04:シルフの長
「こ、ここが私たちシルフの巣でありまっす……」
「先ほども来たから知っている。俺はお前達の女王の所へ案内して欲しいんだよ。たしか妖精王と名乗っているんだったな。奴が残りの積み荷を隠し持っているに違いない」
「ひ、ひぇぇぇ勘弁してくださいっすよぉぉぉ!」
街道をしばらく進んで西に逸れると、巨大な樹ばかりが立ち並ぶ『巨大樹の森』が姿を現す。そこにシルフ達が暮らす巣があった。
巣の入口はツタで編まれたカーテンで遮られており、外からでは中が見れない様に作られている。
その入口の前で、ルーゴ一行に捕縛されたシルフは『これ以上は妖精王に怒られるから勘弁して下さい』と首を横に振って泣きわめいていた。
「ルーゴさん、なんか可哀想です。もう離してあげましょう」
シルフの容姿は煌びやかな羽を生やす、幼い子どもの様な外見だ。
まるで子どもを泣かせているみたいで、たまらずリリムが解放してあげようと提案するも、ルーゴは全くその手を離そうとしない。
「騙されるなリリム、こいつはいたずら妖精だぞ。同情を誘う様に泣いて見せるのはシルフの常套手段だ。その内心ではほくそ笑んでいるに違いない」
「えぇ……、そ、そうなんですか?」
騙されるなと言われたリリムがチラリと視線を送ると、祈るように手を合わせながら、潤んだ瞳で上目遣いするシルフと目が合った。ズキリと胸の奥が痛み、頬に冷や汗が流れてくる。
「やっぱり可哀想ですよぉ……」
「ウオオオお姉さんは話が分かる人っす。私を離してくださいっす!」
「だから騙されるなと言っているだろう」
ルーゴがやれやれとばかりに溜息を溢し、おもむろにシルフの懐に手を突っ込んだ。その様子にギョっとするリリムだったが、懐から出てきたのが一枚の白い布だったので更にギョっとする。
「な、何やっているんですかルーゴさん?」
「これ、お前のパンツだぞ」
「は」
「これ、お前のパンツだぞ」
『確認するんだ』と手渡された白い布。
広げて見ると、たしかにリリムが身に着けていたパンツだった。それが分かった途端にリリムの顔面が茹でタコの様に赤くなり、股間がスース―してくる。
「シルフお得意の『窃盗魔法』だな。見ろ、同情を買いながらシルフはこんなことをするんだ」
「こいつ今日の晩御飯にしましょう」
「だあああああ!? すいません! つい出来心でええええ!!!」
ルーゴに首根っこを掴まれながら空中で器用にシルフが土下座する。この謝罪も心からではなく、その場を見逃して貰う為の形だけの物なのだろう。
『パンツ履き直すので見ないで下さいね』『見る訳ないだろ』とそんな一幕を挟んで、リリムがもう騙されないぞとシルフにでこぴんをかまし、ずいっと顔を近づけて微笑む。
「晩御飯にされたくなければ、女王の所へ案内してくれますね?」
「は……はひ」
ここからリリム達ルーゴ一行の快進撃が始まる。
まずは入口のカーテンの前にシルフを突き出し、巣の中がどうなっているかを吐き出させた。リリムはそんなルーゴ達の後ろにぴったりとくっ付いて身を守る。
「ま、まず……、カーテンを潜るとすぐ落とし穴がありまっす。ちょっと前に巣を襲撃したルーゴ様を警戒してでのことですね。落とし穴の周りには我らがシルフの精鋭部隊がわんさかと」
「面倒だ。まとめて吹き飛ばそう」
言ってルーゴが左の掌を構えた瞬間、カーテンもろとも巣の入口が魔法で吹き飛んだ。
入口前で待機してたのであろう、槍を構えたシルフ達が爆風に攫われて巨大樹の森の奥へと消えていく。あわれ、巣の入口は文字通り更地となった。
「だあああああああああ!? 精鋭部隊があああああああ!!??」
「綺麗になったな。よし、進もう」
「馬車を襲った罰ですね」
「一応、手加減はした」
「あれで手加減なんすか?!」
既に機能していない落とし穴を避けて進んでいく。
シルフの巣は人間の様に建造物を作らず、自然そのままに自分達が居心地の良い空間に仕立て上げているようだった。時々、人間が使う調度品が目に入るも、あれは盗んできたのだろうなとリリムは眉根を潜める。
「ぎゃああああ! 人間がまた襲撃して来たぞおおお!」
「さっきの真っ黒兜だ! 逃げろおおおお!」
「助けてくれえええええ!」
「精鋭部隊は何をしているんだ!」
「さっき皆まとめて吹っ飛ばされました!」
「もう終わりだ、お終いだぁ……」
シルフの巣の中は阿鼻叫喚の地獄絵図だった。
ルーゴの姿を見て逃げ出す者、泣きわめく者、慌てたせいか自分で自分の罠に引っかかる者とてんやわんやの大騒ぎ。あの真っ黒兜怖いよなあと、リリムはどこか同情してしまう。
「隙あり!」
「あっ! ルーゴさん危ない!」
時々、武器を持ってルーゴに立ち向かう勇敢なシルフも居たが、
「俺とやる気か?」
「すいません。間違えました、何でもないです」
真黒の兜の隙間から覗く眼光に睨まれると、平謝りしてどこかへ飛び去っていく。あまりにあんまりだった。
ルーゴに掛かれば悪名高いシルフも逃げ惑うしかないのかと、リリムはその強さの認識を新たにする。本当にとんでもない奴がアーゼマ村に来たもんだと。
「あ、ここが妖精王の間っすね」
20分ほど歩くと、リリム達の行くてを再びツタのカーテンが遮った。捕縛したシルフの話では、これを潜った先に件の妖精王が居るらしい。
「罠はあるのか」
「は」
「罠はあるのか」
カーテンの前に突き出したシルフにルーゴが問いただす。入口にも罠があったのだから、ここにも勿論あるのだろうとばかりに。
「ないっす。ここ神聖な場所っすから。ないっす……へへ」
へへ。
溜まらず漏れ出したその含み笑いに、リリムですらこりゃ罠あるなと確信に至る。それはルーゴも同じだったようで、入口の時と同じく左の掌を突き出した。
「待って待って待って! ごめんなさい嘘言いました! ある! 罠あるから吹き飛ばさないでええええええ!!!!!!」
「罠があるなら、なおのこと吹き飛ばすだろう」
ですよね。
言うが早いか魔法が妖精王の間に襲いかかった。
「だあああああ!!?? 妖精王様ぁあぁああああ!!!」
シルフの悲鳴をも掻き消す大爆発。
カーテンは吹き飛ぶというより粉々になり、魔法に見舞われた妖精王の間は爆炎に包まれた。やがて爆風と共に土煙が引いていき、あわれ更地となった神聖な間が姿を現す。
「ほう、今ので吹き飛ばないとは。やるな妖精王」
顎に手を当てて呟くルーゴを背にしてリリムが顔を出すと、妖精王の間の中央で一つの小さな影が倒れていた。
その影は魔法で消し飛びはしなかったものの、ビクンビクンと体が痙攣を起こしており、息も絶え絶えと既にひん死であった。あの様子に対して『やるな』と評価を下すルーゴはいかがなものか、とリリムは他人ごとに思う。
「いったぁ~~い!!! 何すんのよ! この真っ黒兜!」
倒れていた影が体を起き上がらせ、ぷんすかとこちらに怒りをぶつけ始めた。ルーゴの魔法に耐えるとは思わなかったリリムは瞠目する。
「そんな。ルーゴさんの魔法が効かないなんて!」
「ふふふ……、あったり前でしょ! ……ゴフッ。 なんてったて……、あたしは妖精王ティーミア……なんだからね……グフッ」
「いや、割と致命傷ですね」
口から血反吐を吐く小さな少女は自身を妖精王ティーミアと名乗り、オレンジ色の髪を揺らしながら大げさに手を胸に当てた。血反吐を吐きながら。
同じ女性のリリムが見ても綺麗だと思わせる端麗な容姿をしていたが、いかんせん夥しい血糊りを纏っていて見るに耐えない。
「妖精王様! 無事だったんすね!」
「あたしのどこを見てそう言ってるのよペーシャ! 死ぬかと思ったわ!」
ルーゴの手から逃れられたシルフ――ペーシャがティーミアの元へ走っていった。
「まったくこれは一体どういうことなのよ! あんたが真っ黒兜を誘導して罠に引っかける手筈だったでしょ!」
「それが捕まっちゃたんすよぉ~」
「な~にやってんのよ! このばかちん!」
なにやら子どもの喧嘩を見ているようで微笑ましかったが、リリムはそれよりも気になることがあった。それは先ほどまで瀕死であったティーミアが、今では血気よく隣のシルフに捲し立てている点だ。
「傷が、治っている?」
見た目こそ血糊りでグロテスクだったが、ルーゴの魔法で負った傷がどんどん回復していっている。まさかシルフにこんな特性があったのか。
リリムがルーゴを見やると、意図を察したのか首を横に振った。
「俺の知る限りでシルフにそんな能力はない。これはあの妖精王ティーミアとやらが持つ固有の物だな。だがまあ、ちょうど良い」
妖精王の間に足を進めたルーゴがティーミアの前に立った。
隣に居たペーシャというシルフは体を竦ませて部屋の端に逃げて行ったが、肝心のティーミアはルーゴを前にして一歩も引かず不敵に笑ってみせる。
「っは! そうよ、ご明察。あたしは『妖精王の加護』を持つ選ばれたシルフ! どんな傷を負っても大したダメージにならないわ。つまりあんたの魔法なんて怖くないわけ」
「なるほどな。まあ一撃で消し飛ばなくて良かった。盗んだ積み荷をどこに隠したか聞き出せなくなる所だったからな」
「あんたねぇ! もっと驚きなさいよ!」
ルーゴとティーミアの視線が交差する。
何故か部屋がゴゴゴと唸って揺れ始めたので、リリムは入口の隅っこに隠れて様子を見守ることにした。実力者同士が交わると周囲にも影響が出るのだろうか。
「妖精王ティーミアとやら。お前を締め上げて残りの積み荷の在り処を吐かせる前に、一つだけ聞きたいことがある」
「あ? なによ。あたしもあんたをボコボコにする前に聞いてあげるわ」
「積み荷を奪って何をするつもりだ? あの中には武器や薬品なども有った筈だ」
たしかに、とリリムは思う。
シルフが巨大樹の森で生活するのに、積み荷の中にあった武器や薬品は必要無い筈だ。それで今まで生きてこれたのだから。それもご丁寧に隠していると来た、余程それらが欲しかったのだろうか。
「戦争を起こすのよ」
「なに」
ティーミアの口元が妖しく歪む。
「鬱陶しいSランク冒険者ルーク・オットハイドが死んだ今! 時代の風向きはあたし達に向かって吹いているわ! 武器をかき集めて戦争を仕掛ける! 人間に取って変わって、シルフの時代を起こすのよ!」
「魔王にでもなるつもりか?」
「その通り!」
言ってティーミアがルーゴの兜に指先を突きつけた。
Sランク冒険者ルークの死はここまでの歪みをもたらすのか。魔物の被害が増えるだけでなく、人間に取って変わって魔王になろうとする者も現れるとは。
「それを出来るだけの力を『妖精王の加護』を持つあたしは持っているしね」
と、ルーゴに向けられていた指先が突如として、入口付近で身を隠していたリリムに向けられた。
「なッ!?」
気付いた時にはもう遅い。
驚き、狼狽した様子で身を引っ込めようとするリリムの胸が淡く発光し、光の玉のような物が浮かび上がってくる。
「加護で強化されたシルフの窃盗魔法は、敵の魂さえも奪い取る。これがあたし、妖精王の能力よ」
指先をくるりと振るえば、光の玉――もといリリムの魂がティーミアに奪い取られてしまった。抜け殻となったリリムの体はまるで糸切れた人形のようにカクンとその場に崩れ落ちる。
「なるほど、大した加護だ。だが、お陰で人の目が無くなったな……。これで俺も自由にやれる」
「はあ? あんたも今すぐあの小娘みたいになるんだっつーのッ!」
再び指先を戻したティーミアが窃盗魔法を撃ち込む。だが、ルーゴは何事もない様子で真黒の兜に手を掛けた。
「やめておけ。そういった類の能力は、自身より優れた魔力を持つ者に効果はない」
「は、はぁ!?」
目に見えて驚愕の色を表情に灯したティーミアは何度も指先を振るった。しかし、ルーゴに魔法が効く様子はない。
「ティーミア。お前はさっき、Sランク冒険者ルークが死んだと言ったな」
「そ、そうよ。だからあたしは戦争を起こすのよ!」
「今なら人間に勝てる。そう思ったのなら早計だったな」
ティーミアの言葉を鼻で笑ったルーゴが、真黒の兜を取り外した。
「俺がそのルークだ」
投げ捨てられた兜の金属音がけたましく響く。
先ほどまで戦争がどうのと喧しかったティーミアの口が閉じたので、妖精王の間は恐ろしく静かだった。
「どうした。まるで亡霊でも見たような顔だな」
挑発を受けてもティーミアの口は何も発しない。
その表情はまさしく亡霊でも見たかのようで冷や汗が滲んでいた。
「二度と悪さ出来ないようにしてやる。それとリリムの魂は返して貰うぞ」
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