06:新たな村民
シルフの巣での出来事から2週間が経過した。
リリムは妖精王ティーミアに魂を奪われてしまい、気を失っていたのでシルフの巣で起きたことはほとんど記憶にない。
聞いた話ではルーゴが妖精王を打ち負かし、奪われたリリムの魂と馬車の積み荷は無事に取り返すことが出来たらしい。
リリムを含めた村人達はルーゴの功績に大いに感謝しましたとさ。めでたしめでたし。
とはいかなかった。
「村長、今のアーゼマ村をどう思ってますか?」
「かわよいシルフちゃん達が来てから、前よりもっと良い村になったのお」
アーゼマ村に大量のシルフが住み着いてしまったのだ。
シルフから積み荷を返して貰ったまでは良かったが、まさかそのおまけにシルフ達が付いてくるとリリムは思わなかった。
「う~ん美味しい! この白くてもちもちした食べ物はなんて言うのよ!」
「あら~、気に入ってくれたなら良かったわ。これはお饅頭って言うお菓子よ」
「見た目もなんか可愛いし良いわね!」
リリムが向けた視線の先で、馬車を襲ったシルフ達の長である妖精王ティーミアがハーマルさんとお饅頭の愉悦に浸っていた。
他に視線をやれば、
「ちょっとシルフちゃん。この荷物運ぶの手伝ってくれない?」
「合点! お任せくださいな!」
「シルフのお肩もみもみはどうですか~?」
「孫に孝行して貰ってるみたいで夢見心地じゃあぁぁ」
「さっき村の近くで魔物を見たんだよ」
「魔物!? 大至急でシルフの精鋭部隊に調査させますよ!」
などなどと、シルフ達は思いの外アーゼマ村に溶け込んでいた。村人達と協力して仕事をしたり、老人達の介護をしたり、魔物が出れば腕の立つシルフが調査に向かったりと、アーゼマ村はたいへん大助かりであった。
どうやら村長は『シルフと敵対するのではなく、むしろ協力体制を築けば互いにメリットがあるのでは』とルーゴに提案を受けたらしい。
「シルフちゃん達が村に来てくれて良かったわい」
そして村長はその提案を許諾したと。
そうリリムは聞いていた。
たしかにシルフと敵対し、街道を通る度いちいち襲われてたらたまったもんではないが、その解決方法がこれで良いのかとリリムは少々疑問であった。
なにせ馬車を襲って積み荷を奪った魔物がアーゼマ村を闊歩しているのだから。
「あ! リリムじゃん! ちょうど良いところに居たわ!」
「うおっ」
饅頭好きのハーマルさんと饅頭談義していたティーミアがリリムに気付き、羽をパタパタさせてこちらに近付いてきた。
一見、子どもの様に小さいシルフが愛らしく見えてしまうが、この妖精王ティーミアは以前にリリムの魂を魔法で奪っている。
なのでリリムは思わず一歩後ずさってしまうも、ティーミアはその分余計に踏み込んで顔をずいっと近づけてきた。
「リリム! ちょっと教えなさいよ」
「へ? 何をです?」
「あんたってルーゴと仲良いわよね? あいつって饅頭好きかな?」
「さあ? どうでしょうか。甘味が嫌いな人はそうそう居ないと思いますが、でもどうしてそんなことを?」
「ルーゴと一緒に、この美味しい饅頭を食べるために決まってるでしょ!」
ティーミアがリリムの鼻先に指を突きつけてくる。
リリムは眼前で両手に饅頭を持ったこのティーミアが、シルフの巣でルーゴにボコボコにされたと聞いていた。
その後、色々あってルーゴとティーミアは互いに協力して、最近どんどん活発化していく魔物に対抗していこうと取り決めをしたらしい。
何度も言うがティーミアはその時ボコボコにされている。そんなルーゴと一緒に饅頭食べたいとは、一体どういう心境なのだろうとリリムは思った。
リリムなら一度ボコボコにされた相手には金輪際近付きたくないと思うのだが。ティーミアは違うらしい。
「ティーミアはルーゴさんにお仕置きされちゃったんですよね? 結構きつめに。ルーゴさんを怖いとは思わないんですか?」
「そりゃ怖いし頭に来るわよ。でもあいつはあたし達シルフを守ってくれると約束してくれたわ。その約束を今よりもっと固くする為に、シルフの長であるあたしはよりルーゴと親密な関係にならないといけないの」
言って饅頭を手の平で転がしながら、ティーミアは得意げに鼻をふふんと鳴らす。
「もっとも~っと仲良くなって、あたしと赤ちゃんなんて作ったらルーゴはもうシルフから逃げられなくなるでしょ?」
「赤ちゃん!?」
「そう、赤ちゃん。恋は仕勝ちって人間は言うんでしょ。ルーゴをメロメロにさせちゃうんだからね。この美味しい饅頭で」
「饅頭でかぁ」
どうやらティーミアはルーゴとの間に子どもを作りたいそうだ。
彼女はシルフの長としてなどと言っていたが、先ほど『ルーゴって饅頭好きかな?』と聞いてきたその熱心な姿は、色恋沙汰に右往左往する乙女に見えた。どうも個人的感情が含まれてそうな気がする。
しかし饅頭から始まる恋か、とリリムは眉根を顰めた。ロマンチックも何も感じられないがティーミアがその気なら止めはしない。魔物と人間の恋。はたから見ていれば面白そうだとリリムは思う。
隣の村長も、
「ティーミアちゃんとルーゴさんの赤ちゃんか。もう少しで孫の顔が見れそうで嬉しくなっちゃうわい」
そう言っているので村的には大丈夫なのだろう。
あとお前の孫ではない。
「まあ、ティーミアがルーゴさんにお熱なのは別にいいですけど。それはさておきですよ」
「さておかないでよ!」
「意外と面倒な性格してますね。さてティーミア、今日は何の日か覚えてますか?」
ルーゴとティーミアの今後の話は置いておき、リリムは指摘する様にティーミアの胸をつんと突いた。すると彼女はきゅっと口をつむいで真剣な表情になる。
分かっているようでなにより。
リリムは突きつけていた指を立て、確認するように説明していった。
「今日、王都から視察の方々が来ます。アーゼマ村に住み着いたあなた達シルフが村に悪影響を及ぼさないかの調査にという理由ですね」
シルフ達がアーゼマ村に住み着いたという噂は瞬く間に広がった。田舎のおじいちゃんおばあちゃんは噂好きで口が緩いのだ。
その噂好きの老人達が理由かはリリムは分からないが、どうやらシルフ達のことは王都に伝わってしまったようで、アーゼマ村の村長へ3日前に通達があったのだ。
――3日後、魔物と共存を選んだアーゼマ村へ、ギルドから視察の者を向かわせる。
要約するとそういうことらしかった。
届けられた通達からは『何を』『どのように見る』かは分からなかったので、ティーミア達シルフには下手な行動を執らないといった対策しか出来ない。
ただ、リリムは一緒に村で生活することになったシルフを見過ごすことも出来ないので、手の届く範囲でティーミアに協力するつもりだった。
「ティーミア達シルフには、自分達の存在が人間達に有益であるとアピールして貰います。私も出来るかぎり協力するので、ティーミアもシルフの長としてよろしくお願いしますね」
「分かってるわ! あたしを誰だと思ってるのよ!」
「妖精王ティーミアですよね、知ってますよ」
「ふふん!」
言ってティーミアは自信満々と胸に手を当てた。
ただその容姿がちっちゃこい妖精なので、意味もなく自信過剰な子どもの様に見えてしまい少し不安になるが、ティーミアはシルフ達の未来を考えて行動出来る子なのでその心配は杞憂なのだろうなとリリムは思う。
「さあ、もう少しで視察の方々が来ますよ。ティーミアも村長も長としてしっかり頼みますよ」
「ほっほっほ。ワシひさびさに頑張っちゃうぞ」
「この饅頭でやつらに目に物を見せてやるわ!」
「その饅頭は別にアーゼマ村の特産品ではないので、しまっておいてくださいね」
王都のギルドからの視察が村にやってくるのは、太陽が空の真上に位置するお昼の時間帯。
ティーミアには自分達が有益な存在であると証明する為に励んで貰うとして、村長は髭が真っ白になるくらいのお年寄りなのでリリムもサポートしたいのだが、いかんせん仕事があるのでこの二人の長には各々で頑張って貰うしかない。
そしてあともう一人、人間とシルフを繋いだ重要人物が居るのだが。
「あれ、そういえば今日ルーゴさんを見てませんね」
「ルーゴなら視察の人が魔物に襲われたらいけないからって、村の周囲の魔物狩りにちょっと行ってくるって言ってたわよ」
「ちょっと魔物狩りに行ってくるって、村人が言うセリフではないですね」
ルーゴはまた魔物狩りに勤しんでいるらしかった。
村の用心棒としては上等、しかし村人としては結構おかしい行動なのだが、ルーゴが外に出向いているのなら、視察に来る者も安全だろう。
リリムはシルフの巣の一件以来、多かれ少なかれルーゴに信頼を寄せていた。完全に信用した訳ではないが、魔物ごと村を魔法で焼き払う真似はしないだろう。
放っておいても問題ないと思ったリリムは仕事に向かうことにした。
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