第26話
翌日は美須乃だけが広場にやって来た。
「駒は、パパとトフシイのおもちゃ売り場で遊んでるわ。1階で食料品買うてくる~って任せてきた。で、昨日の話って……」
早速話を切り出す美須乃にモチオは徐に口を開いた。
「ずっと前に、わたしの先輩が行方不明になって、その人が最近“抜け殻”――生きてるけど魂が抜けた状態で現れたとか変な噂が流れてるんだよ」
「こわ…………」
「まあ、色々あったからな……」
「どんな人やったん?」
「名前は“リル”っていって、瑠璃色の瞳が綺麗な人だった」
「瑠璃でリル、洒落とるなあ~」
「名付けは橙さんがするんだよ。インスピレーションでつけるって」
「え~!?じゃあモッチーは?」
「肌がモチモチしてるから、だって。生まれた時って皆そうだと思うんだけど何故か……」
「他のウクーよりもめっちゃ“モチ肌”やったんちゃう?……こう見てても、白くて艶やかでキレイやし……って、話逸らしてごめん」
モチオは軽く首を横に振ると話を続けた。
「リルは他の人を惹き付ける不思議な魅力があって、困っている人を見ると放っておけない質だった。容姿も整っていて温和で口調も優しいから、それを好意と受け止めた人間やウクーと懇意になるとか、しょっちゅうあったよ」
「わお……天然のたらしやん」
美須乃は口をあんぐりとさせた。
「独特の雰囲気も原因だったと思うけどな……昔は彼も外世界によく行ってた。
そこで親しくなった女性がいて、その人はいわゆるシングルマザーってやつで子供が2人――駒くらいの歳の子がいた。
で、ある時彼は、母親が留守中に子守りを頼まれたんだけど、喚き暴れて手が付けられず、つい強く押してケガをさせてしまったんだ。
幸いにも子供の怪我は大したことなかったけど、母親は彼にキツく当たって結局別れたらしい」
「いや、それどう考えても母親が悪いやろ。いくら彼氏でも他人に子守りさせとくなんて」
「うん。そうなんだけど、人間に干渉しなければ、起こらなかったことだから自己責任だって……普段は寛容な橙さんも罰を下すことになった――
彼はメハトの半分以上失ってしまったんだ」
「メハトってなくなるとどうなるん?」
「負傷して真っ黒になるといずれ消滅してしまう。
よっぽどのこと……橙さんの怒りに触れたり、強い衝撃を受けたりしない限りは傷つかないけど」
「そうなんや……」
「半分もあれば十分生きられるよ。
それ以来は特に目立った事件もなく平和だった……のに、ある日またメハトが傷ついてしまう事件が起きて……」
「またやらかしたとか?」
「ううん。ニミコが刺したんだ」
「…………えっ?刺した?」
声は静かだったが動揺しているのが見て取れた。
「あれは事故だった……たまたま手にしてた枝の先端が突き刺さったって」
「ひえ……それは災難やな」
「稀に傷がつくことはあっても、深く刺さるって、ものすごく力込めないと無理なんだよ。
故意だったのかとも思ったけど、彼に対して強烈な怒りや憎しみの感情を抱いてるようには見えなかった。
まあ、ニミコの好きなタイプじゃなかったけど……」
「風紀を乱す奴に我慢できず“カッ!!”となって……とかなんかなあ。橙さんからお咎めはあったん?」
「リルが橙さんに『自分の不注意で負傷した』って告げたから、ニミコは咎められなかった。その後すぐにリルはここを去っていったらしい。
ウクーどうしって多少の諍いはあるけど、殺したいとか感情が昂ることってあんまりないから。
ニミコは喧嘩っ早いけど理由なくキレたことはない。
まして、わたしと知り合いのウクーを傷つけるなんてするはずがないんだ……」
「彼女にとってよっぽど不快なことがあったんかな……」
「思い当たる節はいくつかあるけど、一番は他のウキウクへ移りたいって言ってたことだと思う」
「他の色の所に?」
「そう。橙さんの許可を取れば移動できるんだ。まあ、そんな面倒なことするウクー滅多にいないけど……
でも、リルはある目的で他のウキウクへ移りたいって願望があったから、同志を集めようとしてたんだ。
わたしも誘われたけど、踏ん切りがつかなくて断った……こじんまりした今の住まいが好きだから行きたくないって。
ニミコはいつもの調子で『ふざけるな!!』とか怒ったんだろうと思う。
それが何度もあったし、根本的に反りが合わなかったからなのか……」
「日頃の鬱憤が爆発したんかな……」
「せっかちなところもあるけど、冷静に判断できる人だよ。
リルが去ってからは、しばらく落ち込んでたふうに見えたな。
口では『あんなやついなくなって清々した』って言ってたけど……」
「モッチーは寂しくないん?」
「う~ん……はじめは寂しかったけど、もう慣れたかな」
「案外ドライやな。いや、でもそんなもんか」
「他のウクー達は結構寂しがってたかもな」
「モテ男やったんか。モッチーは好きやったん?」
「好きだったよ。付き合ってた時期もあったから」
「長かったん?」
「うん。出会ったのはわたしが9歳くらいの時だったな」
「馴れ初めは?」
「高い木に成ってた実を取ろうとして登ってたら足を滑らせて……運悪く、そこを通りかかった彼の上に落ちてしまったんだ……」
「それでキュンときたわけか」
「いや、気が動転してそれどころじゃなかったよ。
彼は軽い打撲で済んだけど、わたしが足首を擦りむいてしまって……
親切に手当してもらった後、木の実も取ってくれた。
ずっと不安そうにしてたからか、別れ際にわたしの頭を撫でて、笑顔で『大丈夫だよ』って抱きしめてくれたんだ」
「はあ~~初対面でようやるわ。イケメンやから許されるやつやん。
いいなあ~ロマンチックな出会い。めっちゃ王子様やん」
「王子様か……そんな雰囲気あったかもね。もう大人だったから」
「そういや、モッチーと彼はどのくらい歳離れとるん?」
「だいたい100歳かな」
「ひゃ、ひゃく……?それは近いんか離れてるんか……」
とんでもない数字に躊躇する美須乃を見たモチオは、しばし考えてから、
「そうだな……人間で言ったら、わたしが9歳だったから、彼は22、3歳くらいかな」
と答え直した。
「小学生なら憧れの大学生のお兄さんってとこか」
「そうだな……その日、自宅に帰って世話係の先輩に彼のこと尋ねたら、名前と職場を教えてくれたんだ。界隈では有名な人だったから。
あの後、具合が悪くなったりしてないか心配で、週に何度かこっそり職場まで行って、仕事中の彼を木の上から観察してたんだ」
「何も木の上に登らんでも……不審者っぽい」
「今考えたら……まあ、子供の頃は今以上に人見知りで友達もいなかったから。
周りには綺麗な人も集まって声もかけづらかったし。気付かれないように眺めてたんだよ」
「そういうことならわかるかも。気になるけど声掛けられへんって」
美須乃はうんうんと頷いた。
「でも、ある日『そんなとこにいるとまた落っこちるよ』ってバレて……その時の何気ないふわっとした笑みに不意にときめいてしまって……」
「それでそれで?」
「思わず『友達になってください』って言ってしまったんだ」
「はあ、友達か……『好きです』って言うたんかと思った」
拍子抜けする彼女にモチオは苦笑いした。
「まだよく知らなかったし、いきなり“好き”なんて言われても困るかなって……
実際、当時は友達いなかったから。
彼は呆気に取られてたけど『いいよ』って笑ってくれた。
それからは暇を見計らって家を訪ねて勉強を教わったり、出かけたりするうちに、いつの間にか頻繁に通うようになってたかな。
友達っていうよりは兄弟とか先輩後輩みたいな関係だった。
面倒を見てもらっている感じだったから。
ウキウクや人間社会のこともリルが教えてくれたんだよ」
「優しいお兄さんやったんやな」
「うん。彼といると知識が増えていくのが楽しくて。たとえ失敗しても絶対に怒らないし、否定するようなことは言わなかった」
「へええ~めっちゃできた人やん」
「恋人が多いこと以外は……」
「そっか、そうやったな。モッチーは気にならんだん?」
「自分が一番になりたいとは思ってなかったから」
「じゃあ『付き合おう』とか告白されずに一緒にいたってこと?」
「うん。好きとは言われてたけど……一緒にいるのが当たり前だったから。
1度離れた時期もあったけど、行方不明になるまで80年近く一緒に過ごしてたよ」
「80年か……人生の殆どやん。旦那とそんなにやってけるかなあ……ってか、もう生きてないよな」
長い溜息をついた美須乃はハッと我に返った。
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