第12話 運転手、吉川4

 しかし、暫くして悠子の眉間には幾本もの皺が寄りはじめる。

「悠子? 気持ち悪くなったの? 止めてもらう?」

「いや、そうじゃなくて。ありえんだろ、内装まで凝りまくって豪華絢爛なこのリムジンに、妙なクラシック風にアレンジされた演歌って」

「旦那様の趣味でして、申し訳ございません」

「いや、吉川さんは悪くない。それと演歌が悪いといっているわけでもない。何故クラシックにアレンジするんだって所がな、アホかとしか言いようがない。演歌は演歌だからいいんだ。原曲を汚すようなアレンジは止めてほしいな」

 呆れながら苛立つ悠子の言葉に、京子が首をかしげた。

「悠子、吉川さんって?」

「運転手さんの名前は吉川さんだ。なぁ?」

「えぇ、そうです」

「え? どうしてわかったの? だって、名札も何にも無いのに」

「名札ならある。上着じゃなくってワイシャツの方に付いている。それに、吉川さんの癖かな? 自分のものに名前書くタイプの人だろう? さっき帽子のつばにもちらっと見えた」

 鷲征と京子は顔を見合わせて驚きの表情を浮かべる。

「そんなのいつの間に見てたの?」

「悠子ちゃんって目ざといんだな。僕はぜんぜんわからなかった」

 感心するように言っているようで、なんだか失礼な声色にむっと機嫌を悪くした悠子。

「観察眼があると言うような良い言い方は出来んのか? 鷲征」

 睨みつけながら言い放つ悠子に、鷲征は笑顔でごまかしながら、まぁまぁとなだめる。

「名前を書いてしまうのは私の小さいころからの癖なんですよ。どんな小さなものにも、ついつい書いてしまって」

 運転席から振り返ることなく吉川は優しい声色で悠子に返事をした。

「ほんと、感心するわ。目ざとくて」

「お前等なぁ。はぁ、まぁ、良いか。それはさておき、吉川さん。できればこの変な曲は止めてくれないか? 頭おかしくなりそうだ」

「すみません。かけていないと旦那様に叱られてしまいますので」

「叱られると言っても、ココに本人がいるわけで無し、まさか盗聴マイクが仕込まれてるって事も無いだろ?」

「はぁ、そうなんですが、帰りましたら旦那様が再生状況をチェックされ、かけていなければ即座にばれてしまうのです」

「はぁ、だからこのご時世にカセットテープなのか。まったく、西条のオヤジは相当の偏屈で、人を信頼しない大馬鹿の、趣味悪い輩って事だな」

「ちょっ! 仮にも西条の使用人さんが居る前で」

「いや、大丈夫だろ。この運転手さんはプロだ。客の話をボロボロ言う事は無い」

「そうかもしれないけど、あんまり良い気はしないんじゃないの?」

「フン、オレのほうが今はいい気分じゃないんだ。他人の気分まで見てられるか。己で処理するだろ」

 悠子の振る舞いに京子は慌て、鷲征はただ笑いを堪えて、運転手の吉川は聞こえない振りを決め込んで、車は古城へ向かっていた。

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