12:アラト聖教会


「ではリリム様。こちらにお召し物をご用意しましたので」

「は、はい。ありがとうございます」


 田舎にあるリリムの診療所とは違い、どこか厳かな雰囲気の一室にてリリムは聖女の衣装である聖法衣を手にする。


 リーシャの転送魔法によって強制送還された先はアラト聖教会であった。


 そこに儲けられた衣装室の内装はリリムが手にする聖法衣の様に白を基調としており、一部を金色の装飾品で飾り付けられていた。


 恐らくアラト聖教会全体がそういう造りになっているのだろう。


「リリム様? 聖法衣はお気に召しませんでしたか?」

「あ、いえ、そういう訳では。後は自分で着替えれますので、ちょっと席を外して貰えると助かります」

「承知いたしました」


 教会のシスターだろうか、修道服に身を包んだ女性がリリムに頭を下げて衣装室を後にする。


 無理やり連れて来た割りにはリリムに対して無警戒が過ぎるが、まるで神が見ているので問題ないといった対応だ。


 事実、同じくアラト聖教会に転送されたルーゴからは、


『ここは敵地だ。しばらくは大人しく言うことを聞いていよう。いくら俺でも周り全員が敵となればお前達の安全が保障出来ないのでな』


 と提案されたのでリリムは下手に動けない。


「この聖法衣? 着なきゃ駄目かなぁ」


 リリムが手に持つ衣装は、聖女が普段身に着けている『聖法衣』と呼ばれる衣だ。作り自体は修道服と同じであったが、色が真っ白なので悪目立ちしそうである。


 聖女ではないのであまり気乗りはしないが、ルーゴに言うこと聞いておけと言われてしまっているので、リリムは仕方がなく聖法衣に袖を通すことにした。


「よし、これでいいかな」


 姿鏡に自身を映し、一応と服に乱れがないことを確認する。なるほど、どうして。服装さえ正してしまえば田舎娘もどうにか聖女として見えなくはない。


「あ、意外といけるのでは……」

「ちょっとリリム! いつまで着替えてるのよ!」

「うわぁッ!? ティーミア!」


 突然、扉がけたたましく開かれティーミアが姿を現した。


 どうやら彼女も別の部屋でお着替えさせられていたらしく、シルフの装いから修道服へと衣装チェンジしていた。


「どう? 見て見て、シスターティーミアよ」

「わぁかわいいですね」

「でしょでしょ」


 その場でくるりと回ってティーミアが自身満々と胸を張る。


 リリムの中でシスターはお淑やかなイメージがあったが、ティーミアの様な活発な子もこれはこれでありだなと思わされた。


「ちょっとこっち来なさいよリリム。あんたに面白い物見せてあげるわ」

「面白い物?」


 手を引かれて衣装室から抜け出すと、そのまま連れられ教会の廊下を早足に進んで行った。


 途中途中で儲けられたステンドグラスが陽光を通して廊下を照らしており、女神と思しき像も視界に入ったのでリリムは本当にアラト聖教会に転送されたんだなとしみじみに思った。


 と、それも束の間、廊下の奥で一人の聖騎士がリリム達を待ち構えていた。


「リリム、遅かったな」

「え? 誰ですか?」


 そこまで言い切った所でリリムはハタと気付いた。

 この真白な鎧を着こんだ聖騎士が真っ黒な兜を被っていることに。


「もしかしてルーゴさん?」

「見て分かってくれ」


 リリムの眼前にはなんともまあ珍妙なモノクロ騎士が突っ立っていた。どうやら転送されたルーゴもアラト聖教会に相応しい装いに衣装チェンジさせられたようだった。


 それでも外さないのかその兜。

 後ろでティーミアが腹を抱えて廊下を転げ回っているのでどうにかして欲しい。


 




「お召替えが終わったのですね。皆さまとってもお似合いですよ」


 着替えが終わった3人が集まり、それを見計らった様にリーシャも上機嫌そうに合流する。


 手を合わせて笑みを浮かべるリーシャだったが、視線をルーゴへ移すとその表情がやや引き攣った。聖女の観点からもモノクロは駄目らしい。


「か、兜はそのままなのですね」

「駄目か?」

「い、いえ。そういう訳では」


 声色を不機嫌そうにしてルーゴはリーシャを睨みつけていた。不快感を隠そうとしないその態度にリリムはルーゴの鎧をちょんちょんとつつく。


「ルーゴさん、あまりリーシャ様を刺激しない方が」

「む。ああ、そうだな。すまない」


 リーシャは人の話を聞きもしないし、転送魔法を使って誘拐まがいな事をする要注意人物だ。少なくともリリムの中ではそういった認識になっている。


 下手に刺激すれば次に何をしでかしてくれるか分からない。

 なのでリリムは注意する。


 それにルーゴが先に言っていたではないか。

 リーシャは平気で人を殺そうとする危ない奴だと。それに殺されかけもしたと。だからルーゴは不快感を露わにするのかも知れないが。


「では、今日は体験入信なのでアラト聖教会がどういったものなのかを簡単に見学しましょうか」


 こちらです、とリーシャが一言を添えて廊下を歩いていく。この隙に逃げられないかと思ったが、ルーゴとティーミアが彼女を後を付いて行ったので、リリムも大人しく3人の後を付いて行くことにした。


 リーシャがまず案内したのは教会の東に位置する礼拝堂だった。


「うおぉ、綺麗ですね」


 思わず言葉が漏れる。

 そこに飾られていたのは巨大な絵画。

 

 視線が引きずり込まれると表現すれば良いか、礼拝堂に入ったリリムの視線はまず見事な色彩で描かれた絵画に吸い込まれた。


「ふ~ん、これが人間の文化なのね。良いじゃない」


 どうやらティーミアもリリムと同意見のようだ。


 素人目に見ても綺麗だ、そう思わせられる絵には1匹の鳥と一人の女性が描かれている。赤い羽の鳥、鎧を着こんだ女性、その二つが絵画の中に収められていた。


 女性の方は恐らく女神アラトなのだろう。

 教養があまり無い田舎娘のリリムにもそれは分かる。


 ただ、赤く燃え上がるような翼を持っている鳥の方は分からなかった。あれはなんだろうとリリムが首を傾げていると、


「あれは不死鳥ベネクスだ」


 そうルーゴが解説する。


 なんでもその鳥は不死の肉体を持っており、いくら殺そうがその身を再生させて仕返しにやってくる厄介極まり無い鳥とのこと。


「故にベネクスは復讐の象徴として様々な文献に記されている」

「へぇ、そうなんですね。ルーゴさん物知りですね」


 てっきり絵画についてはリーシャが解説してくれると思っていたので、リリムはルーゴの意外な一面に驚いてしまう。自分と同じくこういった面での知識は無いのかと勝手に思い込んでいた。


「お前も恋愛小説ばかり読んでないで、もっと他の書物にも目を通せ」


 と、おまけに注意されてしまう。

 こればかりはリリムも照れながら素直に頷いた。


「あたしも不死みたいなもんだから、ここに描かれたりしない?」

「それは無理じゃないですかね」


 隣でティーミアがそうのたまっていた。


 よっぽどあの絵画が気に入ったのか、自分も絵として絵画の中に収まりたいらしい。無理と答えれば『なんでよ!』と頬を膨らませている。


「ベネクスもアラトも実在していて今も世界を見守っている。加護という形でな。妖精王の加護も然り。ティーミア、いつかお前も世に加護を降ろす存在になれば、ここの絵画に描かれるかも知れないぞ」

「ほんとッ!? じゃあもっともっと頑張るわ!」


 一体何をどう頑張るのかは知れないが、ティーミアを上手く宥めるルーゴの博識ぶりにリリムは感心するばかりだった。


 リーシャも同じようで、目を輝かせながらルーゴに駆け寄って行く。


「す、素晴らしいですよルーゴさん! ベネクス様に関する知識だけでなく、一般教養としてあまり広まっていない加護にまで明るいだなんて! 聖騎士に! 今すぐアラト聖教会の聖騎士になりましょう!」


「ええい、ならん! 前にも言っただろう、聖騎士にはならんと!」


 リーシャに取られた腕をルーゴは強引に振りほどいた。


 リリムはまた強引な勧誘が始まったなと、そう思ったのだが意外にもリーシャは呆気を取られた様にぽかんと口を開けており、以前の様な強情な姿は見せなかった。


 なんとも言えない雰囲気が漂う中、リーシャが言う。


「あ、あら? 勘違いでしょうか。私、ルーゴさんを聖騎士に誘ったのは今回が初めてなのですが……」


「……、知らん。次に行くぞ。今日は体験入信なのだろう?」


「あ、お待ちくださいませルーゴさん! 私が案内するんですよ!」


 誤魔化す様に礼拝堂を後にしようとするルーゴをリーシャが慌てて追いかけて行く。


 残されたリリムが今のやりとりにとてつもない違和感を感じている中、ティーミアはその違和感の正体に答えを出した。


「ねえ、ちょっとおかしくない?」

「な、何がです?」

「ここに来てからずっと思ってたんだけどさ。ルーゴがあの女に殺されかけたってあんたも聞いたでしょ。ってことはルーゴとリーシャはお互いに面識があるってことじゃない? それなのにさ」


 ティーミアは続ける。


「あのリーシャって女、まるでルーゴと初対面の様に接してない?」


 たしかに。

 リリムはそう思った。 




 

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