07:ギルドの調査員
ギルドの調査員 視点
――アーゼマ村までの行路は順調。未だ魔物は見ず。
日記にペンを走らせてそう記し、ルルウェルはメガネを正した。
王都から馬車に揺られること既に4時間。
目的地であるアーゼマ村はもう少しで見えてくるだろう。頬杖をついて窓から外を見やると、シルフが住むという巨大樹の森が遠くに見える。
「今更シルフの調査とはね。まったくギルドも調査員を随分と酷使してくれるわね」
ルルウェルがアーゼマ村を目指すのは、最近何かと話題な『シルフ』という魔物を調査する為にある。
彼女が身に纏う制服の左胸には、冒険者が集まるギルドの一員であるバッヂが付けられており、それが示す役職はギルドの調査員という肩書だ。
調査員の主な仕事は魔物の生体調査。
今回の仕事は少し特殊で、魔物の調査というよりもシルフが住み着いたアーゼマ村の様子を見に行くことだった。なんでも人間と魔物が結託することになったのだとか。
「まあ今回の仕事はちょっとだけ興味をそそられるけど」
魔物の動きが活発化する昨今、そんなご時世に魔物と共存の道を選ぶ人間が居るとはなんとも興味深い。
そんなルルウェルとは対称的に、対面に座る冒険者の男は少し違った考えを持っている様子だった。
「なあルルウェル。興味津々なのは良いがもしかしたらよ、そのアーゼマ村の村民はシルフ達に騙されてるのかも知れないぜ」
「ん。ガラムは何故そう思うの?」
「シルフったらいたずら妖精って悪名高い狡猾な魔物だぞ。それだけで十分、疑いの余地があるだろ」
ガラムが怪訝な表情をして腕を組んだ。
彼はアーゼマ村に向かうルルウェルの護衛として馬車に同行している。Cランク冒険者ではシルフに歯が立たないため、ギルドのBランク冒険者であるガラムに白羽の矢が立った訳だ。
「もし、シルフ共が僅かにでも妙な動きを見せたら速攻で斬る。いいな?」
「問題はないのでどうぞお好きに」
まだアーゼマ村に着いていないのにも関わらず、ガラムが腰に差してある剣の鞘に手を掛けた。どうやら彼は早くAランクに昇格したいと功績を挙げたいらしい。
ルルウェルの護衛に付いてくれたのもそういう訳なのだろう。
ならばさっそく功績を挙げてもらうとしよう。
「ガラム、窓の外をちょっと見てごらんなさい」
「あ? なんだよ」
「よく見て。ほら、土煙がこっちに近付いて来てる」
ルルウェルが窓の向こうを指で差し示すと、そこには確かに何かしらの影が土煙を出しながら馬車の方へと近付いてきていた。指先を視線で追ったガラムは目を凝らす。
「まさかシルフか?」
それにしては影が大きい気がする。
というより影がとんでもなく大きい気がする。
地面を掘り進むように進み、かつ猛スピードでこちら近付いてくるその物体はワーム状の体をしていた。その正体に気付いたガラムは大慌てで御者に叫ぶ。
「おいおい嘘だろ! ありゃデスワームだ! 御者の旦那、馬をもっと急がせろ!」
近付く魔物から逃れようと馬車がその速度を上げる。
しかし、気が付けば馬車の間近に接近していたデスワームは、優に50メートルは超えるその巨体を持ち上げた。
ルルウェルは思わず見上げてしまう。
「で、デスワーム! 初めて見たわ! こんな辺境の地にも居るのね!」
「言ってる場合かルルウェル! 馬車を圧し潰すつもりだぞアイツ!」
「ガラムこそ早くあいつ斬ってよ! その為の護衛でしょ!?」
「むりむりむり! 剣でどうにかなる相手じゃねぇって!」
体を持ち上げたデスワームが太陽を覆い隠し、馬車の上に巨大な影が下りる。あの巨体が落下して来れば、馬車もろとも全員地面の染みにされるだろう。
「あ、これはもう駄目だわ」
早々にルルウェルが死を覚悟した。
まさか王都を出発して早々にこんなことになろうとは。魔物が活性化しているとは知っていたが、馬車を走らせてたった数時間で……、
「あれ?」
馬車はいつまで経ってもデスワームに潰されることはなかった。
「な、なにが?」
急停止した馬車から飛び降り、先ほどまでとは打って変わって静かになった周囲を見渡すと、デスワームが地面に突っ伏していた。既に死んでいる。
「が、ガラム? これはガラムの仕業なの?」
「いや、俺じゃあねぇよ。あいつだ」
どうやらガラムがやった訳ではないらしい。
じゃあ誰がデスワームを。そうルルウェルが疑問を浮かべると、ガラムは恐らくデスワームを殺したであろう人物を指で示した。
デスワームの頭上。そこに立っていた真黒の兜を被った男が、デスワームの頭から腕を引き抜いて振り向く。
「大丈夫かお前達。こんな所でデスワームに遭遇するとは運が悪かったな」
「あ、ありがとう」
見た目こそ怪しいが敵ではない。
どうやらデスワームから助けてくれたらしい。
ルルウェルは安堵感からかその場に座り込んでしまった。
〇
「ここがアーゼマ村だ。デスワーム以外の魔物と遭遇しなくて良かったな」
「一言、ありがとうと言わせて貰うわルーゴさん。あなたのお陰で私は職務を全う出来るしね。アーゼマ村への護衛まで引き受けてくれるなんて」
「礼には及ばない」
デスワームと遭遇したルルウェル達が再び馬車を走らせて数時間。
目的地であったアーゼマ村まで無事に辿り着いたルルウェルは、デスワームから命を救ってくれた恩人であるルーゴに頭を下げた。
デスワームを倒してくれただけでなく、アーゼマ村までの護衛をルーゴは引き受けてくれたのだ。お陰で怪我一つなく辿り着くことが出来た。感謝しかない。
ルルウェルの隣に居るガラムはどこか浮かない表情をしていたが。
「こら、ガラム。あなたもむすっとしてないで礼をなさい」
「う、うるせぇ。分かってるよ」
どうやらガラムはルーゴにお株を奪われてしまったとご機嫌斜めのようだった。Bランク冒険者としてのプライドが傷付いてしまったのだろう。
それにデスワームを簡単に倒してしまったルーゴは、アーゼマ村に住むただの村人だと言うのだから余計にだろう。
「ルルウェル殿、こちらのご老人が村長だ」
「アーゼマ村へようこそおいでなさった、ギルドの方々」
「村長様。私はギルドのルルウェルと申します。今日はどうぞよろしくお願いしますね」
ルーゴに案内されるままアーゼマ村の門を潜れば、さっそくとばかりに村長が出迎えてくれる。して、その隣に居る羽を生やした小さな子どもがシルフの長だろう。
「アーゼマ村へようこそお客人様! あたしはシルフの長の妖精王ティーミアよ!」
「あら、随分と可愛らしい長さんね。よろしくね」
ティーミアが両手を腰に当てて快活に挨拶を飛ばしてくる。
魔物の寿命なんてギルドの調査員であるルルウェルもあまり分からないが、こんな見た目姿が子どもの様な女の子がシルフの長、ひいては妖精の王を名乗るのだから驚きだ。
後ろに居るガラムはそもそもシルフという存在を好ましく思ってないようで、ティーミアが挨拶の言葉を交わそうとした瞬間に剣の鞘に手を掛けていた。
ルルウェルはそんなガラムを注意しようかと一瞬だけ思ったが、ルーゴが何か殺気を感じたのかいつでも割って入れるような位置取りをしたので押し黙る。
まるで武人のやりとりだ。
(このルーゴという男、何者なんだろう)
ルルウェルはルーゴと出会った時からそれが気になって仕方がなかった。
今日はシルフが住み着くアーゼマ村の調査という名目でここに訪れたのだが、ルルウェルは調査対象をルーゴにも置くことにした。どうやら彼は妖精王ティーミアとも仲が良いらしく、
「ルーゴ。あんたもせっかくだから付いてきなさいよ」
「別に構わないが」
「どうせ暇なんでしょ? あたしがエスコートしてあげるわ」
「別に暇ではないが」
「暇ってことにしておきなさい。ほらほら、あたしと手ぇ繋ぎましょ?」
そんな二人の様子を見てルルウェルは確信する。
アーゼマ村とシルフの仲を取り持った中心人物はルーゴに違いない、と。
「ちょっと調べさせて貰うわ」
ルルウェルは小声でそう呟き、手を繋いで仲睦まじい様子のティーミアとルーゴに視線を向けてじっと目を凝らす。
発動するのは『百計の加護』
彼女が持つこの加護は、視界に入った人物が持つ異能を調べる事が出来る。
――ティーミア・ラタトイプ
・種族:シルフ
・加護:妖精王の加護
以上の情報がルルウェルの頭に収められる。
妖精王を自称することだけはあるな、とルルウェルは勝手に納得した。
次いで調べるのはルーゴだ。だが、
――ルー■・オ■■■イド
・■族:人■
・加■:不■鳥■■護
「なッ!?」
情報が唐突に遮断されてしまった。
ルーゴを調べようとした瞬間、頭に激痛が走って体が拒否反応を起こしていた。頭に収まる筈の情報が断片的で何も分からない。
ルルウェルが膝から崩れ落ちそうになるも、いつの間にか隣に居たルーゴに体を支えられてしまう。
端から見れば眩暈を起こしたルルウェルの身を案じたルーゴが、彼女の体をそっと支えた様に見えるだろう。だが違う。
ルーゴはルルウェルに耳元で小さく言った。
「余計な詮索はしないで貰おうか」
ルルウェルは頷くことしか出来なかった。
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