28:剣の才能


 ガラムに負けねぇぞと対抗心を燃やされた二日後。


 リリムはお弁当を2つほど携えてペーシャに挨拶する。


「ペーシャちゃん、今日も少しだけお留守番お願い出来ますか?」

「良いっすよ。そんなにお客さん来ないんで楽っすから」

「うぐッ……。も、もっと励みます」


 そんな気はないのだろうがペーシャに毒を吐かれ、リリムは僅かにダメージを負いながら診療所を後にする。


 今日も向かう先はアーゼマ村の広場だ。


 こちらに向かって負けねぇとのたまったガラムの様子がどうしても気になってしまい、一応、忙しいルーゴに弁当を届ける為という体裁を整えてリリムは足を進める。


 5分も歩けば、2日前よりも活気付いた広場が見えてきた。


「ルーゴさん、以前より人増えてないですか?」

「何でも評判が良いらしくてな。教えがいのある奴が増えて俺もやる気が出てくる」


 と、お昼の時間帯で休憩中だったのか木陰に座っていたルーゴの視線の先、そこでは若干人数が増えた冒険者風の男女が、リリムが見た以前よりも上達した魔法の腕前を披露していた。


「俺はこれをバーニングショットと名付けるッ」


 ある者は炎をまるで弓の様に操り、正確に的を射貫いて魅せる。


「地と水の属性を上手く混ぜ合わせて……、出来た!」


 またある者は複数の属性を操って土人形を作り出していた。


「これはリビングデッドの呼び声。死者の誘いです」

「何だそれ。死者なんて俺の光魔法ですぐ浄化出来るぜ」


 他にも自身の影から正体不明の黒い触手を出して操る者や、なにやら眩しすぎて直視出来ない剣を高らかに掲げている者まで居る。


 そして何より気になるのは広場の中央にて、とてもEランクとは思えない屈強な冒険者達と魔法での攻防を繰り広げているティーミアだ。


「はいはい! そんな程度じゃあたしの風魔法を突破出来ないわよ!」

「くっそォ! なんだこのシルフ! 化け物かよ!」

「魔法が風に遮られて届かねぇ!」

「何だあの風、岩も砕きやがるぞッ!」


 複数人の冒険者に囲まれているというのにも関わらず、どこか余裕そうな表情をするティーミアは自身の周囲に風魔法を起こして身を守っていた。


 そんな彼女目掛けて冒険者達は各々で魔法を仕掛けているが、まるで届いていない。


 射出された炎は吹き荒れる風に吹き消され、岩の砲弾は風の刃で粉々に砕かれ、放たれた水魔法は弾かれて逆に使用者を濡らす始末。


 流石は妖精王と言うべきか。

 ティーミアが相手にしているのはD、Cランクの冒険者達らしい。


「人が多くなってきたのでティーミアにも手伝って貰っているんだ。ある程度、魔法の扱いに慣れて来た者には、ティーミアの魔法を突破出来るかが一つの指標になるだろう」


 などとルーゴは言っていたが、リリムはティーミア達の様子を見て当分の間は突破は無理そうだなと他人事に思った。


「わっはは! シルフに遅れを取るなんて人間って弱いわね! 」

「こ、こんのクソガキッ!?」

「今に見てろよ!!!」

「誰か大砲持ってこいッ!」


 なにせ肝心のティーミアが余裕をかましてあの煽りようなのだから。リリムはあのままで良いのかと疑問に思ったが、ルーゴが何も注意しないのであのままで良いのだろう。


「ティーミアのあの性格は冒険者達の向上心を確実に煽ってくれる。彼女の有様は模範とは言い難いが、冒険者達が目指す先のしるべにはなってくれるだろうな」


 などとルーゴは言っていた。


 そんなもんなのかなぁとリリムはティーミア達の様子を眺めながら、思い出したかの様に弁当を一つカバンから取り出した。


「そういえばルーゴさんもうお昼ですよ、ちゃんと食べてますか? お弁当作ってきたのでどうぞ食べてください」

「む、ああ、済まないな。ありがとう」


 弁当を手渡してリリムはルーゴの横に腰を降ろす。

 もう一つ、自分用に持ってきていた弁当を広げて、リリムはとある人物を探し始めた。


「ガラムさん、今日は来てないんですか?」

「奥の方で剣の素振りをしている。ガラム殿はどうしても魔法が苦手らしくてな、途中から剣を教えることにしたんだ」


 奥の方で素振りをしているらしいガラムに向かってルーゴが声を掛けると、しばらくしてこちらに気付いたガラムが剣を鞘に納めてこちらに歩み寄ってくる。


 長いこと集中していたのか、その体は汗でぐっしょりと濡れてしまっていた。リリムは持って来ていたタオルを手渡すとガラムは『悪りぃな』と快活に笑って汗を拭った。


「ガラム殿、調子はどうだ?」

「ああ、ルーゴの旦那に言われた通りにやってるぜ。お陰でもう少しだけ俺も強くなれそうだ」

「それは良かった。ならば少々、素振りの成果を見せて欲しい」


 弁当を手にした反対の手でルーゴが指を弾くと、地面が突如として盛り上がって岩が突出する。人間大ほどもあるそれをルーゴは手で示した。


 その隣で全く関係のないリリムの表情が引き攣る。


「ルーゴさんじゃないんですから、流石に無理では?」

「おいおいルーゴの旦那、嘘だろ。岩だぜこれ」


 『これ斬れってか』と嘆息しながらガラムは剣柄に手を掛け、重心を低く保って構える。


 居合切りの構えだ。


 流石はBランクとも言うべきか、素人目で見ても整ったその型にリリムは思わず固唾を飲み込んで見守る。


「おらァッ!!」


 ガラムが勢い良く剣を振り抜いた。

 すると剣撃を受けた岩は横一文字に亀裂を走らせ、その胴体中央から真っ二つに崩れ落ちる。


 いや、斬れるんかい。

 見事な一撃にリリムは小さく拍手を送った。

 

「うおお、すごいですねガラムさん」

「どうだ、お前の召喚魔法よりすげぇだろ?」


 リリムの手がピタリと止まる。


「まだまだですね、ガラムさん」

「いや、今すごいって言ってたじゃねぇか」

「すごくないです」


 またもや対抗心を燃やしてきたガラムにそっぽを向いて、リリムは弁当の蓋を開ける事にした。もうお昼だからそんなこと気にしてられないとばかりに。


 

――次の日。


 

 ティーミアが自分に向かって放たれた魔法を冒険者ごと吹き飛ばしている傍ら、リリムはルーゴの隣でガラムの様子を眺めていた。


 なんでも『すげぇもん見せてやる』とかなんだとか


「リリム。もうおめぇさんの召喚魔法なんて足元にも及ばねぇぜ」

「そう言うのなら、そのすげぇもんとやらを見せて下さい」


 リリムはむっとしながら様子を伺う。


「いいか? 見てろよ」


 不敵に笑うガラムが剣を振るえば、ボウッという音と共に剣身が熱を帯びて真っ赤に染まった。リリムはポカンと口を開ける。


「すげぇよなこれ。炎剣って言うらしいぜ」


 お前も出来るんかい。

 リリムは目元を手で押さえた。

 その隣でルーゴが満足そうに頷いている。


「ま、まだまだですね……ガラムさん」

「これでも駄目なの!?」


 

――次の日。



 地べたに這いつくばる冒険者達の中央で高らかに笑っているティーミアを余所に、リリムは頭を抱えながらガラムの様子を眺めていた。


 なにせリリムの視線の先で、ガラムが剣撃を飛ばしながら次々に岩で出来た的を破壊しているからだ。


 彼がひとたび剣を振るえば、その一撃がかまいたちの様に飛んで行って的を両断してしまう。次に剣で突くような動作を執れば、的は中央からひしゃげて砕け散った。


 リリムの目にガラムはもう人間として映っていない。

 あれはもはや妖怪の類である。


「どうだリリム! すげぇだろ!」

「ひ、ひぃぃぃ……」

「何で怯えてんだよ! すごいって言ってくれや!」


 ガラムが機嫌良さそうに剣を手にしたままこちらに駆け寄ってきたので、リリムは怯えて後退りする。

  

 そんなリリムの様子を見て隣のルーゴは苦笑していた。


「ガラム殿は剣に秀でているな。魔法の才能は残念ながら無いみたいだが、魔力を扱う技術に長けている」


「魔力を扱う技術、ですか?」


「そうだ。例えれば剣を振るう際、その腕に魔力を込めれば瞬発的に剣撃の威力が上昇する。いわば疑似的な『身体強化の魔法』だな。ガラム殿はそれを駆使して岩をも切り裂いている」


「な、なるほど?」


 どうやら魔力と言う物は、何も魔法を行使する為だけに使われる力ではないらしい。


 ルーゴが言うには腕に魔力を込めれば、疑似的に身体強化の魔法として作用するらしい。魔力を魔法として使わなければ消費も少なく済むのだとか。


 リリムが知らないだけで、魔法の世界はまだまだ奥が深いらしい。


「リリムも負けてられないぞ。暇を見つけたら俺に言え、その時はまた魔法を教えてやる」

「そうですね。私もまたストナちゃんに会いたいですし」


 そう頷いてリリムはルーゴに視線を向けた。


 この男の表情は相変わらず兜の下に隠されていて分からないが、なんだか雰囲気が柔らかくなった気がするとリリムは感じる。


 と言うのも最近、ルーゴがよく笑うのだ。


 彼がこの村に引っ越して来てから約4ヶ月は経っただろうか。最初こそ、ぶっきらぼうとその態度は淡々としていておっかない印象があったが、最近はその物腰は柔らかくなってきていた。


 ルーゴがこの村に来る以前、何があったのかはリリムの知る所ではない。


 だが、アーゼマ村での日々が彼の心境に変化を起こしたのなら、それはきっと良い事なのだろう。


「ルーゴさん、アーゼマ村での日々は楽しいですか?」

「ん? ああ、色々と忙しないが、充実した日々を送れている」

「そうですか、それなら良かったですっ」


 最近、世間では色々と魔物の被害が増えている。それもあってルーゴはガラム達を鍛える事を承諾したのだろう。


 叶うのなら、アーゼマ村がずっと平和であって欲しいとリリムは願うばかりだった。

  


 


 

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