第10話 運転手、吉川2
「やだ、お姫様抱っこ!」
京子は、悠子には似合わないという微妙な顔つきで言うが、鷲征はにっこり笑って悠子に聞く。
「いかがですか? お姫様?」
「ふむ、なかなかいいぞ」
「もう、小脇に抱えてもいいぐらいなのに。そんなの」
「何を言うか、京子。オレに一番ふさわしい扱いだろ。で、お前誰だ?」
いまさらそこかと、鷲征も驚きながら悠子を見、京子に至っては眉間にしわを寄せている。
「もぅ、マジでマイペースすぎ。ごめんね、鷲征」
頭を抱えながら京子が鷲征に謝り、悠子に注意したが、鷲征は京子に笑う。
「良いって。気にしなくて、面白いし。僕は佐藤鷲征」
「佐藤建設の息子さんよ。私達の2つ年上」
「佐藤。……あぁ、奈津美さんの実家か」
「へぇ、よく知ってるね。あんまり知られてないんだけど」
「そりゃそうよ、鷲征。この生意気なクソ女は日下部悠子、私のクラスメートであり、あのヒノワの長女」
投げ捨てるように紹介された悠子は、にやりと口元を引き上げて京子を見る。
「クソ女とは。京子、オレが元気になったら覚えとけよ」
悠子の視線をしっかりと受け返して、京子は顎を少し上げてほほ笑んだ。
「いいわよ~覚えておいて上げる。出来るもんならやってみなさい」
二人の会話を少々驚きの表情で眺めていた鷲征だったが、改めて悠子を見てあいさつした。
「ヒノワの方とは知らず、失礼を」
「気にしなくていいそ。今日は別にヒノワとして来たわけじゃないからな。京子に拉致されただけだから。敬語もなしだ」
「拉致なんて人聞きが悪いわね。ちゃんとお誘いしてお迎えに行ったじゃない。クソ女」
「おいおい、いいのか? 被ってたデッカイ猫が逃げたぞ、早く捕まえて来い」
「良いのよ、鷲征にはとっくの昔にバレてるんだから。それにね、私の猫を甘く見ないでよね。こんなことぐらいで逃げ出す猫を飼ってないわよ」
2人のやり取りを見ていた鷲征は、始めは圧倒されたが、その掛け合いを見るほどに可笑しくなり思わず噴出す。
「本当に仲が良いんだな、2人共。ククク、僕も仲間に入れてもらえるかな? 悠子ちゃん」
「ふん、好きにしたら良い。泣き虫鷲征」
「あ、いや……できれば泣き虫どけてもらえる?」
「……で、京子。こんな島に呼び出しておいて、西条は迎えも何もよこさないつもりなのか?」
「(あ、軽く無視された。え、泣き虫確定?)」
「さぁ、私も初めてだもの知らないわ。っていうか、迎えがなかったら場所わかんないし、このまま帰ってもいいんじゃない?」
京子が笑いながらそう言った時、黒いリムジンが港から暫く歩いた場所の道路脇に止り、出てきた運転手らしき人がこちらに向かって帽子を取ってお辞儀した。
「どうやらアレ見たいね。ココまでは車は入ってこれないのね」
「よっし、行け。鷲征」
「(お、泣き虫取れてる)了解、悠子ちゃん」
泣き虫がどいたことのほうが重要で、命令されているということをわかっていない鷲征は悠子を抱きかかえたまま、リムジンの待つ道路脇まで歩いていく。
「お疲れ様でございます。ようこそいらっしゃいました」
運転手は丁寧にお辞儀をすると、リムジンのドアを開けた。
京子はドアを開けている運転手に向けてにっこりとお嬢様スマイルを決め、優雅に車に体を滑らせる。京子が乗り込んだのち、鷲征はゆっくり悠子を足から降ろした。
「平気かな? さすがに抱いたまま乗り込むわけにもいかないからね」
「ま、多分。駄目だったらゲロるからいい」
「プッ、ゲロるって、出来れば車の中じゃなくって外でやってね」
悠子の言葉に噴出した鷲征を見て、悠子はなるほどと心の中で頷き、じっとりとした視線を向けてくる京子の隣に体を滑らせる。そして、自分の後に乗り込んできた鷲征に、
「さぁな、それはゲロに聞いてくれ」
というと、さらに鷲征は噴出して、大笑いするのをこらえるように口に手を当てた。
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