13:モノクロ騎士
互いに面識がある筈なリーシャがまるで初対面であるかの様にルーゴと接するその理由。
ルーゴはリーシャに殺されかけたと言っていたので、必ず顔は合わせている筈なのだが、面識があるのはルーゴ一方だけという状況が目の前で先ほど繰り広げられていた。
リリムは一体どういう事なのだろうかと首を捻る。
ティーミアは、
「あれじゃない? 辻斬りみたいな感じであの女が一方的にルーゴを殺そうとしたみたいな」
「それだとバーサーカーが過ぎませんか、リーシャ様」
聖女がそんなことする? とリリムは顔をしかめる。
けれどもリーシャは拉致まがいの事をニコニコしながらしでかす為、決して無くないと思えるのが非常に恐ろしい。
その場合、リリムが今まで思い浮かべていたSランク冒険者ルークのパーティメンバーであったリーシャ像が完全に崩れてしまうが。
リリムの知るリーシャ・メレエンテ。
アラト聖教会が抱える聖女の中で最も有名なのが彼女だ。
温和で常に笑みを絶やさず、楚々として職務に励むと王都では圧倒的な人気を誇るらしい。現にリリムもファンであった。彼女に会いたいが為に教会を訪れる者が後を絶たないのだとか。
その人気に加える形で箔を付けるのが、英雄ルークとパーティを同じくしていたAランク冒険者であるという事実。
聖女として。冒険者として。
活発化した魔物の被害に苦しむ人々を憂い、少しでも魔物の数を減らそうと冒険者業に励み、親を失った孤児の保護にも積極的なのだとか。
そういった話をリリムは何度も聞いている。
なので辻斬りなんて狂戦士染みた真似なんてするのだろうかと甚だ疑問である。人の拉致はしでかすが。
「単純に兜を被っているからルーゴさんだと気付かないだけなのでは?」
リリムの見解はこうだった。
「それだと声はどうすんのよ。面識があるなら声とか、ちょっとした仕草で顔を見なくても分かるもんじゃない?」
「むむむ、確かにティーミアの言う通りですね」
「あ、いや、ちょっと待って。そうか、あれがあったわね」
「どうしたんですか?」
何か思い立った様子のティーミアが指を立てて、昔に人間の書物で見たという『とある伝説の防具』を語っていった。
「それは確かルーゴが被ってる兜と同じで真っ黒な色をしてる筈よ。で、その能力は『認識阻害』らしいわ。身に着けた者を誰が誰だか分からなくしちゃうんだって」
なるほど。とリリムは顎に手を当てる。
それならリーシャがルーゴと初対面であるかの様に接する理由と、ルーゴが決して兜を外そうとしない両方の理由に納得が付く。
身に着けた者を誰だか分からなくする防具。
この場合リリムが認識しているのは『真黒な兜を被った者がルーゴ』であるという基準で判別しているのだろう。
ルーゴが何故そんな伝説の防具を持っているのか、何故そんな伝説の防具を身に着ける必要があるのだろうかと新たな疑問が出てくるが。
それはリーシャと会いたくないからで全て片付いてしまう。
一応、ティーミアの言っている事は胸にストンと落ちる気がした。
「ん?」
と、そんな事をティーミアと話し込んでいると、ルーゴとリーシャを追っていたリリム達の視線の先で人だかりが出来ていた。
その中央に居るのがモノクロの珍騎士ルーゴだったので余計にリリムが表情を強張らせる。今度は一体何をしたのだろうかと早足に向かって行けば、
「あなた様が最近、噂のルーゴ様なのですね」
「鎧の上からでも分かります。逞しいお体をしてますのね」
「とっても大きな魔物を剣で斬ったというお話は本当なのですか?」
「詳しくお聞かせ願いたいですわ。今度一緒にお食事でもどうでしょうか?」
「このまっくろなお兜も素敵ですこと。まるで芸術品の様です」
などなどと、教会のシスターや聖女であろうか女性達に囲まれたルーゴの姿がそこにはあった。どうやらルルウェルが流したであろう噂はアラト聖教会にまで伝わっているらしい。
「あぁー!? ちょっとあたしのルーゴに何してんのよ!」
あまりの人気ぶりを発揮するルーゴの様子を見て、慌てたティーミアが人垣に向かって飛び込んでいく。しばらくすると、人波に揉まれて目を回したティーミアがペッと吐き出された。
「ティーミア、大丈夫ですか」
「うぅぅ……。な、なんでルーゴがあんなにモテてるのよ。アーゼマ村だったらそんなこと全くなかったのにぃ」
アーゼマ村はお年寄りだらけだからなぁ、とリリムは思った。ルーゴは村でも用心棒として人気はあるが、お婆ちゃん達の恋愛対象としては見られていない。
それが王都に来るとこんな事になるとは。
「リリムさん、リリムさん、本当に申し訳ありません。どうやら教会の女性達がルーゴさんに興味津々のようでして」
「はぁ、そのようですね」
横に来たリーシャが微笑みながら謝罪してくる。
リリムは心底どうでも良さそうに返事を戻す。
「教会は殿方が少なくてですね。司教様もお歳寄りの方ばかりですし、数少ない聖騎士様達もお堅い方ばかり。皆、色恋沙汰に飢えているのです」
「色恋沙汰かあ。そういえばシスターってそういうの許されてるんですか?」
「アラト聖教会の主神は女神ですからね。男性の方は生涯独身を貫きますが、女性にそういった縛りはないのですよ」
だから聖教会の女性達はあんなにも積極的なのかとリリムは心のどこかで納得する。
「それに、ほら。御覧下さい」
リーシャに手を添えられて視線を促される。
その先に居たルーゴはまるで騎士の様に振舞っていた。
「申し訳ありませんご婦人方。今日の私は護衛の身ですので皆様のお相手が出来ません。ですので今度、暇が取れましたらこちらへ伺いますので、しばしのお時間を頂けないでしょうか」
なんてシスター達に一礼を交えて断りを入れていた。
聖騎士の鎧を着こんだその姿も相まって、どことなく様になって見える。頭が真っ黒の兜なこと意外はほぼ満点なのではないか。
「とてもお強いという噂も聞きますし、お顔を隠しているそのミステリアスな雰囲気も人気の秘訣なのでしょうね」
「そ、そうなんですかね」
リリムはルーゴの顔を未だ見たことはない。
確かにミステリアスと言われればミステリアスである。
不審と言われれば不審とも言えるが。
腕を組んでしばらく様子を見守っていると、ようやくルーゴが人垣を抜けてこちらへと向かってくる。
未だシスター達の尾を引くような視線に追われる中、ルーゴはこちらへ寄ってくると手を差し伸べて来た。
意図が分からずリリムが頭に疑問符を浮かべれば、
「人が多くなってきた。離れるといけない、俺の手を取れリリム」
理由は敵地の真っ只中だからなのだろうが、先ほどのルーゴの騎士然とした振舞いを見たリリムは妙に小恥ずかしくなる。
「ルーゴさん。み、皆が見てますから……」
「ならばなおの事だろう。誰が敵か分らんからな」
「わ、分かりました」
リリムは思わず手を取ってしまった。
以前にも森の中で『危ないから』といった理由で手を引かれたが、その時とはまるで胸の内に渦巻く感情が違う。
「ちょっとルーゴ、あたしとは手ぇ繋いでくれないの?」
「お前は強いから問題ないだろう」
「じゃあ反対の手はあたしが貰うわね」
「駄目だ。両の手が塞がったら誰がお前を守るんだ」
「ちょ、その言い方は卑怯よ」
隣でルーゴとティーミアがめおと漫才していたがまるで頭に入ってこない。つい顔を伏してしまう。リーシャがニマニマとしながらこっちを見てくるのが気に入らない。
「あの娘、ルーゴ様とどういったご関係で?」
「体験入信にいらしたリリム様ですよたしか」
「ああ、田舎で薬師をやっているという噂の」
「ということはルーゴ様と一緒の村に」
「う、羨ましい」
背後から飛んでくるシスターや聖女の嫌な視線でチクチクと背中を突かれ、なんだこれと思いながらリリムはルーゴに手を引かれてこの場を後にした。
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