間幕:リーシャとの思い出


 リーシャはルークと初めて出会った時のことを決して忘れない。


 それは命を救って貰ったからだ。

 

 巡礼のため王国付近に存在する聖堂に出向いた道のりで、リーシャとその護衛である聖騎士達は凶悪な魔物達に襲われてしまったのだ。


 護衛が全員やられてしまい、次は自分の番かと覚悟した次の瞬間には、魔物達が全て死んでいた。


 真っ赤に染まった辺りに散らばる屍の中、返り血一つとして浴びていない青年とリーシャは向かい合っている。


「もう大丈夫だ。立てるか?」

「あ、あなたは……?」


 手を差し伸べ『ルーク』と快活に名乗った赤髪の青年の姿を、リーシャは今でも鮮明に思い出すことが出来る。


 思えばあの時からだ。

 リーシャはずっと彼のことが気になってしまっていた。







「リーシャ様ってルーク様のことが好きなんですか?」

「はい?」


 とある依頼中に訪れた街の大通りでのこと。

 リーシャと同じくルークのパーティを共にする見習い魔法使い――エルに突然そんなことを言われた。


「エルは何故そのようなことを聞いてくるのですか?」

「だってリーシャ様、ルーク様と一緒に居る時だけテンション高いから」

「う~ん?」


 リーシャの頭上にクエスチョンマークが3個ほど浮かんだ。


 別にリーシャはルークの事を好いてはいない。別にテンションも高くない。かと言って嫌いでもない。なんというか普通だった。


 取り合えず恋愛感情を抜きにして『仲間としてはどうか』と問われれば、リーシャは迷わず好きだと即答するだろう。


 でなければパーティなんて組んでいない。


「どちらかと言えば好きですね」


 とだけリーシャは無難に答えてみせて、


「まあ恋愛感情はないですよ?」


 そう補足した。


 エルが何でこのような事を聞いてくるのかは察することが出来る。彼女はきっとルークのことを好いているのだろう。


 ルークはSランク冒険者ともあってけっこう人気だ。ルーク本人はどうでもいいとして、Sランクという身分の箔に魅力を感じる者が多いのだろう、というのがリーシャの私見。


 なにせ、Sランクはたった一人しか存在しないのだから。世の中は限定品という言葉に弱いのだ。エルはどうか知れないが。


 なにはともあれ、


「私はエルとルークのことを応援してますよ!」


 リーシャはエルに向き直ってガッツポーズした。


「べ、べべ別にそんなんじゃないですし!」


 エルは頬を赤らめてそっぽを向く。

 なんだコイツ可愛いなとリーシャは思った。


「ふふふ、エルはおませさんですね」

「ちちち違いますしー!」


 頭から湯気を放出しながらエルは脱兎の如く逃げ出し、大通りの雑踏へと消え去って行った。『迷子になるんじゃありませんよ』と言えば、人込みのどこからか『はーい』と元気の良い返事が戻ってくる。


「さて、私はどう暇を潰しましょうか」


 今日はこの街で一休みし、次の日の早朝に街を出て依頼主に会いに行く。これがリーシャを含むルーク一向の日程だ。


 まだ宿屋に戻るには時間が早い。

 そう思ったリーシャは小腹が減ったなと、大通りを練り歩き始める。


「なにかこう、甘い物が食べたいですね」


 大通りには人が多く集まる。ということは、それだけの客足を見込んで屋台も数多く出店するというものだ。少なくともリーシャが今居るこの街はそうだった。


 あちこちから良い匂いが漂ってくる。


「あ~また太っちゃいますかね~」


 なんて良い匂いだけを頼りにフラフラしていると、前方でこちらへと手を振っている影を見つけた。何だあれと近づいてみればルークだった。


「リーシャ。こっちへ来い!」


 なにやら興奮した様子でぶんぶん手を振っている。


「ルーク、一体どうしたと言うのですか」

「聞いて驚け、すごいぞ。向こうの屋台で饅頭が半額の店を見つけたんだ」

「あ、はぁ。そうですか……ってちょっと!?」


 ルークは居ても立ってもいられないと、リーシャの腕を掴んで大通りの雑踏へと踏み出す。リーシャは強引なリーダーだなぁなんて思いながら、嫌がる様子もなく付いて行った。




 そして饅頭(半額)を無事購入し、リーシャとルークは街の広場にあったベンチに腰を落ち着かせた。


 隣でルークは饅頭(半額)を嬉しそうに頬張っている。


「美味しいですか?」

「半額でこれ程とはな。この街の物流が乱れるぞ」

「そんなに」

「王都に持って帰って、これと一緒の物を作って貰おう」


 ルークは饅頭の半額で一喜一憂してしまう男なのである。仮にもSランクだろうとリーシャは若干情けなく思った。


 それなりの地位に居る者は、それなりの佇まいを身に付けるものなのだが、なんというかルークには風格がなかった。


 今もこうして人の多い広場に居るというのに、ここの大勢の者達は誰一人としてSランク冒険者が広場に居るということに気付いていない。


 これもルークの風格がなせる技か。

  

「饅頭は最高だなッ」


 隣がうるせぇ。


「誰もここにルークが居るなんて気付きもしませんね」


 時おりこちらを見る者達も『何かあいつら饅頭食ってんな』ぐらいにしか思っていなさそうだった。


「騒がしくなるよりマシだろう」

「それもそうですね」


 リーシャは聖職者という職業柄、それも女神の加護を受けた聖女ということもあり、国のお偉いさんとの付き合いが多い。


 どんな人物が上に立つのか知っている。しかし隣のSランク様は最高だ最高だと半額の饅頭を頬張っている。いかがなものか。


 でも、まあ、あれだ。


「ルークと一緒に居ると、落ち着きます」

「どういう意味だ」

「気が楽と言いますか」


 ルークと一緒に居ると、あちこち連れ回され忙しい聖女という立場を忘れられる。このくらいおちゃらけた者がリーダーの方が気が楽だった。


 こういった関係は友達と言うのだろうか。


 生まれた時から聖女として育てられ、特別扱いされていたリーシャは友達が居なかった。世間で言うところのぼっちだった。


 なんにせよルークとの関係が友達と言えるならば、リーシャにとって彼は初めての特別になる。


 ふと、リーシャはエルに言われたことを思い出す。


「私はルークのこと……」


 ルーク様の事が好きなんですか。

 彼は大切な仲間として好きだ。

 

 なら、向こうはどう思っているのか。 

 リーシャは気になった。


「ルークのこと、私は大切に思っていますよ」

「んん。ど、どうしたんだ急に」


 ルークが急速赤面して切羽詰まったような表情になる。まるでトイレでも我慢しているかのような顔だとリーシャは思った。


「あ」


 そういえばと、アラウメルテという精霊に言われた言葉をリーシャは思い出した。何でも『あーゆー童貞臭い奴に効果絶大な魔法の言葉があるのよぉ!』とのこと。


「ルーク、あなたが私をどう思っているのか聞きたいです」

「さっきから突然なんなんだリーシャ」

「今から私は魔法の言葉を述べます」


 童貞が何なのかは知れないが、リーシャは一呼吸開けてその『魔法の言葉』とやらを実行してみた。


「私の胸、触ってみますか?」

「変態かお前は」

「え、じゃあお尻を触ってみますか?」

「痴女かお前は」


 ルークが無表情になり、ベンチに座っていた腰をずらしてリーシャとの距離を開ける。なんかアラウメルテが言ってた感触と違うなとリーシャは眉根をひそめる。


「リーシャ。お前は聖女じゃなくて性女だったのか?」


「ち、違いますよ! アラウメルテが言っていたのです、男の本心を引き出すにはさっきの言葉が一番効果があると!」


「野性を引き出すの間違いだろ」


 あれー? とリーシャは頭を抱える。

 つまり、なんだ、騙されたのか。


 男はおっぱいや尻を触らせとけば、取り敢えず本音が聞けるとアラウメルテは言っていた。どうやら違うらしい。ルークの引き攣った顔面がそれを物語っている。


「ええと、ええと……、あ、改めますよ?」

「あ……、ああ」


 ゴホンと咳払いして、リーシャはルークの方へと向き直った。


「ルークは私をどう思っていますか?」


 なんだか、気恥ずかしかった。

 頭の上に湯気が立っている気がするが、気のせいだろう。


 思わず顔を伏せてしまうも、ルークの反応がどうしても気になるリーシャは顔を上げる。すると、視線の先でルークが快活に笑って親指を立てていた。


「大切な仲間だと思っている」


 リーシャの表情に目に見えて影が差す。


「それだけですか?」


「なんだ、まずかったか」


「いえ、そういう訳ではないのですが。なんと言えば良いのでしょうか、もっとあるでしょう。私だってこんなんですが女の子なんです、分かりますよねルーク。ねぇ、ねぇ分かりますよね。私がどういう返答を求めているのか。分かりますよね」


「いや分からん! 怖いぞお前、何だ何だ何なんだ」


 リーシャが腰をずらしてルークとの距離を詰める。ルークがまた距離を開け始めたがリーシャは逃さないと距離を詰めに詰めて追い込んでいく。


「ルークは私の事が好きですか?」


 そして追い詰めた。


「いや、それは……」


 ルークの顔色が青ざめている。


 この状況で青ざめるとは一体どういうことなのか小一時間ほど問い詰めたいが、今聞き出したいのはルークが自分のことをどう思っているかだ。  


 アラウメルテの魔法の言葉、もう一度使わせてもらおう。


「ルーク、手を貸してください」


 言ってリーシャは了承を得る前にルークの手を取る。


 大きく分厚い手だった。ごつごつとしていて、硬くなってしまった手まめも付いている。ずっとこの手で剣を握り、魔物を倒してきたのだろう。あの時もこの手で自分を救ってくれた。


 その手をそっと、リーシャは胸に押し当てた。


「私のドキドキ、伝わりますか?」


 少し改変した魔法の言葉を述べる。青ざめたルークの顔面が再び赤みを帯びていく。全く感情の緩急が激しい男だが、そんな所も愛おしく思えてしまう。

 

 エルには悪いことをしたとリーシャは心の中で謝罪した。仲間として好きだなんて言ってしまったが、どうもルークを前にすると好きの意味が変わってしまう。


「リーシャ、自分が何をやっているのか分かっているのか」

「もちろんです」


 お前を振り向かせる為にこうやってるんだ。


 周りの同い年と比べると小さい方だが、こんなんでも勝負は出来る筈。アラウメルテが言っていたのだ。男はおっぱいに弱いと。切れるカードは全部切ってやる。


「ルーク」

「な、何だ」


 リーシャはルークの胸倉を掴み、ぐいっと引き寄せる。


 子供の頃からこの男の噂を聞いていた、なにやらとんでもない奴が居るらしいと。とても強く、Sランクという唯一無二の称号を与えられた冒険者が居ると。

 

 最初は遠目で見るだけだった。

 どんな人なのかなと思った。


 そして、初めて出会った時に魔物から守って貰った。思えば、あの頃からリーシャはルークのことをずっと追いかけていた。気になっていた。


 なんだか勢いに任せている気がするが、リーシャは今なら何でも言える気がした。


「いつか絶対に振り向かせてやりますからね」

「……、とりあえずお前の気持ちは受け取った」

「ふふふ、これからも仲間としてよろしくお願いしますね」




 

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