10:教会からの手紙


 王都から来た視察の者達が帰ってから3日。


 リリムの診療所兼自宅には決して少なくない手紙が山積みになっていた。


「リリムさん、これなんのお手紙っすか?」

「お薬を調合して欲しいって依頼ですよ」

「これ全部!? うげげ!」


 リリムの机の上に置かれた大量の手紙。

 その量と中身の内容を知ってシルフのペーシャが顔を青くした。


 なにせ手紙の中身のほとんどが薬の調合の依頼であり、指定する薬のどれもが調合の難しい物ばかりなのだから。


「でもでも、どうしてっすかね。リリムさん宛に調合依頼が来るなんて。田舎の診療所に居る薬師なのに」

「割と失礼ですねペーシャちゃん」


 意外と毒を吐くペーシャはさておき、何故リリムの診療所にこんなにもたくさんの依頼が届くようになったのか。その原因はなんとなくリリムには分かっていた。


「たぶん、ルルウェルさんかな」


 3日前にアーゼマ村に訪れたルルウェルが王都で何か吹調したのだろう。恐らくは腕の良い薬師が田舎のアーゼマ村に居る、と。


 そう言ってくれているのならリリムも嬉しいが、それが元で難しい薬の調合依頼が来るなら思わず頭を抱えてしまう。


 別に作れない訳ではないが、調合が難しい物は素材を調達する時点で難易度が高いので、簡単にほいほい作れる訳ではないのだ。


「見て下さいっすリリムさん。この手紙なんて強力な媚薬を作ってくれって書いてありまっすよ。下品っすね」

「うわっ。そういう目的も分からないようなものはペイしましょう」


 ただの薬を依頼してくるだけならまだしも、中には毒性のある薬や即効性の高い眠り薬の依頼も含まれていた。使用目的も書かれていないので見るからに怪しい。


 窓の外に居るルーゴも、


「田舎ならもし薬を調べられても出所が分かりづらいだろう。いかにも犯罪者が使いそうな手口だ。もし犯罪が起きたとして役人も王都で出回る薬ではなく、アーゼマ村で調合された物とは思うまい」


 などと言っていた。


 聞くだけでリリムは身が竦んでしまう思いだ。まさか依頼を受けてしまったばっかりに犯罪の片棒を担ぐことになってしまうなんて。


「勿論のこと、調薬した者も檻に入れられるだろうな」

「ひえぇ、怖いですね。じゃあきっぱり断ることにします」

「その方が良い」


 ペーシャに指示を出して内容が怪しい物は全て燃やして貰うことにする。断りのお手紙は後で出すとして、リリムは先ほどから気になっていることをルーゴに訊ねた。


「なんで窓の外に居るんですか?」

「え? あ、いや、窓辺にリリムを見かけたから話しかけたのだが、駄目だったか?」

「意外と可愛い所ありますね」


 『え?』と気の抜けた声を出すルーゴ。


 普段の用心棒とした姿からは考えられない素っ頓狂な声に、いつもの様子ではないなとリリムは感じとった。


 わざわざここへ足を運んでいる事といい、何かリリムに用事があるのかも知れない。


「ルーゴさん、もしかして私に何か用ですか?」

「む。ああ、そうだった」 


 そう言ってルーゴは懐から大量の手紙を取り出した。


 どうやらルルウェルが吹調したのはリリムの事だけではなく、ルーゴのことも同様に好き勝手言い回っているらしかった。


 何やらアーゼマ村にはジャイアントデスワームを倒せる実力を持った者が居るらしい、とかなんだとか。


「それでギルドから勧誘されたりしてるんですね」

「そうだ」


 手紙の量を見る限り、勧誘は何もギルドからだけではなさそうだが。きっと色々な所からその力を貸してくれとお願いされているのだろう。形は違えどルーゴもリリムと同様に苦労しているようだった。


 しかし、それがどうあれ何故にリリムへの用事が出てくるのだろうか。


 そうリリムが不思議そうにしていると、ルーゴは大量の手紙の中から一枚、やたらと丁寧に包装された真白い封書を取り出した。


「それって『アラト聖教会』からの手紙じゃないですか?」

「そうだ。これが問題なのだ」


 アラト聖教会。


 リリムもあまり詳しくはないが、王都を根城とした宗教団体らしい。なんでもアラトと呼ばれる女神の力を授かった『聖女』と呼ばれる女性達を中心とした集団とのことだ。


 その聖女の中でも特に有名なのがリーシャ・メレエンテ。


 聖女の肩書だけではなく、Sランク冒険者ルーク・オッドハイドのパーティメンバーとして数多くの功績を上げているので、田舎の村娘であるリリムもその名を知っている。というかファンだった。


「私、ルーク様の大ファンなのでリーシャ様の名前なら知ってますよ」

「そのリーシャから内のパーティに入らないかと手紙が来たんだ」

「またまたぁ。ルーゴさんにそんな手紙が来るわけ」

「本当だ」

「は」

「本当だ」


 『見てみろ』とアラト聖教会からの手紙を手渡され、リリムはそこに綴られた文字を目で追っていく。中でも特に目を見張る一文をリリムは読み上げた。


「『ルーゴ様。私のパーティに入って頂けませんか? 近々、そちらへ伺いますので、ぜひお話でも如何でしょうか』」


 たしかにルーゴの言う通り、それはリーシャから宛てられた勧誘の手紙であった。包装に押印された封蝋もアラト聖教会からの物なので、いたずらや偽物の類ではない。


 リリムは窓の縁に両手を叩きつけてルーゴに視線の切っ先を向けた。


「入りましょう」

「断る」

「入りましょう」

「断る」


 思わず『どうしてですか!?』とリリムが声を荒げても、ルーゴはかぶりを振るばかりではっきりと否定の意を露わにしていた。どうやら勧誘は断るつもりらしい。


「リーシャ様からのお誘いなんて今後二度とないですよ?」


 それにルーゴの実力があれば、リーシャと共に肩を並べても遜色はない筈だ。リリムがその事を伝えても、ルーゴは困った様に兜の上から頭を掻いていた。


「昔、王都で色々とあってだな。それでリーシャとは顔を合わせたくないんだ」

「リーシャ様と昔に色々……?」


 兜を被って顔を隠しているくらいなので、昔に色々あったというくだりはリリムも納得出来る。何もなければ顔を隠す必要がない。


 しかしだ、その色々あった相手がまさかリーシャとは。


「痴情のもつれですか?」

「違うな」

「元カノとかですか?」

「違うな」


 終いにはルーゴに『俺がそんな風に見えるのか?』と言われてしまったが、兜で顔を隠す男には言われたくないとリリムは思った。


 女性のお誘いに対して男性側が顔も合わせたくないと。


 リリムは恋愛小説などを嗜む年頃乙女の15歳なのでどうしても思考回路が恋愛方面に行ってしまいがちだった。


「リーシャと何かあったと言われれば、俺はあったと答えるしかないのだが。話の主はそこにはない」

「あ、そういえばそうでした。私に何か用事があったんでしたね」

「そうだ。手紙には近々アーゼマ村にリーシャが来るとあったが、先ほども言った通りに俺は彼女と顔を合わせたくない。そこで頼みがある」


 そこまでルーゴが説明すると、その声色が改まった物になった。


 リリムとしては、ルーゴは用心棒としてこれまで色々と村を手助けしてくれているので、出来る限りその頼みとやらは聞いてあげたいのだが。


「俺は一度リーシャに殺されかけている。だからリリム、俺の代わりに奴の勧誘を断ってくれないか?」

「はい? 殺され……え? 今なんて言いました?」


 あまりに突拍子もない頼みに、リリムは思わず聞き返してしまった。

  


  


 

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