第9話 運転手、吉川1
二人が船に乗って数時間、小さめの島に降り立った。
「ちょっと、大丈夫? 悠子」
船に弱い悠子は中型とは言え、少し激しめの波にもまれた船の揺れによって、すっかり酔ってしまい、白い顔をさらに蒼白にさせて京子にもたれ掛かる。
「大丈夫か大丈夫じゃないかと言われれば、まったく……大丈夫じゃ、無い……、ぅうっ、気持ち悪…ぅ…」
クラッとその場で後ろに倒れそうになった悠子は、これは後頭部からいったな、とある程度覚悟していたが、何やら柔らかい感触に包まれて倒れることはなかった。
「おっと、大丈夫かな?」
「あぁん? 大丈夫なわけ無いだろ。それくらい見れば変わると思うが……」
頭の上からしてくる、少し低めの声に眉間にしわを寄せて、瞳を閉じたまま言い放てば、慌てて京子がそばに駆け寄る。
「ちょ、ちょっと、悠子! 支えてもらっておいてそれは無いでしょ。あの、連れが失礼してすみません」
「いや、そらそうだな、大丈夫な状態に見えるわけ無い。しかし、面白い子を連れてきたもんだね、京子ちゃん」
いきなり自分の名前を呼ばれて、京子は首をかしげながら笑顔を見せつつ、警戒する態度をとる。
「分からなくっても無理ないか、久しぶりだからね。
「あ、あぁ~! 泣き虫鷲征!」
「うわ~、酷ぇ思い出し方」
「え、本当に? あのヒョロヒョロで泣き虫の名前負け鷲征? どうしてウチの船に乗ってるの?」
「会ってなかったから仕方ないんだけどさ、名前負けまで言っちゃうかな。高見沢のおじさんが乗って行っていいっていうから載せてもらってたんだよ。君たちは専用の船室だったけど、俺は普通の船室だったから気づかなかったんだろ」
ため息をつく鷲征と、驚きながら鷲征の体つきを確かめるように触りまくる京子。
鷲征は京子の母の弟の息子。
つまり従兄弟だが、親族の中で京子の猫の存在を知っている数少ないうちの1人。
その2人に向かって、鷲征の胸の辺りから低く響くような死にかけの声がかけられる。
「おまえらなぁ。んな、思い出話は後にしろ。先に苦しんでる人を助けようという優しい心はお前らには無いのか……、うぷっ」
「それだけ喋れれば十分大丈夫なような気がするんだけどね、悠子」
「何を言う、気分は最悪状態のまま改善されてない。このままではこのあたり一帯がゲロにまみれてしまうぞ」
「うわぁ、女子学生の言葉とは思えないわね、汚い。しょうがないなぁ、鷲征、おんぶしてやってくれる?」
「おんぶして後頭部からまみれたくないんだけど」
「じゃぁ、適当に運んでいいわよ」
「付いてきてもらった友人に対してなんて酷い扱いだ」
「伯父さんから聞いてたけど、ホント仲良いんだな。それじゃ、こういうのならいいかな?」
鷲征はそう言うと、悠子の体を軽く持ち上げ、フワリと横抱きにした。
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