19:悪魔
ルーゴがリリム達の元へ無事に生還を果たした。
アラト聖教会が誇る聖騎士達やリーシャを相手取った戦いだというのも関わらず、アーゼマ村の用心棒は大した怪我もなく、何てことは無いといった素振りすら見せる。
遂には逆にリリムの体を心配する始末だった。
「リリム。怪我は無かったようだな。安心したぞ」
「うぅ……ッ! 大丈夫でず! ルーゴざんのお陰で無事でずぅ!」
場所は冒険者ギルド。
そこに設けられた食堂にて、リリム達はギルドマスターであるラァラに『色々あったみたいだし、お腹も減ったんじゃない?』と言われて、貸し切りでご馳走して貰うことになった。
どでかい正体不明の肉から野菜サラダやスープまでと、豪勢な食事が乗せられた丸いテーブルをリリム達にラァラを加えた4人で取り囲む。
リリムはルーゴの隣の席でフォークを持ったまま、食事に手を付けすらせずに嗚咽をかいていた。
「ルーゴざんも怪我がない様でよがっだでずぅ……」
「お前の顔面はぐちゃぐちゃだな」
涙やら鼻水やらでぐっちゃぐちゃになったリリムの顔面を、ルーゴがどこからか取り出したハンカチで拭ってくれる。
リリム自身も今の姿はみっともないと思っていたが、自分を助ける為に聖域リディルナで一人残ったルーゴが無事に戻って来てくれた事実が、再び顔面をぐちゃぐちゃにしてしまう。
「どうしたんだリリム、落ち着いてくれ」
「だっで、だっでぇ……」
サラダを摘まみながらそんな二人の様子を眺めていたティーミアは、何か思う所があったらしくルーゴにフォークの先端を向けた。
「ちょっとルーゴ、女の子の扱いがなってないわね。こういう時はお前の口を俺の唇で塞いでやろうか、とか乙女心をくすぐること言えば良いのよ」
「お前の口を俺の唇で塞いでやろうか」
「人前でやめで下ざいぃ……」
リリムは一体どこでティーミアがそんな余計な知識を覚えてくるのか気になったが、ひとまずルーゴが困っているので呼吸を整えることにした。
「……オホン。大変お見苦しい所を見せちゃいましたね」
咳払いしながら気恥ずかしそうにリリムは謝罪する。
10分くらいすんすんと泣いていた気がするが、ティーミアとラァラは何も言わずに黙って泣かせてくれたのでようやくリリムは元の調子に戻る事が出来た。
なのだが、隣のルーゴの様子がおかしい。
「リリム。サラダは好きか? 俺がよそってやる」
「え? あ、はい。ありがとうございます」
なんだか妙に優しかった。
「肉は好きか? 今日は疲れただろう、精を付けた方が良い」
「ルーゴさん、自分で取れますから大丈夫です」
「そうか。スープは好きか?」
「ルーゴさん、自分で取れますから大丈夫です」
先ほどからやたらめったらにルーゴがご飯をよそってくれる。さっきまで泣いていた自分に気を使ってくれているのだろうかとリリムは胸が暖かくなった。
されど、ルーゴが盛ってくれた肉野菜は適量が分からなかったらしく山みたいな量になっている。暖かくなった胸から吐き気がせり上がってきた。
「うぷ。盛り過ぎですよ。見るだけでお腹いっぱいになります」
「そうなのか。俺は普段このくらいなんだが」
「だとすれば食べ過ぎですよ。摂り過ぎた栄養はすぐ脂肪になっちゃいますから油断してはいけませんよ」
ルーゴは普段から魔物と戦っており、運動で汗を流しているようだが油断は禁物だ。吐き気を催すほど山盛りにした食事を常に摂っているのだとすればなおさら。
リリムはルーゴのマントを捲って横腹を摘まんだ。
「ほら、こんなにお肉が……付いてない」
「俺は太らないんだ」
「そんな、卑怯ですよ」
「なんでだ」
たしかに卑怯ではないかもとリリムはハタと気付く。
ルーゴは魔物を一撃で消し飛ばす魔法を使えるのだ。消費するエネルギーも激しいだろう。ともすれば、横腹を引っ張っても皮しか摘まめないのはおかしくはない。
「私に魔法を教えてください」
「どうして今の話から魔法を教えてくれになるんだ」
『太る太らないの話してたよな』とルーゴが首を捻り、その横でティーミアが自分にも魔法を教えろと駄々をこね始める。そんな様子をラァラは笑って眺めていた。
食事は進んで行く。
テーブルに置かれたサラダが半分ほどになった頃。
話の話題は、アラト聖教会に一人残ったルーゴはどうしていたのかに切り替わっていた。訊ねたのはラァラだ。
「アラト聖教会で何かあったというのは聞いたけど、詳しい話はまだ知らないからね。教会から脱出したリリム君達を俺に守ってやってくれってお願いしてきたんだ、当然事情を知る権利はあるだろ?」
それに対してルーゴが答える。
アーゼマ村に訪れたリーシャの手によって問答無用で教会へ転送されたこと。そこでリリムの命が狙われたこと。それを理由としてリリムとティーミアをラァラの元へ逃がしたこと。
そういった事情をルーゴが語って行った。
「リーシャには灸を据えて来た。リリムの命を狙うことは今後ないだろう」
「そうかい。内の冒険者が迷惑を掛けたね」
ラァラはギルドマスターだ。
ギルドで抱える冒険者のリーシャが不祥事を起こしたとその心中は複雑だろう。
だが、どうもラァラの中で渦巻いている感情は、リリムが思ったモノとは別物のようだった。
「リーシャと戦ったのか。辛かったかい、ルーゴ」
「別にだ。もう今となってはどうでもいい」
「本当にそれで良いの? 君はリーシャ達に酷いことされたんだろう? 君が生きてた事には驚いたけど、やり返してやろうとかは思わないのかい?」
「最初は思ったさ。だがリーシャにもリーシャの立場がある。あいつを聖女から引き摺り降ろすのは簡単だが、それだと無関係の一般人にまで迷惑が掛かる。だから今まで放っておいた」
ルーゴとラァラは師弟関係にある。
リリムはそう聞いていた。
おそらく昔からの付き合いなのだろう彼らの会話の内容には意図的に濁された部分があり、端から聞けば何の話をしているかが分からないようになっていた。
『リーシャ達に酷いことされたんだろう?』
『君が生きてた事には驚いた』
『リーシャにもリーシャの立場がある』
リリムの耳にいくつか聞き捨てならない言葉が飛び交う。
当然、浮かんでくる疑問は何故ルーゴが正体を隠しているのだろうかだ。リリムもそれが気になって何度か探りを入れようと、ルーゴの魔物狩りに付いて行ったことがある。
何を企んでいるのだろうかと。
しかしだ。ルーゴは自ら進んでアーゼマ村に寄り付く魔物を追い払ってくれる用心棒だ。今日はリリムを助ける為に自ら死地に残った。
そんな彼が正体を隠すのには、きっとやむを得ない理由があったのだろう。今のリリムならそう思えた。
ルーゴの正体が気になる。
どの口が言えたものか。
「ところでなんだけど、どうしてリーシャはリリム君の命なんて狙ったんだい?」
おかしいだろう、と怪訝な表情をするラァラがその問いをぶつけてくるのは当然か。
リーシャの表裏などリリムも知らないが、聖女という立場の彼女が一般人に手を出せば当然問題は出てくる。だからおかしいだろうとラァラは言うのだ。
「私が魔物だったからです」
一時でも守ってくれると約束してくれたラァラにそれを伝えるのは当然の義務だとリリムは考える。
顎に手を当てて押し黙るルーゴの隣で、ラァラは『へぇ』とその返答に目を細めた。
「まるで覚悟を決めた様に言うんだね。じゃあ答えて貰おうか、ひとえに魔物と言っても彼らには種類がある。見たところ普通の人間と代わりないリリム君は一体なんの魔物なのかな?」
同じくそれが気になったのだろうルーゴとティーミアがこちらに視線を送る。リリムは少し短い深呼吸をして返事を戻した。
「エンプーサです」
――悪魔エンプーサ。
それは大昔、人とあまり差が無いその姿を利用して人類に多大な被害を与え、冒険者ギルドに危険生物として懸賞金が掛けられた魔物の名だ。
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