11:人の話を聞かない聖女様


 ルーゴの頼みはこうだった。


 以前、聖女リーシャ・メレエンテに殺されかけたことがあり、顔も合わせたくないので自分の代わりに勧誘を断って欲しい。とのこと。


 村長に頼もうにも高齢であまり無理はさせたくないらしく、そこでルーゴはアーゼマ村で親しいリリムにそれを嘆願したという事だった。


 一応、Aランク冒険者でもある聖女を相手取っての話なので、そこそこ実力のあるティーミアにも、リリムの傍に居て欲しいとお願いしたらしかった。




 そういうこともあって今、王都からやってきた聖女リーシャがリリムが暮らす診療所へと足を運んでいた。


 薬草の匂い漂う診療所の一室。

 そこでソファに腰を下ろすリリムの対面に、テーブルを挟んでリーシャが向かい合っている。


「申し遅れました。私、アラト聖教会で僭越ながら聖女を務めております、リーシャ・メレエンテと申します。どうぞ、お見知りおきを」


 まるで絹糸みたいな金色の長髪を揺らしながら、聖法衣のスカートをちょんと摘まんでリーシャが挨拶をリリムに飛ばしてくる。


 なんとう言うか、こう、気品が溢れていた。

 ソファに腰を下ろすその所作も華があるというかなんなのか。


 聖職者、あるいは聖女という肩書がそうさせているのか、Sランク冒険者ルークのパーティメンバーであった事実がそうさせているのか、田舎娘のリリムには全く分からない。


 なんだか薬草の匂いを搔き消して良い香りも漂ってきた。これが女神の匂いか、とリリムは頭がおかしくなってくる。

 

「お、お見知りおきを……」

「ふふふ、そんなに畏まらないで。私のことはただの小娘と思って貰って構いませんので。実際に小娘ですからね。ふふ」

 

 口に手を当てて上品にリーシャが微笑む。


 これが聖女の余裕なのだろうか、どこかの妖精王も見習って欲しいもんだとリリムは他人事に思ったが、その妖精王がリリムの隣に座っているので他人事ではない。


「リリム! あんたな~にビビッてんのよ! 聖女が何よ、あたしは妖精王なんだからね。そこんところよろしく!」

 

 ティーミアがビシッと音を出しそうなほど勢いを付けてリーシャに指先を突きつけた。


 聖女相手にあまりに失礼な態度、そう思ったのはリリムだけではないらしく、リーシャの護衛で来ていた一人の聖騎士がピクリと眉根を顰めて腰の剣鞘に手を掛けた。


 それをリーシャが無言のまま手で制す。


「なによ。あたしとやろうっての?」

「ちょっとティーミア、やめてください。相手は聖女様なんですから、あなたもシルフの長として軽はずみは言動は謹んでください」

「うぐっ……。わ、分かったわよ」


 シルフの長として。リリムにそう言われてティーミアが押し黙る。その様子にリーシャはにこりと笑って目を細めていた。


 ティーミアが聖女に向かってこんな態度をとる理由はリリムにも分かっている。それはルーゴが彼女に殺されかけたと聞いたからなのだろう。


 リリム自身もそうだ。


 ファンであるルークのパーティメンバーであったリーシャを前にしても、素直に喜べそうになかった。ルーゴが言っていたのだ、この聖女は平気で人を殺そうとすると。


「ティーミアさんも落ち着いた事ですし。ではさっそく本題に入るとしましょうかリリムさん」 

「そうですね」


 真相はどうあれ、せめて油断はしないようにしよう。


 リーシャは聖女であると同時に、ギルドの『Aランク冒険者』なのだから。となりに妖精王ティーミアが居るのだとしても気を付けるべきだ。


 リリムが腰を据えると、リーシャは同意と取って話を進めるように口を開いた。


「ではでは、リリムさんとティーミアさんが王都に来て貰うのは前提としまして、話の主はアーゼマ村の用心棒ルーゴさんという方ですね。ここにはどうしてかいらっしゃらないようですが」

「いやいやいやいや、ちょっと待ってください」


 今こいつなんて言った?


「私は王都に行く前提なんですか!?」

「な~んであたしまで王都に行くことになってんのよ!」


 何故か王都行きが決定していた二人が身を乗り出して抗議する。


 ルーゴへの勧誘を断って欲しいという頼みは聞いていたが、まさか自分にまで飛び火するとはリリムも思っていなかった。ティーミアも同様だろう。


 しかし、対面のリーシャはそんな抗議はなんのその。


「いえいえ、お二人方も大変素晴らしい才能をお持ちと聞き及んでおります。その力は是非にも王都で発揮して頂きたく、私の方で既に手配は進めておりますので」


「ちょっと!勝手に話進めないでよ!」


「いえいえ、実は私に女神アラト様のお告げが降りてまして。なんでも魔物の娘が王都に救いを下さるのだとか。私はその魔物の娘がティーミアさんだと確信を持っています故、王都に来て頂けないと国が困ると言いますか」


「え? ちょっとあたしの話聞いてる!?」


 たぶん全然聞いてない。


 リーシャは『話聞きなさいよ!』と猛抗議を受けてもなおティーミアの手を両手で掴んで捲し立てていた。決して逃がさないという強い意志を感じる。


 リリムは宗教怖えぇと思っていたが、突如リーシャの首がぐるりと回転してこちらを向いたので体をビクリと震わせる。


「リリムさん、リリムさん。あなたもですよ。なんでも大層素晴らしい効能を持ったお薬を調薬出来るのだとか。友人のルルウェルがそう絶賛していたのですよ。私はリリムさんのその技術は王都で大勢の人々に振舞うべきだと思いましてですね」


「あの、ルルウェルさんには以前お断りしたんですけど」


「いえいえ、リリムさんの薬師としての腕前はまだこの目で見た訳ではないのですが、こう直観と言いますか、私は確かであると確信に至っております。なので是非にも王都へ来て頂きたく存じておりましてですね」


「え? 私の話聞いてますか!?」


 たぶん全然聞いていない。

 すんごいぐいぐい来る。


 リーシャという人物は恐らく人の話が耳に入らないタイプなのだろうか。リリムが怪訝な表情を浮かべても、気付いていないのか目を輝かせて王都へ来て欲しいと捲し立てるばかり。


「王都への準備は出来ておりますので、さっそく今から向かいましょう!」


 などと言うリーシャに手を取られそうになったので、リリムは思わず彼女の手を振り払ってしまった。すかさず護衛の聖騎士が剣鞘に手を掛けたのでリリムが顔色を青くする。


「ちょちょちょ聖騎士様! 今のは別に危害を加えようとした訳じゃ!」

「そうですよ、リズ! 今すぐその物騒な物から手を離しなさいな!」

「あ、そこは話聞いてくれるんですね」


 リーシャが制止してくれたお陰でリズと呼ばれた聖騎士が剣鞘から手を離してくれた。命拾いしたなとリリムはホッと胸を撫でおろすが、まだ安心するのは早かった。


 聖騎士が止まってもリーシャに止まる気配がない。安堵したのも束の間、手を取られてしまった。

 

「全く騎士というのは野蛮ですね。未来の聖女候補であるリリムさんの肌に傷跡が残ったらどうするつもりなのでしょうか。ね? リリムさん」


 ね? ってなに。とリリムは眉間にしわを寄せる。


「すみません、ちょっと話聞いてなかったみたいなので、もう1回今の話をして貰っても良いですか?」

「リリムさん、聖女になりましょう」

「いやいやいやいやいや」


 話が全然分かんねぇとリリムは頭を抱える。


 王都に来てくださいまではなんとか理解出来るが、そこから聖女になりましょうは話が飛躍し過ぎではないのか。


 リリムが聞きそびれただけで2つ3つは重要は話を間に挟んでいたのかも知れない。


 そういえばとリリムは思い出す。

 ルーゴが頼み事をする際にこんなことを言ってたのだ。


『リーシャは詰め寄りが激しいタイプの女性だ。雰囲気に呑まれる前に断りを入れるのが吉だ』


 その言葉が頭に過り、リリムは一つコホンと咳払いをする。


「リーシャ様、お話があります」


「いえいえ、お話したいのは私なので、王都に来てくださった際には衣食住は全てこちらで見ますのでどうぞご安心を。何も悩むことはありませんよ」


「こんなにぐいぐい来ることある!?」


 聖女の勧誘が来たと思ったら、次の話題でもう王都での生活の工面の話をされていた。怪しい押し売りでもここまでぐいぐいは来ないだろう。


 隣のティーミアに助け船を出して貰おうにも『あたしは? あたしには聖女にならないって聞かないの?』とかうつつを抜かしていたので期待は出来なさそうだった。


 たしかに聖女リリムと呼ばれるのはやぶさかではないが、リリムは王都へ行く気はさらさらないのだ。


 なので大げさにゴホンと咳払いをしてリーシャの口撃に終止符を打つ。


「リーシャ様!」

「はい? どうかされましたか?」

「いいですか? よく聞いて下さい。あなたのお話は全て断ります。私もティーミアもルーゴさんも王都へ行くつもりは全くありません」

「そ、そんな……」


 ようやくこちらの話が耳に通ったリーシャが表情を青くする。聖騎士も不機嫌そうにしていて少し恐いが、やっとリリムへ回って来た反撃のチャンスなのだ。


 護衛が恐ろしくて身を引いている場合ではない。


「そうです! 全て却下です! なので王都へお帰り下さい!」

「じゃあリリムさんも一緒に帰りましょう!」

「へ」


 ガシッと手を掴まれた途端にリーシャの足元が淡く発光した。


 リリムが驚く暇もない、展開された魔法陣が金色に輝き始め、診療所の室内が光に包まれる。


「なに? なに!? 何事ですか!?」

「王都への『転送魔法』です。断るにしても決断を急ぐ必要はありませんよ。ですのでアラト聖教会へ体験入信してみましょう。きっとお気に召してくれる筈ですよ」

「リーシャ様は生き急ぎ過ぎですよ!?」


 床に展開されている魔法陣は転送魔法と言っていた。

 リーシャの言葉通りなら、このまま王都へ連れてかれるのだろうか。


「あたしの手を掴みなさい!」


 一瞬反応に遅れたティーミアが遅まきながらリリムの手を取り、この場から逃れようとするも判断が遅かった。


 魔法陣が強く輝き始める。

 転送まで間もないことは魔法に関して素人のリリムにも分かった。


 視界が光に包まれて行く。


 その時だ。


「リリム! ティーミア!」


 診療所の窓を突き破って何者かが侵入してきた。


 リリムの視界の端に捉えたその男は真黒の兜をしている。ルーゴだ。咄嗟の助けに入れる様に診療所の近くで待機していたのだろうか。


 しかし、ルーゴもまさか強引に転送魔法を使用されるとは思わなかったのだろう。


「間に合わんか!」

「これはこれは。ルーゴさんも来て下さりましたね。では、お三方を纏めて王都へとご案内致しますね」


 そう微笑んでリーシャが両の手を柔らかく合わせると、診療所を包んでいた光が消え失せた。


 転送魔法。


 それは魔法陣の上に立った全ての者を瞬間移動させる高等魔法だ。いくら魔法耐性が強かろうが抗う術もない。


「お待たせっす。皆さん、ハーマルさんから茶菓子貰って来まっしたよ」


 診療所には遅れてやってきたペーシャしか残されていなかった。


「あれぇ? 皆どこ行ったのかな」

 





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