第27話

「ああ、ごめんごめん。またうちの家庭のことを……にしても、モッチーくらいかっこ可愛い人が彼女やったらええよな……

って、彼女っておかしいか。モッチーは男の人やもんな……

でも先輩は女性の彼女もおるわけやし……もしや2人とも両刀?」


「両性愛者ってこと……?そうなるのかな。人間みたいに身体的には男女区別があるけど、恋愛対象は色々だから」


「ああ、そうか。人間社会もジェンダーレスになりつつあるし……魅力ある人は男も女も関係ないもんな」


「彼は声も素敵だったな。普段は“深みのある心地よい声”だけど、2人の時になると全然違った艶っぽい感じなのが……

全身から人を引き寄せるようなオーラがにじみ出てた。

一度くっついてしまうと心地良すぎてなかなか離れられない……」


夢見心地で話すモチオに美須乃は、

「ああ……」

と呟き、ポンと手を叩いた。


「それって“人をダメにするクッション”みたいやな」

「人をダメにするクッション?」


「うん。寝転がると、あまりの心地良さに『何もしたくなくなる~ずっとこのままでいたい~』ってなクッションが売っとるらしい。うちは使ったことないけど」


「へえ~じゃあそれと同じかもしれないな」


ソファとウクーを比較するのもどうかと思ったが、脱力感を覚えるという点では同じだった。


「さっき“1度離れた時期もあった”っていうのはそれが原因?」


「うん、それもあるけど……肌を合わせてしまったからかな。

好きは好きだったけど、恋愛感情っていうのが16、7歳の頃はよくわからなくて。

その日までは一緒に布団に入って寝てても特に何もなかったから……」


「何気ない表情に急に“グッ!!”ときたんかな……」


「美須乃はあるの?」


「う~ん……若い頃は、なんか急に甘えたくなって抱き着いたりとかしてたかなあ……10年以上の前の記憶やから曖昧やわ」


遠い目をして話す美須乃はモチオに尋ねた。


「モッチーは、彼と友達のままでいたかったん……?」


「一緒にいるうちに、それ以上の仲になれたらいいな、とは思ってたよ。

好きな人と触れ合うのは嬉しかったから。

友達から恋人って自然な流れなんだろうけど、わたしには唐突すぎて、どう接したらよいかわからなくて彼から逃げたんだ……書置き残して」


「それ、家出やん」


「うん……3年くらい避けてたら、ある日彼が自宅を訪ねてきて『君のことが好きだから一緒にいてほしい。好きな人ができてもいいから』……って涙流しながら言ってくれて、またやり直すことになったよ。

もう忘れてしまったんじゃないかって不安だったから内心ほっとしてた」


「3年は長いな。ウクーの感覚やとそうでもないんか……本当に好きやったんやな」


「大切な存在っていなくなってわかるものなんだろうな。ただ、わたし以外とも続いてたけど……」


「具体的には何人くらい?」

「当時は10人くらいはいたんじゃないかな?最終的には3人になったって言ってた」


「じゅ、10人……!?どういうスケジュールで会うとるんや……?気が遠なるわ…………」


予想を超えた返答に美須乃は眩暈を起こしかけたが、モチオはあっさりしていた。


「会う頻度はみんな違ってたから。わたしは空いてる日は殆ど彼のところに行ってたけど……」


「それって、他の恋人と会っとる時は悶々とするんちゃうん?」


「はじめはそうだったよ。今頃どんなふうに過ごしてるのか、あれこれ想像して不安になってたけど、そう思ってる自分がだんだん惨めに思えてきて……

考えても仕方ないことなんだから、いない時は自分のやりたいことやろうって決めたんだ」


「めっちゃポジティブやな」


「わたしのこと大切にしてくれてるならいいか……って割り切ってた」


「割り切れるのがすごいな。何人も恋人いたら、妬まれたり、嫌がらせされたりとかありそうなもんやけど……」


「彼の場合はなかったな。扱いが上手いからなのか、恋人達が他人に干渉するタイプじゃなかったのかもしれない」


「でもなんでモッチーに戻って来いって言うときながら、複数の人と付き合ってたんやろ。恋を楽しみたいタイプやったんかな。満たされてなかったとか……?」


「そういう体質だったのかもしれないな。完全無欠なんていないよ」


「はあ……口説きのテクニックがあったんやろな。はあ……“コミュ障ぼっち”のわたしには理解できへんわ」


「わたしもそうだよ。1人が好きで他人と話すのは苦手」


「えっ?そうは感じへんけどなあ……でも、こんな込み入った話をうちなんかにしてよかったん?」


「ああ……なんだろうな、なんか話したくなったんだよ」


「“関係ない人ほど話せる”ってやつか。わかるかも」


美須乃は静かに笑った。


モチオは、いつになくおしゃべりな自分に驚いていた。ニミコに知られたら度叱られるにちがいない。


しかし、無関係な人間に話したところで何か不利益を被るわけでもない。


「にしても、恋バナ聞いて若返ったわ」


「若返った?」


「うん、何ていうか、久しぶりにワクワクドキドキするような話聞けたなあ~って……あ、モッチーにとってはヒヤヒヤもんやんな。

彼のオバケが現れるかもしれへんし……

うちは毎日、駒中心やから面白味がない生活っていうかマンネリ気味で…………

イヤイヤ期過ぎたはずやのに、こだわり強すぎてストレスばっか溜まるんよ。

やから、こうやってモッチーと話せて嬉しかった」


彼女は小さく伸びをした。

モチオはすっと清涼な風が体の中に入っていくのを感じた。


「また来ていいよ」


「え?」

「これも何かの縁だろうし、話したいことがあれば」


「本当にいいの……?」

「このへんにいない時もあるだろうけど」


「ああ、それなら平気。出かけるのっていつも午前中で、もしモッチーおらんでも、トフシイとか子育てセンターとか寄っていけるから」


「その時はごめん」

「いやいや、うちが時間とらせてるんやし……ここはお互い時間が合ったら――ってことでええんちゃうかな?」


「そうだな、ありがとう」


お礼を述べた。


「あ、そろそろ行かんと。ホントに食料品買い物してくんやった」


慌てて椅子から立ち上がった美須乃は、

「じゃあ、また来週」

と手を振って、トフシイ出入口へと小走りで去って行った。

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