03:シルフの巣へ


 たった一人しか居ないSランクの冒険者――ルーク・オッドハイドが不慮の事故で亡くなってから3ヶ月、その影響からか王国周辺では魔物の人畜被害が急増していた。


「馬車が魔物に襲われた?」

「そうなの。シルフって魔物が集団で街道に出たらしいわよ。何でも積み荷を全部取られちゃったとか」

「そんな、これは弱りましたね」


 急激に増える被害の影響は、田舎のアーゼマ村まで及んでいる。


 村周辺で採ることの出来ない物資等は、王国からの取り寄せで賄っているのがアーゼマ村の現況だ。


 その積み荷を乗せた馬車が魔物に襲われたとあって、リリムは大いに頭を悩ませていた。盗まれた物の中には、リリムの必要としていた薬草や薬品が含まれていたからだ。


「商売道具がなければ商売あがったりですよ。まさか薬草まで盗まれるとは……、シルフめ、許せませんね」

「ハーマルさんが頼んでた王国産のお饅頭も無くなったらしいわよ」

「饅頭もかぁ」


 どうやら饅頭も持ってかれたらしいがそれどころではない。


 『薬師』それがアーゼマ村でのリリムの立ち位置で、文字通りに薬品を用いて人体に治療を施す職業を指す。


 他にも薬の調合を行ったりもするのだが、薬草や薬品関係が全部盗まれてしまったので、このままでは薬師としての立場が危うい。


「ハーマルさん、お饅頭楽しみにしてたのにねぇ」

「毎回頼んでますけど、そんなに美味しいんですか」

「なんでも饅頭界隈のSランクらしいわよ」

「そんなに」


 などと会話があらぬ方向に脱線していったところで、村の入口がにわかに騒がしくなった。


「む? なんでしょうか」


 リリムが視線を向けると、人だかりが出来ているその中央、周りの者達より一回り背丈の高い人物が視界に入る。真っ黒兜のルーゴだった。


「ルーゴさん、この騒ぎは一体どうしたんですか?」

「リリムか」


 入口へと足を進めたリリムがそう訊ねると、真黒の兜が振り返ってこちらを捉えた。どうやら出掛けていたらしいルーゴの背後には大量の木箱が置かれている。これは何だろうとリリムが首を傾げれば、


「シルフから積み荷を奪い返して来た」

「はっや」


 らしかった。


 馬車が魔物に襲われたとリリムの耳に伝わったのはつい先ほど5分前である。その盗まれた積み荷がもう目の前にあるとは、ルーゴの雷撃速攻は目を見張るものがあった。

 

「ルーゴさんったら馬車が予定の時間に来ないって聞いて、様子を見に行ってくれたのよ。それでシルフから盗まれた物を取り返してくれたみたいなの」

「なるほど? そうだったんですね。ルーゴさん、ありがとうございます」

「礼には及ばない」


 村の為にここまでしてくれるとは、リリムもここは正直にお礼を言うことにした。ただ、ルーゴへの警戒の念が解かれることはない。なにせその手からは簡単に村を滅ぼせるレベルの魔法が出せるのだから。


「さすがルーゴさんだぜ。取り返してくれてありがとよ」

「ルーゴさんが居てくれたらこの村も安泰だわ」

「国も増える魔物にてんやわんやだからな。ルーゴさんだけが頼りだ」


 村人達は相変わらずの様子だったが、その渦中に居るルーゴは少々浮かない様子だった。積み荷の方をちらっと一瞥し、申し訳なさそうに呟いた。


「取り返した積み荷が少ない」

「へ」


 ルーゴの言葉に村人達が置かれた木箱を調べ始めた。アーゼマ村に届けられる筈だった物資はたしかに有るには有るのだが、一部ここにない物があるらしい。


「ハーマルさんの饅頭が見当たらないわ」


 その言葉にまさかと思ったリリムも木箱を調べると、頼んでおいた薬草や薬品も見当たらなかった。まさか注文し忘れたかと思ったがそうではないらしい。


「シルフをしばき倒して積み荷を返して貰ったが……、どうやら一部は隠していたみたいだ。おのれシルフめ、俺を謀ったな」

「あ、珍しくルーゴさんが怒ってうわぁッ!!???」


 瞬間、ビシッと地面に亀裂が入った。

 

 魔法を使った気配はない。まさか気迫で地面にヒビを入れたのだろうか。素っ頓狂な悲鳴を上げたリリムが視線を下げると、亀裂はルーゴを中心に走っていた。


「もう一度行ってくる」

  

 言うが早いか身を反転させてルーゴは、ゴゴゴという効果音を背景に村の出口へと向かっていった。一歩と踏み出す度に地面に小さな亀裂を入れながら。


 





「どうして付いてくるんだリリム」

「いや、また見学させて貰おうかと思って」


 ルーゴの魔物退治にリリムも付いていくことにした。


 怒りの気迫で地面に亀裂を入れるルーゴが、何をしでかしてくれるか分からないからだ。ただでさえ、とんでもない威力を誇る魔法に怒りが加われば、シルフだけでなくその余波で村まで吹っ飛ぶかも知れない。


「そうか、まあいい。だがシルフはいたずら妖精と悪名高い魔物だ。危ないから俺から離れるなよ」

「分かりました。魔法で私ごと吹っ飛ばさないでくださいね」

「そんなことはしない」


  

 ルーゴの許可も下りたので遠慮なく付いていくことにする。


「しかし、シルフに積み荷が全て奪われてしまうとは。馬車に護衛は付いていなかったのか?」

「商業組合が抱えてるCランク冒険者が数人護衛してたらしいですが、あえなく全員気絶させられたみたいですね」


 リリム達が今歩いているこの街道は、アーゼマ村と王国を繋ぐ唯一の道だ。


 一応、魔物がたまに出るので、通行の際は対魔物戦のエキスパートである『冒険者』を護衛を付けるのが一般である。


 日々、命を掛けて魔物と戦い、知識を持って大自然を生き抜く冒険者には階級が存在する。


 歴戦練磨の『Aランク』から下に続き『Bランク』『Cランク』『Dランク』『Eランク』までの5階級。


 Aランクの更に上に、国が個人で軍事的な戦力を持つと認めた『Sランク』という階級も一応存在する。


 今回、馬車の護衛に付いていたのはCランク冒険者だったとリリムは聞いていた。


「Cランクしか居なかったのか。まだまだ半人前とは言え、数人掛かりでシルフに遅れを取るとは情けない」


 呆れた様子でルーゴが肩をすくめた。

 

「Sランク冒険者のルーク様が亡くなってから、なんでも魔物の被害が急増しているらしいですよ。対処に追われてギルドでは人材不足なんだとか」

「ルーク……か」


 その名を聞いてピクリと反応を示すルーゴ。どうやら思うところがあったらしく、しばし思案するように兜の上から頬を掻いていた。


「あれ、ルーク様のこと気になっちゃいます? そりゃそうですよね、だって国の英雄ですもんね」

「英雄か。リリムはそいつのことを様付けで呼ぶが、そんな大したタマではないだろう」

「何を言いますか!」


 ルーゴの発言に怒り心頭とさせるリリム。


 なのでリリムはルーゴの認識を正すべく、Sランク冒険者ルーク・オッドハイドがいかに素晴らしい人間だったかを語っていった。


 いわく、ドラゴンを一刀両断したとか。

 いわく、1年で賞金首1000人切りを果たしたとか。

 いわく、天才的な魔法の腕を持っていたとか。

 

 赤髪に深紅の瞳を持った魔法剣士にして英雄。


 彼が王国に居る、ただそれだけで魔物は震えあがり人間に手出し出来なくなったと、リリムはまるでおとぎ話のように語っていった。


「ルーク様は国中の憧れですからね。私はついぞ近くでお声を聞くことすら敵わなかったですが、一度で良いから間近でお会いしてみたかったです」 

「そうか」

「興味なさそうですね。ルーゴさんもすごい魔法を持ってますが、きっとルーク様の方が強いですよ。だってあの天才魔術師オルトラムの弟子ですからね」

「そうか」


 全然ルーゴは興味なさそうだった。


 口を開けばそうかとだけ頷き、リリムと視線を合わせることすらせずにそっぽを向いてあらぬ方向に顔を向けている。


 そして何故か気恥ずかしそうに頭を掻いていた。


「なんでルーゴさんが照れてるんですか」

「ん。いや、なに、そんなことはない。他人の自慢話を聞いていれば、誰だって照れ臭くなるだろう。お、そろそろシルフの巣に付くぞ」

「あ! 今、話を逸らそうとしました!」

「してない。そろそろシルフの巣に着くからしてない。あ、こらリリム。服を引っ張るな」


 話を逸らしただの、逸らしてないだの、わいわいぎゃぎゃあと騒わがしい田舎村の村人が二人。



 そんな彼らを遥か上空から見下ろす影が一つ。


「ふふふ、また来たね……、あの真っ黒兜の男。さっきはしてやられたけど、今度は罠もいっぱい用意したし、そう簡単にはやられないよっと」


 そう妖しく笑うのはいたずら妖精と名高いシルフだった。


「よーし、妖精王様に報告して、さっそく迎え撃つ準備をしなくちゃってぎええええええええ!!???」


 しかしシルフは真っ黒兜のルーゴに見つかり、あえなく魔法で撃ち落とされたしまった。上空からボテンと地面に落下すると、首根っこを掴まれて摘まみ上げられる。


「こいつにシルフの巣を案内させよう」

「うわっ、ルーゴさん鬼ですね」

「くっ、クソがぁ」


 








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