26:魔力超過



 生活魔法、その真髄と呼ばれる『召喚魔法』

 それによって呼び出された魔物は、ルーゴいわく『使役獣』と呼ぶそうだ。


「ストナちゃん、今日はありがとうございます」

『ウォンッ!』


 マオス大森林を無事に抜け出したリリムは、その傍らに佇む犬型の魔物――ストナウルフのストナちゃんにお礼を言う。リリムがそう名付けた。ルーゴには安直と言われた。


 リリムの使役獣として呼び出されたストナの口には束になった黄色い花が咥えられており、一言指示を出せば大人しくそれをリリムに渡してくれる。


「ストナちゃんのお鼻すごいですね。私達じゃ見つけられなかった黄色い花を簡単に見つけてくれちゃいましたからね」


 まさか依頼の花が断崖絶壁の崖地に生えているとはリリムも思わなかった。


 ストナが見つけ出してくれたから良いものの。まともに探せば崖なんてわざわざ覗き込まなかっただろう。なにせ英雄ルークも崖から転落して命を落としたと言うのだから。

 

 ストナ万歳とリリムは褒めちぎる。


「流石ですよ、ストナちゃんっ」


「まあ、花を見つけ出せることを条件として呼び出したからな。当たり前と言えば当たり前だが、偉いぞストナ。ははは、お前はすごい奴だ」


 ルーゴがストナウルフの頬に手を添えると、まるで甘える様にストナは頬ずりを始める。本当に犬みたいだなとリリムは思った。


 ストナウルフ。

 彼は冒険者の間でも有名な魔物らしい。


 だが召喚魔法によって使役獣として呼び出されたストナには強暴性は全く見受けられなく、まるで訓練を受けたペット犬の様だった。


 召喚者であるリリムが『黄色い花』を探して欲しいと頼めば、犬型の魔物ともあってかその優れた鼻を使い、瞬く間に目当ての物を捜し当ててくれたのだ。


 ルーゴいわく『それを可能とする者』を条件として組み込んだらしく、花を捜し当てられたのは当然なのだとか。


 逆に言えばそれを可能とするストナウルフが存在しなかった場合、魔法陣は何も呼び出せないらしく、運が良かったとのこと。


「ではストナちゃん、今日はお疲れ様でした。また会えるかは分かりませんが、その時はその毛並みをまた堪能させてくださいね」

『ウォンッ』


 リリムが別れの挨拶を告げればストナの足元で、独りでに魔法陣が浮かび上がって発光を始める。


 役目を終えた召喚獣は元の場所へ自動的に帰されるのだ。


「ご苦労だったなストナ。お前がリリムの初めての召喚獣で良かった。せんべいみたいになってしまっているが、礼にブラックベアを持って行って欲しい」


 魔法講習中に重力結界の餌食となったブラックベアを持ち帰っていたルーゴが、その死体を数個ほど魔法陣に投げ入れる。


 するとストナは嬉しそうに一言鳴いて、ブラックベアと共にその姿を消失させた。


「ああ……帰っちゃいました」


 リリムは僅かな間ではあったが、共に行動したストナウルフとの別れがとても名残惜しく感じてしまう。


 しかし、召喚魔法を教えてくれたルーゴは、


「この魔法で呼び出す魔物とは一期一会だ、あまり入れ込むなよリリム。次に召喚魔法を介さず野生のストナと相対すれば、彼は問答無用でこちらに襲い掛かってくる」


「えぇ……そ、そんな馬鹿な。私にもルーゴさんにも、あんなに懐いていたのにそんなことあり得ますか?」


「一時だけ主従の契りを結ぶのが召喚魔法だ。だからストナは大人しかったし、リリムの言うことを聞いてくれた。魔法を介さなければストナもただの魔物だ、近付くだけでその牙の餌食になるぞ」


「そ、そうなんですね」


 と、どこまでも冷静なその言いように言い返せず、踵を返して村へと足を向けたルーゴの後ろにリリムは黙って付いていった。


 なんとも言い難い空気に包まれる中、ぽつりとルーゴが口を開く。


「……だが、ストナと次に出会えた時、リリムの事を覚えてくれていると良いな」


 その言葉にリリムは『はいっ』と頷いて笑みを返した。







「さて、さっそくお花の効能を確かめてみましょうか」


 ストナと別れてから次の日の早朝。


 リリムの自宅兼診療所の2階――調薬室にて、リリムは眼前のテーブルに置かれた件の『黄色い花』とやらを手に取った。


 王都には植物学者と呼ばれる者達が居るそうな。


 彼らはなんでも植物に対する様々な学術研究に取り組んでいるらしく、新たに発見された薬草の効能を専門的な知識と道具、又は魔法を使って調べるらしい。


 しかし、教養のあまり無い田舎娘リリムには専門知識は全くない。ほとんど独学である。それに加えて高額な専門道具も買えないのだ。おまけに魔法の素養も無い。


 なんにもなかった。


 唯一使える魔法は、この間ルーゴから教わった召喚魔法くらいか。それもルーゴが隣に居なければ使用出来るかも怪しい。


 ならばどうするか。


「ペーシャちゃん、このお花って見たことあります?」


 そう。ペーシャ。


 彼女は元々、自然溢れる森の中に住んでいたので草々に詳しい。なのでややもすれば『黄色い花』にも何かしらの知識があるかも知れない。


 ペーシャと共に暮らしている。

 それがリリムが持つ、王都の植物学者との相違点。


「ごめんっす。知らないっす」

「見たことも聞いたこともないですか?」

「食べたこともねっす」


 どうやら食べた事もないようだった。


 植物に聡いシルフでも未知の薬草となると、この黄色い花は田舎娘のリリムでは手に負えない代物な可能性も出てくる。薬草学の本でもこの花についての記述は見当たらなかった。


 けれどもこれは、せっかくストナが見つけ出してくれた物なのだ。リリムもちょっとやそっとで諦める訳にはいかない。


 何故ならリリムには『微精霊の加護』があるのだから。

 

「微精霊様。どうか私に力を貸して下さい」


 指をくるりと振るえば、その指先に青白く発光する微精霊が集まってくる。リリムは手にしていた花をテーブルにそっと置き、それを指で示して微精霊に指示を出す。


「微精霊様、このお花は食べられますか?」

「リリムさんお腹減ってるんすか?」


 背後でペーシャがそう訊ねてくる。

 『こんなにいっぱい採って来て、よっぽどそれ好きなんすね』とも言っていたが違うそうではない。

 

「違いますよ。ロカの実も生薬としてそのまま食べられますので、もしかしたらこのお花もそうなのかなと思っただけです」


「食べるって生ででっすか?」


「そうですね。微精霊様が私でも食べられるかを判断してくれるので、もし大丈夫そうならまずはそのまま行ってみようかと思います。きちんと消毒もしましたしね」


「意外と勇気あるんすねぇ……」 


 意外とは余計だがリリムは実際に薬草を食して、その効果をその身で確かめてみるといった経験は何度かある。


 実際にリリムと同じように食して実験する植物学者も多いんだとか。


 だが、そんなことをしていると度々酷い目に会うこともあるが、微精霊達のお陰で今のところ三途の川を渡りかけるといった事はないのだが。

 

「おや」


 ふとリリムが視線を下げれば、微精霊が花の根の部分で光を瞬かせていた。どうやら根っこの部位はイケると判断されたらしい。

  

 今までの経験からしても、植物の薬効は根の部分に集約されていることが多い。どうやらこの黄色い花もその例に漏れずと言ったところらしい。


 リリムは花の根を切り取って、ペーシャに振り返る。


「ペーシャちゃん、何かあったらよろしくお願いしますね」


「そこまで覚悟決まってるんすか」


「お師様にも言われてるんですよ。未知の薬草は大丈夫そうなら取り合えず食べてみろって。自分が実験体という訳ですね」


「ほぇ~、リリムさんにお師匠さんって居たんすね」


「そういえば言ってなかったですね。村長ですよ。もうすっかり引退しちゃってますが、村長が私のお師様なんです」


 そう言ってリリムは根を齧ってみた。


 ロカの実もそのまま生薬として食べれるのだから、この黄色い花も大丈夫だろうとばかりに。一応、微精霊も食べて問題ないと言っているのだから。


「どっすか? どんな味っすか?」

「う~ん、ネギ?」




 3時間後。




「ふぐゅぅぅぅぅぅぅ……っ」


 診療所のベッドの上には、冷や汗をだらだらと流しながら横たわるリリムの姿があった。


 まるで苦虫でも嚙み潰した様な表情で腹を抱えるリリムの横で、ペーシャが神妙そうな顔でコップと胃痛薬を手にしていた。


「知らない薬草見つける度にこんな事してるんすか?」

「いえ、今回が……凄過ぎる、だけです」

「いつか死にまっすよ?」


 『ほら飲むっす』と言ってペーシャが胃痛薬を手渡してくれるが、リリムはゆっくりと首を振ってそれを拒否する。


「せ、せっかく持ってきてくれたのに……、申し訳ありませんペーシャちゃん。これは、腹痛で悶えてる訳じゃないんです」

「そうなんすか?」


 患者の症状を見てペーシャは腹痛の薬を選んだのだろう。


 まだ診療所で共に過ごして日は浅いが、自分の仕事をよく見ているんだなとペーシャの事を褒めてあげたくなってくるが、今回リリムが苛まれているのは腹痛ではない。


 全身が燃える様に熱いのだ。

 顕著なのは腹から胸にかけて、特に心臓に近い部分が熱を持っている。


「これは……魔力超過ですね」


 魔力超過。


 オーバーフローとも呼ばれるそれは、単純に身に余る魔力が体から生産されると発症してしまう。体が発熱した様に感じるのも、魔力の過剰生産が原因だ。


 ロカの実を食べ過ぎたり、魔力を回復する効果を持ったポーションをがぶ飲みすると魔力超過を発症してしまうと、以前リリムは本で読んだことがあった。


 たった一つで魔力超過を引き起こす花の根。


 これはつまり、あの黄色い花は本当にロカの実よりも強力な魔力回復の効果を持っていることの証明である。


「ふ、ふふ……。これはすごい発見です……ぐぅぅ」

「わ、笑ってる。熱でとうとう頭が。ルーゴさん呼んでくるっすよ」

「だ、駄目ですよペーシャちゃん……」


 ベッドの上で悶えながら笑みを溢すリリムを見て表情を青くしたペーシャが、ルーゴを呼んでくると慌てて診療所の出口へ足を向ける。


 そんなペーシャの背中をリリムは呼び止めた。


「ルーゴさんは今、とっても忙しいんですからね……」


 今、アーゼマ村には冒険者ギルドの者達が訪れている。


 なんでもルーゴはギルドマスターラァラにこう頼まれたらしい。『ギルドの低ランク達を鍛えてやってくれないか?』と。


 そんなこともあってルーゴは今、アーゼマ村にある広場で魔法や剣の講習を行っている。邪魔する訳にはいかない。


「ペーシャちゃん、これはしばらくすれば治るので、大丈夫です……うぅ」

「大丈夫そうには見えないっすけどね」


 あと数時間はベッドの上で苦しむハメになるだろうとリリム覚悟した。




 

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