第25話

一部始終を眺めていたモチオだったが、その視線に気付いた美須乃はきまりが悪そうな顔で、こちらにやって来て彼の前の席に座った。


駒は涙を浮かべたまま仏頂面で黙っていた。


「今の見てた……?」

「うん」

「見苦しい所をごめん……」

「ううん。あれは苛々するよな」


「そうなんよ。たまにカッとなって……包丁とかあったらやばいわ。

“殺意がわく”ってこういうことなんか……って大袈裟やな。

いや、でも、本当にキレてる自分が怖い時ある。

罵詈雑言浴びせて泣かせてる時もあるし……『もう失せてしまえ!!』って」


「それは辛いな……怒ってる最中は怒りにとらわれてしまうから……いったん落ち着かないと」


「うん……場所移動して1人になったら、苛々感もそのうちおさまってくるけど、自分の不甲斐なさに泣くわ」


美須乃はトホホと嘆いた。


「駒連れて出かけるのも嫌になって、1日だらけてたくなるんや。

そんなんしてたらアカンのに、早く1人で遊べる歳になってほしいわ……って言うて、うちも駒も友達おらんけど」


「美須乃はここに引っ越してきたばかりなの?」


「うん……ってもう5年も経つけど。旦那の実家がリガニ町で、家建てようってことになって」


「へえ~」


「同じ敷地内にお義父さんとお義母さんも住んでるんよ。2人とも仕事してるから、ずっと遊んでもらうのとか難しくて……

まあ、うちが働いて保育園に駒を預けたらええ話なんやけど、これや!!って思う仕事がなかなかなくて……」


「せっかくなら長く続けたいもんな」

「うん……3か月で辞めたこともあるから、もうちょっときちんと考えたほうがいいなって」


「職選びって大変だな」

「いや、モッチー達もやろ。生きていくためにウキウクのお世話し続けなアカンやん」

「まあ、そうだけど、クウが0になるってことは滅多にないから、そう簡単に死ぬことはないよ」


「クウ?」


「お金みたいなものかな。ウクーはウキウクに貢献するとクウが付与されるんだ。

クウはメハトに自動的に蓄積されていって、貯まると物を買ったりサービスを受けたりできる。

ウクーは存在自体、ウキウクのためだから、生きてるだけで最低限のクウは保持してるよ」


「じゃあ、高望みせんウクーは仕事や奉仕活動もしてないってこと?」


「う~ん……ウクーによるなあ……

最低限っていっても、1週間に1食、それもわずかな水と食料だけだから、それだけで生きていけるのは全然動かないお年寄りぐらいじゃないかな。

空腹状態が続いたら、害虫対策の簡単な罠でも作って、ウクを貯めて美味しいもの食べようってなるはず……」


「持ちつ持たれつってことか。ようできとるな」


感心していた美須乃はモチオを見ると、

「ごめんな引き留めて。忙しいやろうに……」

と謝った。


「気にしなくていいよ。息抜きになるし」


嘘ではなかった。

日頃、ほぼ決まったウクーとしか会話しない彼が、人間とスムーズに喋れるということは彼にとって気兼ねしなくてもいい相手で、会話が楽しく感じられた。


「でも、ほら、橙さんやったっけ……が心配するんちゃう?」

「彼は1日の大半は寝てるよ」

「どのくらい?」

「だいだい20時間かな」


「コアラ並みやん」


美須乃の突っ込みにモチオは軽く笑った。


「ウキウクを管理したり、ウクーを育成するには膨大なエネルギーが必要だから。

食事以外は寝て節約してるんだよ。だから、叱られるなら橙さんよりもニミコかな」


「ニミコ?その人もウクー?」

「うん」


「もしかして、黒い髪のクールビューティーなお姉さん?ずっと前に2人でいたところ見かけたけど」


「多分合ってる。ウマが合うから頻繁に会うんだ。

でも、わたしがぼやっとしてるから、よく叱られてる……ニミコはきちっとしてない類は嫌いなんだ」


「何かきつそうやな……」


「慣れてないとそう感じるかもなあ。ちょっと短気なとこもあるし。

でも、困った時はすぐに助けてくれる良い人なんだよ。

毎日顔合わせるわけじゃないけど、一緒にいると肩肘張らなくていいんだ」


「へえ~信頼してるんやな」

「うん、親友だから……」

「いいな、そういう関係。気合う人ってなかなかおらんもんな……」


「ウクーはもともと単独行動が多いから、団体で行動するってことが殆どなくて……

3、4人とか少人数で活動してるのは見かけるけど、生活リズムもそれぞれ違うし……まあ、表に出てるのは若者ばかりだから、自分のやりたいように過ごしてるんだろうけど」


「ふむふむ。なんか“選ばれし者!!”って感じがするなあ~」


「若者は皆そうだよ。お年寄りは干渉してくる者もいるけど、だいたい悠々自適に暮らしてるから」


「現場を駆け回る若手社員ってとこか。それでも、自分の役目果たしてるんやからすごいよ」

「そんなことないよ。わたしなんてまだまだ……臆病だし」


「臆病?何か怖いことがあったん?」


「う~ん、怖い……怖いことかな…………」


モチオが続きを話すかどうか迷っていると、

「ごは~ん!!」

駒の野太い声に会話を遮られた。


「ごはんたべたい~!!」

「ちょ……今いいとこなんや……!!」

「ごはん!!ごはん~!!」

「もうちょい後でもええやろ……」


“ごはんコール”にうんざりする美須乃。


「続きはまた今度かな……」

「明日、旦那休みやから駒預けて来るわ」


うん、とモチオが頷くと、彼女は駒と一緒に立ち上がった。


「ばいば~い」


駒は満面の笑みで、母に手を引かれながら自宅へと帰って行った。

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