。恐らくロポスは消し炭にされるだろう。


 流石にルーゴはそこまでしなくとも、見るからに怪しいこの男は絶対にルーゴを困らせる。ただでさえ忙しいルーゴの元にこいつを送らせる訳にはいかない。


「これはご親切にどうもぉ。どうぞお礼にオリハルコン製の杖を受け取ってくださいな」

「結構です」

「オリハルコン製ですよ?」

「結構です」


 隣のペーシャはその杖が欲しいと目で訴えてきているが、リリムはきっぱり断るとロポスは僅かに表情を引き攣らせながら、帽子を胸に当てて丁寧に一礼する。


「貴重なお時間をどうも。では失礼致しますぅ」


 そして踵を返して村の出口へと足を向けた。


「はぁ、やっと行ってくれましたね」


 リリムは玄関の扉を閉めてほっと胸を撫でおろす。


 正直怖くてたまらなかった。


 なにせ全身黒尽くめの男が玄関の前に立っていたのだから。それに身分も偽っていると来た。王盾魔術師を名乗るのなら徽章くらい見せて欲しいものである。


「ペーシャちゃん。これからはちゃんと、玄関の扉を開ける前にちゃんと確認を取らなきゃ駄目ですよ?」


「それは分かりまっしたけど、どうしてリリムさんそんなに怯えてるんですか? あの人、王盾なんとかって言う凄い人なんでっすよね?」


「違います。本物の王盾魔術師ならまず身分を証明をします。それをしないあの人は偽物ですよ、不審者です。不審者」


 特に不審者を強調して言いつけると、ペーシャの表情が途端に青くなる。分かってくれたようで何よりだと、リリムはペーシャの手を引く。


「一件落着ですね。さあペーシャちゃん、お仕事に戻りましょうか」

「あいあいっす!」


 と、玄関先からリリムが立ち去ろうとしたその時。


――コンコン。


 背後で扉がノックされる。


 ロポスめ。また来たか。今度は何の用だ。

 リリムは目を鋭く尖らせて扉を開けた。 


「ロポスさん、失礼ですが私は忙し……」

「お久しぶりです、リリム様」


 玄関の扉を開け放った視線の先。

 そこには教会での一件以来、すっかりリリムにとってトラウマとなってしまった聖騎士が立っていた。


 聖騎士。

 そう聖騎士。

 ほとんど反射的にリリムは扉を閉めてしまう。


「なに……なんでッ。どうして聖騎士がここに?」


 またロポスかと思ってリリムは思わず応対してしまったが、まさかアラト聖教会の聖騎士が訪ねて来るとは思っていなかった。


 ペーシャに『ちゃんと確認を取りましょうね』と言った矢先の出来事だったので、リリムは冷や汗を流しながら隣のシルフに視線を向ける。


 ペーシャは腕を組みながらジト目でこちらを見ていた。


「扉を開ける前に確認しようねって言ったのは誰かな?」

「私です。いや、ペーシャちゃん、今のは違くてですね」


 なんてやりとりをしていると、ノックされていた背後の扉がけたたましく叩かれる。


『リリム様……リリム様ッ! どうかされましたか!』


 どうやら聖騎士の方はこちらの事を知っているようだが、リリムはまるで寒心する様なこの声に聞き覚えはない。


 だが、先ほど扉を開けた際に一瞬だけ見えた聖騎士のその顔。それには見覚えがあった。


 それは以前、リリムの診療所に聖女リーシャが訪ねて来た時だ。その聖騎士はリーシャの護衛として一緒に来ていた。


 教会の聖域リディルナでの一件でも、逃げ延びようとしたリリムとティーミアの行く手に立ち塞がった聖騎士の中に彼女の姿があった。


 だから覚えている。

 名前は確かなんと言っただろうか。


『くそッ! 既に敵の手が及んでいたか! リリム様、申し訳ありませんが押し通ります!』


 扉の向こうからカチャリと剣が抜かれた音がした。

 待って待って待ってとリリムは玄関の取ってに手を掛ける。

 

 あの聖騎士は一体何をそう焦っているのかは知れないが、今にも扉がぶっ壊されそうな気配がしてくるので、リリムは大慌てで扉を開け放った。


「ちょっと待ってください! リズさん!」

「リリム様! ご無事でしたか!」


 そう言って、酷く安堵した様子の聖騎士が剣を鞘に収めた。


 リリムはこの女性を知っている。

 以前、リーシャがその名を口にしていた。


 リズ。

 確かそう呼ばれていた筈だ。




 


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