22:二つの手紙


 リリムが冒険者ギルドのお抱え薬師となってから2週間が経った。


 今日はラァラと交わした約束の丸薬の徴収日だ。

 

 専属薬師の契約内容は至ってシンプル。

 週に一度、ロカの丸薬を30ほど納めること。


 余裕が出てきたら数を増やして欲しいなとラァラは言っていた。けれどもリリムはどこかに薬を卸すなんて経験はない為、今はまだそんなに余裕は無い。


「ペーシャちゃん、薬の梱包は終わりましたか?」


 診療所にてリリムが2階に向かって声を掛ければ、天井の向こうから『あいあい!』と元気の良い返事が戻ってくる。


 しばらくすれば一つの箱を抱えたペーシャがどたどたを階段を下りて来た。


「はい、リリムさん! お薬綺麗に包みまっしたよ!」

「うわぁ、ペーシャちゃんは器用ですね、ありがとうございます」


 手渡された箱はとても丁寧に紙で包まれており、そして紐で作られた取っ手まで付けられていた。


 リリムはここまで頼んではいないのだが、ペーシャは荷運びをする事を考えて持ちやすいようにアレンジしてくれたのだろう。


 シルフはその小さな体躯に似つかわしく小さな手を持っており、とても手先が器用らしい。もしかすればペーシャだけの特技なのかも知れないが。


 リリムは重ねてペーシャにお礼を告げて、手渡された箱をそのまま丸薬を受け取りに来た冒険者へと渡す。


「はい、ガラムさん。約束のお薬です」

「おうよ、確かに受け取ったぜ。ご苦労さん」


 箱を手に取って冒険者の男が満足気に頷き、その対価としてお金の入った袋を手渡される。


 ちなみに薬の受取人にはギルドでBランク冒険者として活躍するガラムが任されたようだった。


 彼は一度アーゼマ村に調査という名目で訪れており、なおかつリリムと顔見知り、加えてそこそこ腕が立つという事でラァラから任命されたようだ。


「なあリリム、この丸薬なんだけどよ。ギルドで結構な評判なんだぜ。ポーションより場所を取らないし安いし効果も良いってよ」

「本当ですか、良かったですっ」


 なんてガラムが嬉しい事を言ってくれたのでリリムは自信満々と胸を張る。薬師としての腕前は、あのルーゴからも王都の者達と肩を並べられると前に言われたくらいなのだから。


 しかしながら、なんともまあ直球な誉め言葉だったのでリリムは僅かに警戒した。こりゃ何か裏があるなと。


「ここだけの話。俺にだけ調合のレシピ教えてくれねぇか?」

「あ、ガラムさん今ちょっと悪い顔しましたね。察するに王都の誰かから調合レシピを拝借して来てくれって頼まれたんじゃないですか?」

「うおっ。バレたか」


 ガラムがこそこそした様子で、ほんの少し悪い顔をしたのをリリムは見逃さなかった。


 それはペーシャも同様だったようで、すかさず向こう脛に蹴りをお見舞いする。


「オラァッ! 悪党めッ! 死ねでっす!」

「があああああああああああああああああッ!?」


 東の大陸にて弁慶の泣き所と称される人体の弱点を突かれ、ガラムが脛を抑えて地面を転げ回っていた。シルフの蹴りを喰らえばBランク冒険者と言えどあのザマらしい。


 やがて痛みが治まったのか、ガラムは何て事はないと衣服の土埃を払った。


「今のは演技だ」

「あなたは何を言っているんですか」

「すね蹴られて悶えてた事じゃねぇよ! レシピ教えてくれっつったのが演技だって言ってんだよ!」


 『そんな冷たい目で見ないでくれ』と言いながらガラムは事情をリリムに説明していった。なんでもギルドマスターのラァラにこう頼まれたらしい。


「お前さんが安易に調合レシピを漏らすお人好しじゃないか試してみてくれってな。ギルドが抱える薬師のレシピが漏れれば事だからな」

「うお、そうだったんですね。それは申し訳ありません。ほら、ペーシャちゃん」

「すまねぇっす!」

 

 ガラムが言うには、なんでもロカの丸薬が誰でも作れるようになれば、薬師リリムの価値自体が下がってしまうんだとか。


 そうなってしまえばリリムをギルドで抱える理由がなくなり、事実上の解雇を言い渡されることだろう。つまりギルドの保護下から外れてしまうということだ。


 ラァラはそう言いたいのだろう。


「まあ、レシピを教えた所で調合比率とか、長年の勘とかもありますからね。誰にでもほいほい作れる訳じゃないですよ」


「なるほどね、そいつぁ安心だな。世の中、小悪党が多いからリリムも気を付けろよ。ただでさえお前さんの薬は評判良いんだからな」


「はい。ご忠告ありがとうございます。ペーシャちゃん、2番の棚から痛み止めのお薬持ってきて下さい。ガラムさんのすね腫れてます」


「はいっす! やり過ぎまっした!」


 リリムはペーシャに指示を出して痛み止めの薬を持って来て貰うことにした。


 その傍らガラムが思い出したかの様に手紙を2枚取り出す。リリムがそれを覗き込めばどうやら差出人はアラト聖教会と冒険者ギルドのようだった。


「ガラムさん、それは?」


 冒険者ギルドの封蝋が押印された手紙はまあ良いとして、リリムは真っ白な手紙を目にして分かりやすく顔を引き攣らせた。


 以前、この手紙が発端でリリムは教会に拉致されて命を狙われるハメになったのだから。


 詳細までは知らなくとも、教会で何かあったことだけは知っているガラムが同情するような顔をしてリリムに手紙を突きつけてきた。


「そんな嫌そうな顔しないで受け取ってくれよ。リーシャの奴に頼まれてんだよ、何でもルーゴの旦那とリリムに見て欲しいんだとよ」

「リーシャ様からの手紙ですか!? うわ、ちょっと読みたくないです」


 以前のリリムはリーシャのファンであったが、あの事件以降は彼女に苦手意識を持ってしまった。なので手紙を取ろうとする手が思わず震えてしまう。


「それにしても個人宛じゃなくて私とルーゴさんに、という事なんですか?」


「みたいだな。それにしてもよ、アーゼマ村に行くならこの手紙を渡して来てくれって頼んできたリーシャの奴、すっげぇやつれてたんだよ」


「やつれてた?」


「俺が聞くのもなんなんだが、ルーゴさんとリーシャの間で何があったんだ?」


 そう聞かれてもリリムはすぐに教会から逃がされたので詳細は分からない。


 ルーゴが言うには二度とリリムとティーミアに手を出さないように灸を据えて来たと言っていたが、それ以外の事はリリムにも全く分からないのだ。


 ルーゴにもあえて聞き出そうとはしなかったが、もしかすればこの手紙を読めばそれが分かるのかも知れない。


 ひとまずガラムには自分も分からないとだけ伝えておくことにする。


「で、ではこの手紙は受け取りますね。それと、もう一方の手紙はなんでしょうか?」


 リリムが冒険者ギルドからの手紙を指で示す。


「こっちは内のマスターがルーゴさんに宛てた手紙だ。ついでだからよ、渡してきてくれねぇか?」

「なんでですか。面倒臭がらないで自分で渡して来てくださいよ」

「いや、だってよ。ルーゴさん今、魔物狩りに出てるって言うじゃねぇか」


 ほらと言ってガラムはアーゼマ村の近くにある森に顔を向ける。


 伴ってリリムも森の方へ視線を向ければ、その直後に森の奥でドンッという衝撃音と共に黒煙が空へ撃ちあがった。


 遅れた地響きと一緒に見物してたのだろう村人の歓声がこちらにまで響いてくる。


「強くて格好良いんだけどよ、用心棒やってる時はおっかなくて近付きたくねぇんだよなぁ」

「ああ、なんとなく分かります。私も以前はあの魔法危ないよなぁって思ってましたから」


 ガラムに同情したリリムはルーゴ宛の手紙を受け取ることにした。 

 




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