23:黄色い花


 まだ昼だというのに薄暗い森の奥地。


 どこからか魔物の獰猛なうめき声が聞こえるというのにも関わらず、真っ黒兜のルーゴは堂々と森を進んで行く。その背後でリリムは少々怯えながら一緒に森を進んでいた。


「そんなに怯えなくて良いぞリリム。俺が付いている」

「ルーゴさんが居れば安心ですけど、怖いものは怖いんです」

「そもそもお前は以前、一人で森に入っていただろう」

「こんなに奥へ入ったことはないんですよぉ」


 逆に何で魔物がひしめく森の中でそんな堂々と出来るのかリリムは問い詰めたくなるが、ルーゴはルーゴなのでしょうがないかと一人で勝手に納得した。


 

 何故、リリムがこうして怯えながらも森を進んでいるかと言えば、それはアーゼマ村の近くにある森の奥地でとある不思議な薬草があるという話を聞いたからだった。


 ガラムから手渡された2枚の手紙。


 その内の一つ、アラト聖教会から宛てられた手紙は先に内容を確認したルーゴに読まなくて良いと言われてしまったので、リリムは目を通していない。正直リリムも読みたくなかったのでどこかホッとしている。


 そしてもう一方、ギルドマスターであるラァラからルーゴへと宛てられた手紙には、


『君達が住むアーゼマ村、その隣にあるマオス大森林の奥地にて、ロカの実よりも魔力の回復効果が強い薬草があるという噂を聞いたんだ。あくまでも噂だけどね。錬金術師として興味を引かれるからいくつか採って来て欲しいと思うんだ』


 そう書かれていた。


 つまり、これは冒険者ギルドからルーゴへ宛てた依頼だ。そこに付け加えて、薬師のリリムにもその花が持つ成分を調べて欲しいとのことだった。


 ルーゴはこれを承諾し、リリムへ協力を募ってマオス大森林の攻略に挑んだというのが、リリム達がこうして森に足を踏み入れた理由だ。


 ちなみに、マオス大森林とはアーゼマ村の隣にある森の正式名称だったりする。リリムは知らなかった。ルーゴは知っていたらしいが。


「それにしてもロカの実よりもすごい薬草ってなんなんでしょうかね。見たことも聞いたこともないです」

「ラァラからの手紙には花弁が7枚の黄色い花を探せとあるが」

「こうも暗いと見落とす可能性もありますね」


 マオス大森林は巨大樹の森ほどでもないが、背丈の大きい木々に生い茂っており、まだ昼間だと言うのに辺りは夕暮れの様に暗い。


 視界も悪い中、魔物に気を付けながら進まなくてはならない為、ラァラの言う黄色い花を見つけるには中々に骨が折れる。


「微精霊様もまだ見つけられないようですね」


 指先を振るいながらリリムが周囲を漂う微精霊に指示を出す。


 ルーゴがリリムに協力を募った最大の要因は、この『微精霊の加護』を頼ってのことだったが、今回はどうにも力及ばずといった様子でリリムは申し訳なく思ってしまう。


 一応、薬草類に詳しいシルフ達は誘わないのかと聞いてみたが、そのシルフでも未知の草らしく協力は期待出来ないとのことだった。


「お力になれなくてすみません」

「気にするな。まあ、そのうち見つかるさ」

「そうですね。私もロカの実よりもすごいと言う薬草欲しいですし」


 ラァラは恐らくエンプーサであるリリムもこの薬草を欲しがると見越してルーゴに依頼したのだろう。


 しかし、微精霊ですら見つけられないと言うのにも関わらず、ルーゴは『そのうち見つかるさ』と何だか大雑把な様子だった。


 何か当てがあるのかな、とリリム考えこんでいれば、


「って、うわッ」

「どうした、大丈夫か」


 薄暗い森を進んでいるので足元がもつれてリリムは転び掛けてしまった。ルーゴは慌てた様子で駆け寄ってきたので、心配ないと伝えてリリムは立ち上がる。


「大丈夫ですよ。ちょっと転びかけただけですから」

「辺りは暗いからな。明かりを付けよう」


 そう言ってルーゴは腰にあった剣を引き抜いた。


 いつもは丸腰で魔物を倒しているので、リリムはどうして今日に限って剣を持っているのだろうと不思議に思っていたが、なるほど明かりに使うのかとリリムは顔をしかめた。


「何をしているんですかルーゴさん。剣は明かりとして使用する物ではありませんよ。一応、伝えておきますけど」

「そうでもない」


 ルーゴが剣を振るえば、ボウッという音を伴って剣が熱を帯びる。なるほどどうして、周囲が明るく照らされた。


「空気との摩擦で作るのがこの炎剣だ。こうすれば魔力も燃料も消費せずに明かりを点けられる」

「それちょっと凄過ぎないですか?」


 まるで生活の知恵みたいな空気で馬鹿げた特技をルーゴが披露する。アーゼマ村のおばさん達が見ればエコだ何だとありがたがれるだろう。


「実を言うと炎剣は使いたくなかったんだ」

「え、そうなんです? あ、もしかしたら剣って燃やしたらナマクラになっちゃう感じですか? それならちょっともったいないですね」

「こうも暗いと、剣の明かりで魔物が寄ってくるんだ」

「え?」

「魔物が寄ってくるんだ」


 その言葉を証明するように茂みの奥からガサリと真っ黒なクマが姿を現した。以前にも見たことがある魔物、ブラックベアだった。


『ベアアアアアアアアア!!!!』

「どわぁ!? ブラックベアだあァ!?」

「さっそく来たかッ!」


 振り向き様にルーゴが手を振るえば、真横に突き進んだ衝撃波の様な物がブラックベアを吹き飛ばしていった。恐らくだが重力魔法だろう。


 

  

 

 そんなことがあったので、リリムは申し訳ないが炎剣はしまって貰うことにした。


 剣の明かりでいちいち魔物が寄ってくるのではリリムは心臓が持ちそうにない。それに比べれば暗くて多少足がもつれるくらい安いものである。


 今は魔物が寄り付かないほど淡く発光する微精霊に頼んで、足元を照らして貰いながら森を練り歩いていた。


「ルーゴさん、さっきの炎剣って私でも出来ますか?」


 振るうだけで発火する剣は見るだけなら絵面がやばいが、普段の暮らしに応用するならとても便利そうだった。


「どうだろうか。俺は鍛錬を重ねて気付けば出来る様になっていたが、リリムは剣を振ったことはあるのか?」

「う~ん、ないです」

「だとすれば難しいな。剣を正しく振るうだけでも一定の訓練は必要になる」


 言ってルーゴが軽く剣を振ると、今度は飛んで行った剣撃が木々をなぎ倒していった。


「一定の訓練で剣が飛ぶようになるのはルーゴさんだけでは?」

「いや、ラァラも教えたらこのくらい出来たが」

「ラァラさんも出来るのかぁ」

 

 ギルドマスターに登り詰める人を例に出さないで欲しいとリリムは思う。


 魔法も才能だと言われるが、剣の腕も才能なのだろう。その場には居なかったが、ルーゴはジャイアントデスワームを一刀両断したと言うではないか。


 その域に辿り着けるのはきっと一部の者だけだろう。

 それこそラァラだとか。もしくは英雄ルークだとか。


「ルーゴさんって魔法も剣もすごいですし、まるでルーク様みたいですね。名前も似てますし」

「俺は英雄なんてタマじゃあない」 

「謙遜なんてしなくて良いですよ。ルーゴさんは私を助けてくれた英雄ですし」

「そうか。そう思ってくれるなら俺も嬉しい」


 件の黄色い花を探しながら、そんな他愛もない会話を挟んで大森林を二人は歩き進める。


 そしてふと、ルーゴが進めるその歩を止めたので、リリムも立ち止まった。


「ルーゴさん、どうしたんですか?」


 リリムが不思議そうに顔を覗き込めば、ルーゴは森の中のとある一点を見つめていた。リリムもその視線を追ってみれば、その先にあった一つの小さな墓に気付く。


「お墓……ですね。どうしてこんな森の中に」


 その墓には誰の者とも書かれていなかったが、何者かが頻繁にここへ訪れていたのだろう。それを表すように周囲は綺麗に整えられており、墓は綺麗に磨かれて汚れは見当たらない。


 しかし、添えられた花は変えられていないのか、既に萎びていて枯れてしまう寸前だった。


「このお花の包み紙、アラト聖教会の物ですね」

「知っているのか?」

「はい。薄汚れてはいますが、紙にうっすらと教会のマークが」

「そうか」


 リリムが指し示す先には確かに教会のマークが確認出来る。


 つまりここに頻繁に訪れていたのだろう人物はアラト聖教会の関係者だということになるのだが、供養されている人物は誰なのだろうとリリムが首を捻っていると、


「この墓は、自分が仲間に慕われていると勘違いしていた間抜けの物だ」


 背後のルーゴがぽつりとそう漏らした。

 

 何か知っているのだろうかとリリムは振り返ったが、いつもの様子ではないルーゴに思わず押し黙る。余計な詮索はしまいと聞き返すこともしなかった。


「ルーゴさん、大丈夫ですか? とりあえずここから離れましょうか」

「そうだな」


 ひとまずリリムはルーゴの手を引いてこの場を後にした。

 

 


 

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