08:薬師のリリム


 ルルウェルは自身が持つ『百計の加護』を使い、ルーゴが持つ情報を調べようとした際、頭に激痛が走り、体が貧血でも起こしたかの様に倒れそうになってしまった。


 恐らくガードされたのだろう。


 こんなことは初めてだったので、まさか加護の使用に失敗するとこんな反動があるとはルルウェルも思わなかった。そもそも加護がガードされること自体が予想外。


 余計にルーゴという男が気になってくるが、今のルルウェルにそんな余裕はなかった。頭痛が治まらず、体がふらついて足元も覚束ない。


「ちょっとあんた、顔が青いけど大丈夫? いや、大丈夫そうじゃないわね。とりあえずリリムの所へ連れて行ってあげるわ」


 シルフを調べる為にアーゼマ村までやって来たというのに、そのシルフに心配されてしまう始末。


 我ながら情けないがここは甘えておこうとガラムの肩を借り、アーゼマ村唯一の診療所へと連れて行ってもらった。


「おいおい、ここ本当に大丈夫か? さすが田舎だな」

「ちょっと失礼よガラム」


 辿り着くや否やガラムの口調に困惑が混じる。


 たしかにルルウェルが運ばれたそこは、診療所と呼ぶには些か外観が普通過ぎる家屋だった。家の中からただの年寄り夫婦が出てきてもおかしくはない。


 流石は辺境の地の田舎村といったところか。王都の病院の様に立派な施設や設備があるといった訳でもなく、経験豊富な医師が居る訳でもない様子。


 しかし、中に入ってみれば漢方めいた薬草の香りが漂ってくる。清掃の手もしっかり行き届いているようで診療所の中は清潔に保たれているようだった。


「リリム、居るか? 急患だ、ちょっと見てやって欲しい」


 先に診療所に入っていたルーゴが呼びかけると、2階からパタパタと階段を下る足音が聞こえてくる。


 やがて姿を現したのは、まだまだ年若い桜色の髪をした少女だった。見た目はまだ15か16歳くらいの女の子だ。この人が村の医師なのだろうか。


「おいおい、ここ本当に大丈夫なのか?」

「ちょっと失礼よガラム」


 再びガラムが困惑を吐露すると、向かい合う年若い少女――リリムがむっとして眉根を顰めた。


「なんですかこの人、いきなり失礼ですね。確かに私は医師なんて大層な者ではないですけど、こう見えて立派な薬師なんですよっ」


 表情をむっとしたままリリムが胸を張る。


 残念ながら張るほど胸は育ってなかったが、語尾の『っ』に自信が表れているので薬師としての腕前は良いのだろう。


「ガラム殿、リリムは王都の薬師と比べても遜色ない腕を持っている。ルルウェル殿は彼女に任せて貰って問題ない」

「あ、ルーゴさん今良いこと言いましたね。そうです、そうです。ここは私に任せてください。ささ、ルルウェルさんでしたっけ? どうぞ奥の方へ」

「俺達は外で待機している、頼むぞリリム」

「はいはい、任されましたよっと」


 為すがままにルルウェルは診療所の奥へと連れてかれてしまう。背後のガラムはルーゴの言葉に気が障ったのか舌を鳴らしていた。


 ルルウェルの手を取ったリリムという少女からは薬草の香りがした。これはリリムが毎日、薬品に触れている証拠なのだろう。ルーゴの言う通り、たしかにこの少女に身を任せても問題はなさそうだ。


「じゃあ安静にしてて下さいね」


 と、診察台の上に寝かされたルルウェルはリリムの動向をじっと見据える。それはリリムが何やら指を振るい始めたからだ。


 治療魔法でも施すのかと思いきや、魔法を唱える気配はない。


 何をするつもりなのだろうか。

 ルルウェルは視線を向けていると、リリムの指先が青く発光し始めた。いや、正確に言うなれば、青い光を瞬く小さな何かが指先に集まり始めた。


「微精霊様、この方の悪い所を私に教えて下さい」


 青い光の正体。

 それは微精霊だった。


「まさか、もしかしてそれは『加護』の能力?」

「はい、そうです。私は『微精霊の加護』を持つ薬師なのでした」


 ちょっとだけ表情をドヤらせたリリムが指を振るうと、微精霊がふよふよとルルウェルの方へ漂っていく。リリムの命によって、微精霊達はルルウェルの体に異常をきたす箇所へ集まってきた。


 未だ頭痛が治まらぬ――頭へと。


「なるほど、頭が悪いと」

「言い方」


 加えて微精霊達はルルウェルの胸元へ集まってきた。育ちが悪い、と言いたい訳ではないのだろう。人間が持つ魔力は心臓に近い位置で生産されると、ルルウェルはそう聞いたことがある。つまりは、


「魔力の流れに異常がありますね、それが原因で頭痛の症状が出てます」

「そこまで分かるの?」

「はい、微精霊様は存外に優秀なんですよ」


 まるで自分のことかの様に微笑んだリリムは2階に向かって言う。


「ペーシャちゃん。6番と17番のお薬を持ってきて下さいな」


 すると2階から『はいっす!』と活気の良い声が聞こえてくる。その後、数秒もしない内に診察室へ入ってきたのは、羽を生やした子どものように小さい姿をした魔物――シルフだった。


「あいあいリリムさん。持ってきましたよっと」

「ありがとうございますペーシャちゃん」


 どうやらアーゼマ村の人々がシルフと共生する道を選んだ、という話は本当のようだった。村の入口で出会った妖精王もさることながら、診療所の薬師の手伝いを担うシルフ。名をペーシャと言ったか。


「アーゼマ村の村人がシルフと手を取り合った。私はそう聞いたのだけど、ペーシャちゃんと言ったかしら。この子は?」


 ルルウェルがそう訊ねると、リリムはペーシャが持ってきた箱を開けて中身を取り出し、水を注いだコップを手渡してくる。


「これは魔力の流れを正常に戻す薬と、頭痛を治めてくれる薬です。どちらも長いこと森で生活をしていて草々に聡いペーシャちゃん達シルフが、その手で採ってきてくれた薬草で私が調合したものです」

「なるほど。役割分担ということね」

「そうですね。今まで王都から取り寄せるしか無かった高価な物が、簡単に手に入るようになりましたよ」


 『これもシルフ達のお陰ですね』とリリムはペーシャの頭を撫でる。


 ルルウェルはそんな二人を眺めながら渡された薬を飲み干した。するとどうだろうか、時間を置くこともなくすぐに頭痛が治まってくる。


「すごいわね、この薬」

「でしょう。私が調合したんですからねっ」

「ペーシャ! ペーシャも手伝いました!」

「はいはい、助かってますよ」 


 驚くほどの即効性を持つ薬の効果もそうだが、それを調合したという薬師リリムにもルルウェルは興味を覚える。


 シルフ達のお陰と彼女は謙遜していたが、ルーゴの言う通りでリリムの腕前は確かのようだった。加えて加護持ちと来た。王都にもそんな人材はそう多くないだろう。


 そもそも加護を持つ人間が貴重なのだ。

 ルルウェルが持つ『百計の加護』の様に戦闘向けじゃなくとも、加護を持つ人材というだけで王都では引っ張りだこだ。


 辺境の地に置いておくにはもったいない。

 誰もがそう言うだろう。


 『妖精王の加護』を持つティーミア。

 『微精霊の加護』を持つリリム。

 そして情報の引き出しには失敗したが、断片的に入ってきた情報から察するに恐らくは何かの加護を持つルーゴ。


 まだアーゼマ村に入って間もないというのに加護持ちが既に3人。とんでもない所に来てしまったなと、ルルウェルは治った筈の頭痛が再発してきた気がした。


 気がするだけで頭痛が治まったルルウェルはベッドから起き上がり、身なりを整えメガネも正し、リリムに向かい合った。


「リリムさん。自己紹介がまだだったけど、私は王都のギルドで調査員をやっているルルウェル・オリスと言うわ」

「あ、そうなんですね。なんとなく察してはいましたけど」

「あらそう。良いわね、話が早いわ」


 加護持ちの人材は王都では引っ張りだこ。

 つまりは見つけたもん勝ちなのである。


 魔物が活性化し、対処に追われるギルドでは抱えている冒険者の負傷が絶えず、常に人材不足で悩まされている。


 そこに『微精霊の加護』を使って適切な薬の処方を行えるリリムが加われば、ギルドで動ける人材もぐっと増えるだろう。しかもその薬は即効性で効果も絶大と来た。


 引き抜かない手はない。


「ギルドの者として単刀直入に言うわ。リリムさん、あなた王都に来る気はないかしら?」 

「ないですね」

「あらそう。じゃあさっそく王都に迎える手続きを……ってあれ?」


 出鼻をくじかれる所か折られた気分のルルウェルは不思議そうに再度リリムに訊ねる。


「王都に来れば今よりも立派な設備もあるし、お給料だって何倍にも膨れ上がるわよ? 加護を持つあなたならきっとすぐに出世できるわ」

「う~ん、お給料とか出世とかって話じゃないんですよね。私が居ないと怪我を診れる人が居なくなっちゃうし、それに」


 リリムは苦笑して続ける。


「私、アーゼマ村が好きなので」

「そ、そう……、もったいないわぁ」


 リリムの才能は王都の者達と比肩しても上澄みに値するだろう。

 そう思うルルウェルはリリムの返答に心底残念だと思った。 

  


 

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