21:マナドレイン


 リリムはエンプーサだが、その外見は人間と瓜二つである。


 しかしだ。

 エンプーサも魔物としての外見的特徴はいくつかある。


「リリムさん。私も絶滅危惧種であるエンプーサは書物の中でしか知らないのだけど、彼らには羽と尻尾があると聞くわ。リリムさんの体にはそれが無い様なのだけれど」


 リリムの診療所の中で診断を続けるルルウェルの言う通り、エンプーサと呼ばれる魔物には『羽』と『尻尾』が存在する。


 だがリリムの体にはそれが見当たらない。

 どういうことなのだろうかと首を捻るルルウェルにリリムは苦笑しながら説明した。


「もぎました」

「は」

「魔物だってバレたくなかったので切断したんですよ」


 ほら、と言ってリリムがシャツを完全に脱ぎ捨てて背中を見せつける。するとルルウェルの目に二つの生々しい傷跡が映った。


 そしてリリムが下の衣服を少しずらせば、臀部にも傷跡があるのをルルウェルは確認する。


「うわぁ。けっこうな傷跡なのね。リリムさんってアーゼマ村に来たのはいくつだったのかしら」

「たしか5歳の時ですね」


 そう答えるとルルウェルが目元に手を当てる。


 きっと彼女の頭の中では両親を亡くした小さな少女が生き抜く為に、必死で羽と尻尾をもぎ取る壮絶な姿が思い起こされていることだろう。


 リリムにとって今やそれは過去だが、あの時は激痛で泣くに泣いたとしみじみに思い出す。


「いやぁ、あの時は泣きましたね」

「そりゃ泣くわよ」


 

 そんな話を踏まえながら続いたルルウェルの診断が終わり、リリムは装いを正してルルウェルに向き合った。


「ありがとうございます、ルルウェルさん」

「いいのよ、どうってことないわ」

 

 診断結果は、今のところ特に異常は見当たらないで終わった。


 やはり医者ではなく、ただ魔物の生態に精通するだけの調査員であるルルウェルには荷が重かったということだろう。


 一応、ルルウェルはほんの少しばかり治癒魔法を使えるとのことだったが、それでも魔物の体に明るい訳ではない。


「ごめんなさいねぇ。でも一つ言えることは、体に異常が出る前に新鮮な魔力を摂取した方が良いかも、ということだけだわ」

「新鮮な魔力?」

「マナドレインって言うのだったかしら。それを使ってみた方が良いと私は思うのね」


 そうした方が良いとルルウェルが言うのだがリリムは困ってしまう。


 理由としてはマナドレインをされた側がどうなるか分からないという点だ。ルルウェルが教えてくれた文献の話では、エンプーサがそれを使って人々を殺めてきたというではないか。


 もしかすれば吸収する魔力の量が多すぎて殺してしまうのかも知れない。それを伝えれば、


「じゃあ、どこからか魔物を捕まえてくれば良いんじゃない?」


 と言っていたが、これまたリリムは困ってしまう。


「あの、マナドレインの方法は二つありましてですね。その一つは……、あの、ちょっとこれは言えないんですけど。もう一つはその、口付けするんですよ」

「口付け。キスってこと?」

「ですです」


 そう答えるとルルウェルが顔面を歪める。


 きっと彼女の頭の中ではリリムが生き抜くために必死で魔物と口付けする壮絶な姿を思い起こしていることだろう。


 リリムは考えただけで鳥肌が立ってきた。


「ですのでマナドレインは無しという方向で」

「ちょっと待ったァ!」

「どわぁッ!? ティーミア!?」

「そうっす! ちょっと待ったっす!」

「どわぁッ!? ペーシャちゃん!?」


 突如としてベッドの下から姿を現す影が二つ。

 シルフのティーミアとペーシャだった。


 ティーミアはともかくペーシャはリリムの正体を知らないので、今までの話をどう説明したものかとリリムは頭を悩ませる。


 しかし、先ほどまでここに居たルーゴが隠れるシルフ達の気配に気付かない訳がないので、この場での話はペーシャに聞かれても問題はないのだろう。


 そもそもペーシャは同居人なのだ、隠していた以前まではさておき話さない訳にはいかない。


「リリム。話は聞かせて貰ったわ! どうやらマナドレインする相手に悩んでいるようね!」  

「ペーシャ達は知ってまっすよ! うってつけの相手を!」 


 なんて自信満々に言ってのける二人。

 

 話を聞いていたなんて言っているが本当にちゃんと聞いていたのだろうかとリリムは眉根をひそめる。マナドレインした相手はもしかしたら死ぬかも知れないのだ。


「相手が誰だろうと無理ですよ、もしかしたら魔力を吸い過ぎて死んじゃうかも知れないんですからね。駄目ったら駄目です」

「魔力を吸い過ぎてって心配するなら、なおのことうってつけじゃない」

「リリムさん、付いてくるっすよ」


 なんて問答無用でリリムはペーシャに手を引かれてしまう。


 診療所から連れて行かれる前にルルウェルに手を振って挨拶し、リリムはこれからどこに向かうのかと疑問を浮かべる。


 シルフ達が言うには魔力を吸い過ぎても問題ない相手。もしかすれば老い先短い村長なのかも知れないなとリリムは一人で勝手にぞっとする。


「ペーシャちゃん、それにティーミア。一体どこへ向かうんですか? 村長は駄目ですよ、いくら老い先短そうだからと言って」

「あたしを何だと思ってるのよッ!」

「そんなことしないっすよ!」


 どうやら村長ではないらしい。

 手を引くペーシャ達が向かうのは診療所からほんのちょっと離れた空地だった。


 そこにうってつけの相手が居るらしい。


「む。どうしたんだ3人共。俺に何か用か?」


 ルーゴだった。


 兜の上から頬を掻いて不思議そうにしているルーゴのその隣にはラァラもおり、彼女も不思議そうに腕を組んで首を傾げていた。


「リリム君とティーミア君、それにペーシャ君だっけ? そんなに急いで一体どうしたんだい?」


 そう訊ねられればペーシャが意気揚々と前に立つ。


「リリムさんがルーゴさんとキスしたいらしいっす!」


 なんだって?

 リリムは慌ててペーシャの肩を掴んだ。

 

「ぺ、ペーシャちゃん!? なななな何を!」

「私はリリムさんの家でお世話になってまっすからね! 日頃のお礼も兼ねて言い辛い事を代わりに言ってあげまっした!」

「そもそも言おうとしてないですからね!?」


 このいたずら妖精め。

 それは余計なお世話と言うのを知らないのだろうか。

 

 そもそもどうしてドレイン先にルーゴが選ばれるのかが分からなかった。


 もしかしてキスの部分だけを敏感に聞きつけ、勝手にリリムがルーゴを好いていると勘違いしているのだろうか、とリリムは頭を抱える。


「なに頭抱えてんのよリリム。ルーゴはあたしのだけど、キスする相手にうってつけじゃない。だってほら、殺しても死ななそうじゃない? それにすんごい魔法も使えるから魔力もきっとたっぷりだわ。いくら吸っても大丈夫な筈よ」


 『たぶんね』とティーミアが付け加えて、何故ルーゴをドレイン先に選んだかの理由を語った。


 たしかにルーゴはとんでもない威力を誇る魔法が使える魔法使いであり、マナドレインしてもピンピンしてそうではある。


「ルーゴ、君ったら隅に置けないね。リリム君がキスしたいってさ」

「……、これは困ったな」


 困るのか。


 リリムは知らずしてむっとしてしまったのに気が付き、ルーゴに慌てて弁解する。


「いやいやいや、違います違います。これはですね、ティーミアとペーシャちゃんが勝手に言っただけでしてね」


「それにしたって、どうして口付けがどうという話になる」


「違います、違います。るるるるルルウェルさんに言われたんですよ。1回マナドレインしてみた方が良いんじゃないのって。そうですそうなんです」


 ルーゴがこちらに近付いてきたので両手を振って弁解する。マナドレインがしたいのは自分の意志ではなくルルウェルの意志だと強調して。


 すると、ルーゴがずいっと顔を近づけてきた。


「顔が真っ赤だぞ。もしや熱があるのか? マナドレインとやらが出来ないとそうなってしまうのか?」

「ち、違います」

「嘘を吐くな、目が泳いでいるぞ。いいぞ、やってやる。俺にマナドレインをしてみろ。それで落ち着くのだろう」

「むりむりむりむりむりむりですっ!!!!」


 意外にも許可が下りたので、申し訳ないがすかさずリリムはその場を後にする。


 背後からラァラの声で『初心うぶだね』と聞こえた気がしたが関係なかった。

 


 


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