27:ルーゴの講習


「よし、薬草の効果は身を以て証明済み……と」


 事務机と向かい合い、リリムは一枚の書類にサインする。


 この書面を添えてギルドにマハト大森林で採取された黄色い花を送付すれば、その花の根の薬効は薬師リリムのお墨付きとなって、依頼主であるラァラの手に渡る。

 

 しかしその内容は根を生のまま齧るという、王都の植物学者と比べれば非常に拙い研究内容となるだろう。


 ただ、そのまま摂取すれば魔力超過の症状を引き起こす事。

 乾燥させて保管すればその成分に劣化が見られなかった事。

 微精霊の加護によって毒性は無いと判明された事。


 以上の研究結果を添えれば、一応の体裁は保てるだろう。より精密な調査は錬金術師のラァラ自身、もしくは別で王都の者に依頼する筈だ。


「ではペーシャちゃん、これルーゴさんに渡してくるのでお留守番をお願いしますね。知らない人が来ても無暗に玄関を開けては駄目ですよ?」

「あいあいっす!」


 黄色い花を梱包してリリムは診療所を後にする。


 向かうはルーゴの元へ。

 一応、彼が依頼を受けた本人なのでこれで良いかと確認を取る必要がある。


「ふぅ、今日はぽかぽかとしていて気持ち良いなぁ」


 ふとリリムが視線を上げれば、陽が空の真上に位置するお昼の時間帯。風もほんのり涼しく思わず独りごちてしまう。


 広場にて、アーゼマ村に訪れたギルドの者に魔法と剣の実技講習を行っているというルーゴもお昼休憩を取っている時間の筈だ。丁度良い。


 リリムは早足にと広場へ足を運んだ。







「はい、ルーゴさん。調査も無事終わりましたよ」

「そうか、助かるよ。後の事は俺がやっておく」

「了解です」


 リリムは調査結果を綴った手紙と黄色い花を梱包した箱を手渡し、広場の木陰で休憩していたルーゴの隣に腰を降ろす。


「聞いたぞリリム。魔力超過を起こして寝込んでいたらしいな。様子を見に行きたかったが、御覧の有様で多忙でな」


 申し訳なさそうに謝罪したルーゴは広場の中央を手の平で示す。そこには数名の、冒険者風の男女が和気あいあいと魔法を行使していた。


「す、すげぇ! 俺でも火の魔法を使えたぜ!」

「大したことないじゃん。 私なんて火と風、それに水よ?」

「複数使えた所で器用貧乏ですな、私なんて闇魔法ですよ」

「陰気な奴だ。俺は闇をも照らす光属性の才能があるってよ」


 ある者は火の魔法を放って的を撃ち抜き、またある者は複数の属性を操っていた。中には黒い煙を纏いながら得意気に嗤う者や、黄金色に輝く剣を天高く掲げている者も居る。


 ルーゴいわく、あの者達のほとんどが


「魔法も使えないギルドの『Eランク』だと言うだから俺も驚きだ。最低ランクとは名ばかりだな。皆、各々で形は違えど才能溢れる者達ばかりだ」


 とのことだった。


 どうやらこの村に来た時点では、魔法がほとんど扱えない者達ばかりだったようだが、リリムにしたように魔法を教えてあげればどんどん身に付けていったとルーゴは嬉しそうに話す。


「そ、そうなんですね。流石は冒険者と言うべきか、皆さんすごいです」


「ははは、そうだな。教えればどんどん物にしていくんだ。そうなってくると俺もついついやる気が出てしまってな。まったくラァラは今まで彼らに何を教えていたんだか」


 そう言ってルーゴは呆れ気味に嘆息する。


 リリムも彼にしか魔法を教わった事しかないので他が分からないが、単純にルーゴの教え方が上手なのではないかと思ってしまう。


 ルーゴに手を握られて魔力が流れる感覚を教え込まれると、今まで魔法を使った事がないリリムもなんとなくだがコツを掴んでしまった。


 ただ流石のルーゴも万能ではないので、中にはやはり教えても魔法が使えない者は居るらしく、


「ルーゴの旦那、これどうなのよ?」

「済まないガラム殿。俺の教え方が悪いようだ」

「いや、周りの連中見る限りだが、そんな事はねぇ様に思うんだけどよ」


 リリム達の方へ歩み寄って来たBランク冒険者の男――ガラムが難しそうな顔をしながらこちらに人差し指を見せていた。


 どうやら彼はギルドの低ランク達の引率としてこの村に来ているらしい。もののついでとして、ガラムもルーゴに魔法を教わっているんだとか


 そんなガラムの指先にはちょっぴりとした火が灯っている。一応、火属性の魔法は使えているようだったが。


「ガラムさんって煙草は吸いますか?」

「ん? ああリリムか。まあ嗜むくらいには吸うが」

「それなら火を付けるのに丁度良いじゃないですか」

「つまり俺の魔法の才はマッチ棒程度ってことね……てうるせぇわ! お前さんの方はどうなんだよ! リリムもルーゴさんに魔法を教わったって聞いたぞ! そんなら、さぞかし凄ぇ魔法使えるんだろうな!」

 

 なんてガラムが対抗心を燃やしてくる。


 挑発するつもりでリリムは煙草がどうと言った訳では無かったのだが、凄い魔法が使えるのかと言われれば黙っている訳にはいかない。


「ガラムさん、聞いて驚いて下さい。私、召喚魔法が使えるんですよっ」


 その場に立ち上がったリリムは得意気に胸を張る。


 ガラムの表情が強張った事を確認すれば、リリムの表情がより得意気になっていく。ギルドのBランクと競い合えている事実がとても心地良い。


「なにぃ? おいおいマジかよリリム、すげぇな。本当なのか?」


 ガラムが視線を下せば、その先に居たルーゴが頷く。


「ああ、本当だ。まだまだ俺の補助が必要な段階だが、先日はストナウルフの召喚に成功したぞ」


「そんな馬鹿な事が。ギルドのEランク連中だけじゃなく、田舎の小娘にまで負けちまうなんて……ッ」


 悔しそうにガラムがその場に崩れ落ち、地面に強く拳を落とす。


 何だかリリムは悪いことをしてしまったなと申し訳なく思ってしまう。そんな様子を見兼ねてか、ルーゴがガラムの肩をぽんぽんと叩いた。


「ガラム殿。もう一度1から丁寧に教えてやる。だからそう気を落とすな」

「うおぉ……。ありがてぇ、ありがてぇ……」


 大の大人が嗚咽をかいている様子にリリムは若干引いてしまうが、それと同時に決して諦めないその姿勢に尊敬にも似た感情を抱く。これがBランク冒険者かと。


 自分も現状に満足していないで、もうちょっと魔法について調べてみようかなと、リリムは診療所の方へと足を向けた。


「む。どうしたリリム、もう帰るのか。お前にも魔法の稽古を付けてやろうかと思っていたのが」


「ありがとうございます。ですがペーシャちゃんにお留守番をお願いしてますのと、あまり診療所を長く空ける訳にはいきませんからね。私は私で魔法に関する本を読んでみるとします。また暇を見つけたらこちらに伺いますね」


「そうか、分かった」


 ルーゴに手を振って踵を返す。

 そんなリリムの背中にガラムが恨めしそうに言う。


「10代って良いよな、才能の塊でよ。俺だってまだ負けねぇぞ」


 そんなガラムにも手を振りながらリリムは広場を後にした。 






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