17:冒険者ギルドへ


 夕暮れの王都。


 仕事帰りの者や冒険者達がひしめく大通りの中、雑踏を掻き分けで進んでいく二人の少女――リリムとティーミアの姿がそこにあった。


 リリムは自分の手を引いて忙しなく走るティーミアに問いを投げる。


「聖騎士達は追って来てませんよ! そんなに急いで一体どこへ向かっているのですか!」


 リリムの知る限り、シルフであるティーミアが王都へ来たことがあると言った話は聞いていない。なのに彼女は逡巡する様子もなく大通りをまっすぐに進んで行く。


 街を出てアーゼマ村へ帰る訳でもない。


 ふと後方へ視線を向けても、アラト聖教会の聖騎士達が追ってくる様子はなかった。きっとルーゴが食い止めてくれているのだろう。


「あんたの言う通り、聖騎士達が追ってくる気配は確かにないわ。でも、あたしはどの人間がリーシャの仲間で敵なのか判別が付かない。だから急いでるの!」


「急ぐってどこへ!」


 息を切らしながらティーミアが前方を指で示した。


 その先にあるのは大通りの終点とばかりに佇む巨大な建造物。入口の門の周辺では物騒な獲物を担いだ冒険者達がごった返していた。


「あれ冒険者ギルドですよ!?」


 入口の上部にてこれ見よがしに掲げられていた看板には、リリムの言った通り『冒険者ギルド』と書かれている。


 何を考えているのだろうとリリムは顔色を青くした。


 先ほどリリムを殺そうとしたリーシャは聖女でありながら冒険者だ。その根城である冒険者ギルドに向かっているとは何事なのだろうとリリムは叫ぶ。


「駄目ですってティーミア! あれ冒険者ギルドおおお!」


 言ってもティーミアは聞く耳すら持たず、更には駆けるその足に風魔法を纏ってごった返す冒険者の中を突っ切った。


 ギルドの門すらも風魔法で蹴り開け、体が壁に叩き付けられた所でティーミアの猪突猛進は終わりを告げる。


 流石に風魔法で衝撃を和らげてくれたが、リリムはあまりの勢いで目を回してしまった。


「なんなんですかぁ……、ティーミアぁぁ……」


 ぼやける視界の中で星が瞬いている気がした。


 しかし耳は無事だったので、急にギルドにおし掛けて驚いたであろう冒険者達の喧騒が聞こえてくる。


「おい、何事だってんだ!」

「奇襲かァ!?」

「女が二人飛び込んできたぞ!」

「聖女様とシスターの格好しているぞ!?」


 回った目が段々と回復してくる。


 しばらくして戻ってきたリリムの視界には、なんだか困惑した様子の冒険者達が周囲を取り囲んでいた。奇襲がどうとか聞こえたが、彼らからは敵対心が感じられず、各々が持っていた武器を構える素振りもない。


 リリムはふと気付いた。

 自分が聖女の格好をしていることに。


 そして思い出す。

 自分達が教会から修道服を借りたまま外に出てしまったことに。


 思わぬ形で体験入信に救われた形だった。

 何も聖女はリーシャだけではない。数居る聖女の人相を冒険者達も全て把握している訳ではないらしい。


 とりあえず大騒ぎにはならずに済みそうだった。


「そうよ。あたしはアラト聖教会のシスターティーミアよ」


 さっそく隣のティーミアが修道服を利用する。


「嘘ね。あなたの様なシスターを私は見たことないわ」


 しかしすぐにバレる。

 ティーミアが目に見えてげぇっと顔をしかめた。


「ふふ。誰かと思えばまさかあなた達とはね」


 リリムの視線の先。

 人込みを掻き分けて女性がこちらへ歩み寄ってくる。


 ティーミアの嘘がバレたと思わずリリムは身構えたが、その女性が知った顔だったので緊張を解いた。


「ルルウェルさん!」 


 つい最近だ。メガネを正してこちらににこりと笑いかけるこの女性――ルルウェルがシルフの調査にとアーゼマ村に訪れたのは。 

  

 その隣には護衛として一緒に来ていたガラムも居る。


「おめぇさん達、一体どういった訳でそんな格好してんだ?」


 怪訝な表情をしてガラムが腰を折ってこちらをじろじろと眺めてくる。リリムは反射的に両腕で身を隠してしまうも、ハッとして訳を話した。


「ええと、アラト聖教会で色々ありましてですね……」

「いまいち要領得ねぇな。こういうのはルルウェルにバトンタッチだ」


 ガラムに肩を叩かれ、やれやれと溜息混じりにメガネを正したルルウェルが一歩前へ出た。


「あなた達、アラト聖教会へ行ってきたの? 今日の朝、教会のリーシャがアーゼマ村へ向かったとは聞いてたけど早すぎない?」

「そのリーシャ様に転送魔法で連れて来られたんです」

「まったくあの子ったら。また強引に転送魔法を使ったのね」


 そう言って腕を組んだルルウェルがぷんすかと怒る。

 どうやらリーシャは度々転送魔法を使っているらしい。


「でも、その後にギルドに来たって事は、もしかしてリリムさんとティーミアは冒険者になりたいって事かしら? 歓迎するわ! 誰か、この子達に申請書を持ってきて頂戴!」


 両手を合わせて歓喜するルルウェルが受付嬢らしき女性に向かって手招きする。隣に居たガラムも何故か喜々としてガッツポーズしていた。


「マジかよ! お前らが冒険者になるってことは勿論ルーゴさんも一緒だろ! やったぜ! 是が非でも俺のパーティに入って貰わねえと! おい誰か! 申請書3枚持ってきてくれ! 至急だ!」


 歓喜するガラムが大声を上げて受付嬢に向かって手招きする。そんな喧しい二人とリリムの間にティーミアが割って入った。

 

「違うわよ! 訳ありってリリムが言ったでしょ!」


 そして懐から一枚の手紙を取り出してルルウェルに向かって突き出す。リリムからちらりと見えたその手紙には、ルーゴが手紙を封印する時に使う封蝋が見えた。


「ん! これ読んで!」

「あら、何かしら」


 手紙を手に取ったルルウェルがその内容を目で追っていく。

 その間にリリムはティーミアをちょんちょんとつついた。


「どうしたのよ」

「あの手紙って、もしかしてルーゴさんの物ですか?」 

「そうよ。リーシャが村に来る前にね、ルーゴがあたしに渡して来たのよ。もし、異常な事態があれば、この手紙をギルドの偉そうな奴に渡せってね」


 と、ティーミアは説明した。

 それで冒険者ギルドに来たのかとリリムは納得する。


 それと同時に色々な疑問が浮かんでくる。


 ルーゴはこの事態を予期していたのだろうか。仮にあの手紙がもしもの事があった時の保険だったとしても、それを渡すのが何故ギルドの者に限定されるのか。


 ティーミアは言う。


「あの手紙を渡せば、ギルドのマスターが必ず協力してくれるだろうってさ」


 その言葉を証明する様にして、手紙を読み終えたのだろうルルウェルが咳払いと共にメガネを正してリリム達の前に向き直った。


「色々と聞きたい事が出来たけど、あなた達をギルドマスターの所へ案内するわ」





 

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