25:生活魔法


 リリムが得意とするのは『無属性』魔法だと判明した。


 それは書物などでよく見る地水火風または光闇のいずれにも該当せず、その他の属性に分類されるとのこと。


 無なんてリリムは聞いたこともなかった為、どんなすごい属性なのだろうと思えば『生活魔法』に使われるとルーゴは言っていた。


「たしかに重力魔法も無属性に分類されるが、これは消費するエネルギーが大きい。薬で魔力を補給しているリリムは魔力を無駄遣い出来ない。安易に使えば死ぬかも知れないぞ」


「それは嫌ですね。じゃあ重力魔法は諦めます……」


「その方が良い」


 重力魔法も無属性。

 では同じ属性である生活魔法とはなんなのか。


 当然、リリムはそれが気になってくるが、どうやらルーゴが実演してくれるらしい。なんでも百聞は一見に如かずなのだとか。


「見ていろ」


 そう言ったルーゴは体勢を崩すことなく、右足のつま先で地面をちょんと一突きした。するとどうだろうか、魔力の波の様な物が突かれた地面を中心として広がっていき、落ち葉等のちょっとしたゴミが消え失せる。


 森の中が瞬く間に綺麗になっていった。


「今見せたのは『お掃除魔法』と呼ばれるモノだ」

「じ、地味ですねぇ」

「何を言うか。人体に有害な雑菌なども除去出来るのだぞ」


 ルーゴが言うには『風呂場の黒カビも落とせる』とのこと。アーゼマ村のおばちゃん達が聞けば救世主だと崇められることだろう。ハーマルさんが王都の洗浄剤でも黒カビが落ちないと嘆いていた。


 たしかに生活魔法と呼ばれるだけの能力が無の属性には備わってるらしい。


「冒険者の死因は魔物との戦闘が1番に挙げられるが、その次に多いのが傷口から入り込んだ菌による感染症だ。それを未然に防げる生活魔法を侮るなよ」


「べ、別に侮ってる訳じゃないですよ。ただ、こう……なんと言うか、すごいなって」


「そうか、分かってるなら良い。では、今からお前に無属性魔法の真髄を見せてやる」


 生活魔法を力説しながらルーゴは何もない茂みに向かって手の平を向ける。そして次の瞬間、どこからか出現した縄が射出されて茂みの奥へ消えていった。


「それは何です?」

「これも生活魔法の一種だ、捕縛魔法とも呼ばれている。魔法を扱う狩猟部族が使用していることが多いな」


 何か手応えを感じたのかルーゴが縄を引き寄せると、リリム達の目の前に縄で縛られたオオカミの様な魔物が引き摺り込まれた。


 頭に大きな角が生えている事と、体が牛程も大きい事を除けばただのオオカミなのだが、いかんせん縄を解こうと暴れる度にチラリ見える大きな牙がリリムを震え上がらせる。


「ひ、ひぃぃぃ。何ですかこの魔物は」

「こいつはストナウルフと呼ばれる犬型の魔物だな」


 なんでも警戒心が高い魔物で、リリム達が森の中に入ってからずっとこちらの様子を伺っていたらしい。


 獲物が疲れて油断したところを、額から生やす角でブスリと一突きする厄介な魔物として冒険者界隈では有名なのだとか。


 そんな魔物を糸も容易く捕縛するルーゴに今更驚きはしないが、鋭く尖った角と牙がリリムの表情を青くする。


「角で突かれなくとも、この牙で噛まれれば軽く死ねるな」

「お、恐ろしい魔物ですね。それで、このオオカミはどうするんですか?」

「よし、リリム。この魔物に触れてみろ」

「は」

「この魔物に触れてみろ」


 今、噛まれたら死ぬって言ってなかった? 


「むりむりむり! 嫌です絶対に触りたくありません!」

「何も噛み殺されるまでとは言っていない。俺が付いているから大丈夫だ、1回だけで良い。この魔物の感触をその手で触れて感じるんだ」

「うぐっ。る、ルーゴさんがそう言うなら……」


 どういう根拠で大丈夫だと言っているのかは知れないが、リリムは恐る恐るストナウルフに触れてみることにした。


 縛られたウルフが暴れているので、度々手を引いては戻しながら、リリムはどうにかこうにかその毛並みに触れることに成功する。


「あ、意外とふわふわしてますね。もふもふぅ」

『ガゥアッ!!!!』

「だぁやッ!?」


 調子に乗ってモコモコとした毛並みを堪能しようとすれば、その手の寸前で牙が火花を散らした。リリムは思わず素っ頓狂な悲鳴を上げて飛びのいてしまう。


「ははは、元気なワン公だ」


 背後でルーゴがこれは愉快と笑っていた。

 どうやら彼にはあの猛牛みたいな魔物がワンちゃんに見えるらしい。






「ストナウルフ逃げちゃいましたね」

「俺も触りたかった」

「ルーゴさんって犬派なんですね、私は猫が好きです」


 魔法の講習に戻る為、縛り付ける縄を解いた瞬間ストナウルフは大慌てで逃げ出してしまった。


 触り損ねたルーゴは名残惜しそうにウルフが逃げた茂みの奥へ視線をやっていたが、危うく手を噛み千切られそうになったリリムはホッと胸を撫でおろす。


 ルーゴが犬派という余計な事実が判明した所で魔法講習に戻る。


「これでリリム、お前は魔物に直に触れてその感触を確かめたな」

「手が無くなるかも知れませんでしたけどね」

「そんなこと俺がさせないさ。ひとまず、これでストナウルフの情報がより正確にリリムの頭に刻まれた訳だ。記憶としてな」


 言いながらルーゴはどこかで拾ってきた木の棒で、なにやら地面に落書きを始めた。リリムもそれを眺めながらルーゴの説明を聞いていく。


「ただ見るよりも、直に触れた方がより正確な情報として記憶に残る訳だ。それを材料にして発動する無属性魔法、その真髄を今からお前に教える」


 地面に描いたのは大きな二重の円。

 円と円の隙間にルーゴは見慣れない文字を刻んでいく。


「ルーゴさん、そのミミズがのたうち回ったような文字はなんですか?」


「嫌な言い方だな。これは魔法印と呼ばれる文字で、魔法の扱いに長ける者なら誰でも知っている。まあリリムは特に覚える必要はないがな」


「へぇ~、そんなものがあるんですね」


 やがてその魔法印とやらを刻み終えたルーゴが2重の円――魔法陣の中央を指で示した。


「これから見せるのは生活魔法の一種――『召喚魔法』だ。この魔法陣から自身の手となり足となる従者を呼び出す」


「お手伝いさんを呼び出すってことですか?」


「ああ」


 その通りだとルーゴが頷く。


 なにやら先ほど描いた魔法印と呼ばれるらしい文字は、呼び出す従者の条件を指定するモノらしく、今回ルーゴが設定した条件は『召喚者の探し物を捜し当てる事が出来る者』とのこと。


 そして呼び出される従者とやらはリリムが強く記憶する生物となる。


 つまり、先ほど見て触れたストナウルフと呼ばれる種族の中から『指定する条件に当てはまる個体』が呼び出されるらしい。


「リリム。お前はまだ魔法の扱いに慣れていないからな。俺の手を取れ、補助をしてやる」

「はい、ありがとうございます」


 リリムが再びルーゴの手を取ると、繋がれた手の平を通してじんわりと暖かい魔力が流れ込んでくる。


 やがて流れる魔力が大きくなっていくと、繋いだ手と手が灰色に発光し始めた。これが魔法を行使する準備が整った合図だとルーゴは言う。


「この感覚をよく覚えておけ。俺が近くに居ない場合は一人で魔法を使わなくてはいけないのだからな」


「分かりました。この感覚ですね、よく覚えておきます」


 ルーゴがリリムの手を繋いだまま引いていき、円の中央へと持っていく。すると魔法陣は刻まれた印と共にまばゆい光を瞬き始めた。


 これから無属性魔法の真髄と言われる召喚魔法が行使されるのだろう。その最中、ふとルーゴがリリムの方へと視線を向けて来た。


「リリム。どうだ、俺の教えは分かりやすかったか?」


「はい、とても分かりやすかったです。初めての私でもなんとなく感覚は分かりましたよ。でもどうしてそんなことを聞いてくるんです?」


 リリムが首を捻るとルーゴは空いたもう一方の手で1枚の手紙を取り出した。冒険者ギルドからの物だ。


「黄色い花とは別件でもう一つ、ラァラに頼まれていたんだ。ギルドの低ランク達を鍛えてやってくれないかと。どうも魔物に対抗出来るようギルドを強化したいらしい」


「なるほど? それで今日、私に魔法を教えてくれたんですね」


 それなら大丈夫だ、とリリムは微笑む。

 なにせ、眼前の魔法陣がその発光を強め、中心に一つの影が姿を表したからだ。


 その影の目に、こちらに対する敵対心は感じられない。

 召喚者の従者――そう呼ぶに相応しい犬型の魔物がリリムを見下ろす。


「魔法が初めての私でも、成功しちゃいましたからね」

「そうか、そう言ってくれるとありがたい」


――黄色い花を一緒に探して欲しい。

 

 そう伝えると、返事をする様にストナウルフは高らかに吠えた。



 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る