09:アーゼマ村の用心棒
薬師リリム。
妖精王ティーミア。
村の用心棒ルーゴ。
3人の加護持ちを保有するアーゼマ村は人材の宝庫である、とルルウェルは確信していた。こんな辺境の地にわざわざ足を運んだかいがある。他にもまだまだ逸材が居るかも知れない。
「ペーシャちゃん、あなたって何が得意なの?」
例えばそう、リリムの診療所でお手伝いをしているらしいシルフのペーシャとか。
「得意? う~ん、私は何が得意なのか分からないっすね」
どうやらペーシャは自分の得意事が分からない様子。腕を組んでしばし沈思するように首を捻っていた。
「あなたが普段やっていることをお姉さんに教えてくれれば良いのよ」
「そうなんすね。私は普段、この診療所でリリムさんと一緒に薬の調合をしてまっすよ。リリムさんと肩を並べるのは流石に難しいすけど」
「薬の調合!? 器用なのね、すごいわ」
「あとは、薬の材料の調達っすね。2週間前まで森で過ごしていたので、ここいらの植物の種類は全部分かるっすよ」
「まるで歩く図鑑だわ」
ギルドではたびたび『どこぞに生えてるこんな植物を採って来て欲しい』といった依頼が入ってくる。しかし王都から外へ出れば当然魔物が居るので、草を持ち帰ること自体が素人には難しい。
そんな外界で今までを生き抜き、かつ植物にも聡いと来ればそれだけで逸材である。欲しがる者はとことんペーシャを欲しがることだろう。
「でもでも、このぐらいはシルフにとったら当然なので、特別私がすごいって訳ではないっすよ」
「なるほどね。シルフ全体がそうである……と」
ペーシャの話が本当であれば、シルフを取り込めば王都に出回る数少ない貴重な薬草類の採取がずっと容易になるだろう。
ギルドから下された指令は『シルフがアーゼマ村の害になる存在か否かを調査してこい』とのことだったがとんでもない。この魔物は王都にすら有益な存在となるに違いない。
こうしちゃいられない。
ルルウェルはベッドから起き上がる。
「あ、ルルウェルさん、もうお仕事に戻るんですか? もう少しだけ体を休めた方が」
「いえ、もう大丈夫よ。私は仕事の為にアーゼマ村に来たのだからね」
「そうですか。それならしょうがないですね。一応、無理はしないようにお願いします」
「分かったわ、良いお薬をどうもありがとう。では失礼するわね」
ルルウェルは早々にリリムに代金を渡して別れを告げ、早足に診療所を後にする。何故にそんな急ぐ必要があるのかと言われれば善は急げだからだ。
診療所の玄関口で待っていた面々に軽く会釈し、ルルウェルはシルフの長であるティーミアの前で立ち止まる。
どうやらルーゴと一緒に饅頭を食べていたらしい。
ほっぺをリスみたいに膨らませて実に子どもっぽい彼女だが、こんなんでもペーシャ達シルフをまとめる妖精王なのだ。
隣のルーゴが兜の上から饅頭を器用に食べているのが若干気になるが、ルルウェルはゴホンと咳払いしてティーミアに視線を戻す。
「ティーミアさん、折り入ってお話があります」
「さっきはちゃん付けだったじゃない」
「ティーミアちゃん、お話があるの」
「まあ聞いてあげるわ」
さきほどのペーシャの話が真実であるならば、シルフは素材採取といった面で大いに活躍してくれることだろう。ならばその長はどうしても押さえておきたい。
「あなた、王都に来る気はない?」
「ないわね」
「良かったわ。じゃあさっそく王都に迎える手続きを……ってあれ?」
出鼻をくじかれる所か折られた気分のルルウェルは不思議そうに再度ティーミアに訊ねた。
「い、一応理由を聞いても良いかしら?」
「あたしだって最初はあんた達王都の人間と手を組みたかったわよ。でも魔物と手なんて組めるかって門前払いを受けたわ。剣も向けられたしね。それを今さら王都へ来いなんて都合が良すぎるわ」
不機嫌そうに腕を組んだティーミアがぱたぱたと羽ばたいてルルウェルに顔を近付けた。
「だからお断りよ」
「な、なにいいいぃぃぃ!!???」
やってくれたなあ王都。
やってくれたなあ王都。
ルルウェルが膝から崩れ落ちると、ティーミアの隣に居たルーゴが慰めるようにルルウェルの肩をぽんぽんと叩く。
「今回は残念だったが、そちらから歩み寄り続ければ、いつかは彼女達もその手を取ってくれるだろうさ。アーゼマ村からは出さないがな」
「くそお……くそお……」
親身になってくれてはいるが、アーゼマ村からは出さないとルーゴから独占欲が漏れ出ていた。なるほど、シルフの手を借りたくばまずルーゴを通せと。
ルーゴの背後に居る村長も『ほっほっほ』と笑って顎ひげをさすっていた。あの老人もシルフを渡すつもりはないらしい。
再びルルウェルが項垂れていると、ガラムが若干嬉しそうに肩をぽんぽんと叩いてきた。
「まあ別にいいじゃねぇか、シルフなんて王都に来なくってよ」
「なんで嬉しそうなのよ」
「俺、魔物嫌いだし」
「あんたみたいなのが居るからこういう状況になるのよ」
そうは言ったものの、ルルウェル自身もティーミア達を見るまでは彼女達をただの魔物としか思ってなかった。
とても人のことを言えた義理ではないが、ガラムの様に頭ごなしに魔物魔物と遠ざけるだけはダメなのかもしれないと、ルルウェルは今のアーゼマ村を見て深く反省した。
その後、ルルウェル達は村の農場で村人達と共に農業に勤しむシルフを見学したり、農業だけでなくリリムの診療所の様に他の仕事に励むシルフを見て周った。
植物に詳しいシルフ達は農作物に有効な栽培方法を村人達に伝授したり、羽を使って空を飛べる特性を利用し運搬物を空から運んだりと、アーゼマ村にシルフが及ぼす悪影響は皆無に等しい。
ならば村の仕事を手伝う対価はなんなのだろうか。
ティーミアは、
「ルーゴが魔物から守ってくれるって約束してくれたの」
などと言っていた。
どうやら魔物が活発化する昨今の事情はシルフ達も他人事ではないようだ。根城にしていた巨大樹の森も最近では強力な魔物が多数出現していて手に負えなくなって来ていたのだとか。
しかしだ。
シルフはギルドが抱えるCランク冒険者では歯が立たない程の実力を持つと聞く。そんなシルフの頂点である妖精王ティーミアに向かって『守ってやる』と言ってのけたらしい黒兜のルーゴが問題だ。
アーゼマ村に向かう道中でもデスワームを一人で屠って魅せた彼の実力は計り知れない。もう少しルーゴの戦闘が見られれば参考になるのだが。
丁度、村に隣接する森の中で魔物が出現したらしく、ルーゴから『一緒に来るか?』と言われて、ルルウェルはほいほい付いて来てしまった。
率直に言うと後悔した。
「ぎゃあああああ! またデスワームだわ!!???」
「ふざけんな10匹くらい居るぞ!!」
森の中で遭遇したのは、普通サイズで50メートルを超えるデスワームよりも更に一回り大きいジャイアントデスワームだった。その取り巻きにデスワームが数体も居る。
ジャイアントデスワームは単体で出現しただけでも災害と判断される凶悪な魔物だ。ギルドのAランク冒険者を数人揃えて討伐に挑むほど警戒すべき相手。
それに取り巻きのデスワームが9体混じればもはや天災だろう。
あまりの事態に森の真っ只中で腰を抜かしたルルウェルとガラムだったが、同じくルーゴに付いてきた村長は水筒を取り出してお茶を啜っていた。
「あんた達も飲むかい?」
「飲んどる場合か!!!」
村長の手はぷるぷると震えていたがあれは老人特有のモノではない、ジャイアントデスワーム達がその体を動かして大地を揺らしているからだ。少し身動ぎしただけで木々がなぎ倒されている。
そんな様子を、村長と同様に見学に来ていた村人やシルフ達は、
「うっわ、でっけぇミミズ」
「かば焼きにしたら何人分になるんだろ」
「そもそも食べられるのかしら?」
「あれの赤ちゃんなら丁度良いサイズかもなぁ」
天災を前にして動物園に来ている家族連れの様な雰囲気だった。
「あの人達ちょっとおかしいわよ」
「言うほどちょっとか?」
感覚がおかしい。ルルウェルは単純にそう思った。
同じことを思ったのだろうガラムが腰を抜かすルルウェルの手を取り、この場から逃れようとする。
そんな二人を村長は杖をかざして行くてを阻んだ。
「待ちなされ。この場にはアーゼマ村切っての猛者が二人おる。それに片方はシルフじゃ。あんた達はそれを見に来たのじゃろ?」
「いやいやいや、何を言っているんですか村長。あれはもう災害だわ! 王都からギルドと兵士の救援を呼ばなくちゃアーゼマ村が――」
そこまで言いかけたルルウェルの背後で複数の轟音が森の中に響いた。遅れて土煙がこちらに押し寄せる。
「きゃっ!」
「な、なんだ!?」
振り向けば、取り巻きのデスワームが全て倒れていた。さきほどの轟音と土煙は巨大な魔物が地面に突っ伏した時に発生したものか。
「ま、シルフの窃盗魔法に掛かればこんなものね」
そう言って自身満々と胸を張るのはティーミアだった。
得意気に振るう彼女の指先には光を発する9つの球体が漂っている。あれはリリムが使役していた微精霊などの類ではない。9つ、それは取り巻きであったデスワームの数と一致する。
「窃盗魔法……? まさか」
魔物の魂を奪ったと。
シルフという魔物は窃盗魔法を得意としているとルルウェルも知っていたが、魂まで奪えるという話は聞いたことがない。まさかそれを妖精王が使えば、魔法の及ぶ範囲が魂にまで到達するというのか。
現に倒れたデスワームに外傷などは見当たらず、ただただ糸切れた人形のように横たわっている。
「あとはあの親玉だけね」
ティーミアが指先で示すのはジャイアントデスワーム1体。
仲間が急に倒れてしまい困惑しているのか、頭を起こして周囲を見渡すばかりで襲ってくる気配はない。だがそれも時間の問題だろう。デスワームは非常に好戦的な魔物としてギルドでも有名なのだから。
「あたしの窃盗魔法も流石にあの馬鹿でかいのには効かなさそうね。ルーゴ、あんたならなんとか出来る?」
「無理だな。あいつは額にコアがあるタイプだ。破壊しようにもあの高さだ、俺の魔法も届かない」
「じゃあどうするのよ。あんなのがアーゼマ村まで来たら大変よ?」
大変どころかアーゼマ村は地図から消えるだろう。ジャイアントデスワームは流石に手に負えないと、そんなルーゴとティーミアの様子にルルウェルは頭を抱える。
背後のガラムも『ではこの辺で』と村長に別れの挨拶していた。
「ガラム殿。腰にあるその剣を貸して貰えるか」
そそくさとこの場を後にしようとするガラムをルーゴが呼び止める。
どうやら剣が欲しいらしいが、ガラムが所持している剣は王都で流通するごく普通の剣であって、遥か遠方の敵を切り裂ける伝説の剣はでない。
「待て待て。この剣でジャイアントデスワームを相手にするつもりか」
「魔法は届かないが剣なら届く」
「何言ってんだお前」
射程距離おかしくない?
ルルウェルは神妙な顔でメガネを正す。
やれるもんならやってみろとガラムが剣を差し出すと、受け取ったルーゴは鞘から剣身を引き抜いた。
「さて、剣など久しぶりだな」
構え、切っ先を魔物に向ける。
ただそれだけの動作なのに、この真黒の兜をした男の姿がルルウェルの目にはひどく様になったように見えた。本当にジャイアントデスワームを斬りそうだと確信が持てるぐらいに。
加えてその所作がとある男と重なるのだ。
かつて王都で活躍した英雄の冒険者。
同じギルドに所属していたルルウェルには分かる。
「まるで、ルーク・オッドハイドだわ」
一太刀だった。
空気を切り裂くような音が鳴れば、視線の遥か前方のジャイアントデスワームが真っ二つに割れる。
自身が死んだことにも気付かなかっただろう、それ程までに一瞬で、声を上げることもなく魔物の死体が左右に分かれてピクリとも動かなくなった。
村長が言う。
「あれが我が村の用心棒じゃ」
「そ、そのようで」
なるほどどうして。
たしかにシルフが彼の力を頼ってアーゼマ村に来るのも頷ける。
村人達とシルフの歓声が上がった。
――以上が、仕事で向かったアーゼマ村での出来事だ。
日記にペンを走らせてそう記し、ルルウェルはメガネを正した。
アーゼマ村からの帰路で馬車に揺られること既に4時間。
目的地である王都はもう少しで見えてくるだろう。頬杖をついて窓から外を見やると、シルフが住むという巨大樹の森が遠くに見える。
しかし、そこにはもうシルフは居ない。
何故ならアーゼマ村に移住してしまったのだから。
「ギルドにはシルフのこと、ちゃんと伝えないとね」
内容は勿論、シルフは無害であると伝えるつもりだ。
彼女が身に纏う制服の左胸には、冒険者が集まるギルドの一員であるバッヂが付けられており、それが示す役職はギルドの調査員という肩書だ。
調査員の主な仕事は魔物の生体調査。
なので調査した魔物の報告内容に嘘は付かない。それが仕事だからだ。
そんなルルウェルとは対称的に、対面に座るガラムは少し違った考えを持っている様子だった。
「おいおいルルウェル。シルフよりもまずルーゴさんのことを報告すべきだろ。英雄の再来だってな。絶対にあの人はギルドに引き入れるべきだってよ」
ガラムが嬉々としながら腰の剣を引き抜いた。
あの剣はルーゴという男が一太刀でジャイアントデスワームを斬って魅せた逸品だ。もう王都で流通する普通の剣ではないのだろう。少なくともガラムにとっては。
「ルーゴさん……ね。最初とは随分気が変わったようね」
「う、うるせぇ。それだけあの人はすげぇってことだよ。んなことより、絶対にルーゴさんのこと、ギルドに報告しろよ」
「はいはい、分かってるわよ」
ルルウェルはルーゴにも王都に来ないかと勧誘したが、残念ながら断られてしまった。何か理由があるのだろうが、彼は言っていた。
(そちらから歩み寄り続ければ、いつかはその手を取ってくれるだろうさ)
ならばしつこく勧誘してやろう。
王都に来る気はないかと。
何故ならギルドに所属する冒険者の友人が、亡くなったSランク冒険者ルークの代わりになれる人材を探しているからだ。
「リーシャ。見つけたわよ、代わりになれそうな人」
リーシャ・メレエンテ。
かつてルークと同じパーティに所属していた人物だ。
ギルドにシルフのことを報告するついでに、リーシャにはアーゼマ村の用心棒ルーゴのことを教えてやろうとルルウェルは微笑んだ。
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