第28話
2日後の月曜日、モチオがトフシイ周辺の木々の観察をしていると、また美須乃と駒が現れた。
駒は相変わらず“毒キノコスタイル”で、今日は恥ずかしがらずにモチオに挨拶してくれた。
「きょうはハンバーガーつくるの~」
リュックサックから張り切って取り出したのは“ハンバーガーを作ろう”と書かれた紙箱だった。
駒が箱の中から粘土と型を取り出している間、美須乃は自分のバッグから下敷きを取り出し、テーブルに敷いてやった。
「この上で作りなよ」
「わかった~」
駒は素直に返事をすると、赤色の粘土を型に押し込み始めた。
その様子を眺めていたモチオは、美須乃がいつにもまして元気がないことに気付いた。
「なんか疲れてる?」
「あ、うん……週明けは特にな……
日曜は旦那おるから車で出かけたりするんやけど、昨日なんて何が気に入らんのか、ぎゃーぎゃーうるさくて言うこときかんし、帰りの車内ではすぐ寝て、家着いたら全然昼寝せんと夕方になって『おねんね!!』とか言って騒ぎだして……
夜も寝付くのも遅くて、寝たと思ったら『おしっこ出た!!』やし……」
「はあ……」
「で、リビングでおむつ替えたらそのまま遊び出して、眠くなったらソファに横になるのはええんやけど、2階の寝室まで運ぶのがクソ重たくてな……
ベッドではうちの背中ドンドン蹴ってくるし。
パパにくっつけばいいのに、なんでかママにばっかり寄りかかってくるんよ。
せやから、うち、いつもベッドの端っこでプルプルしながら寝とるんや……」
「何かの修行してるみたいだな……」
「そうそう、修行やで……ホントは育児なんてやりたくないけど、そうも言ってられん。生んだ以上は育てる責任があるし……
育児本とかには“育児は子供と一緒に楽しむもの”って書いてあるけど、ちょっと沈んでる時に言われると『はあ?』ってしか思えへん。
”笑顔で楽しく”なんて、いつもいつもやってられるか~!!って。
基本、ママの楽しいことと子供の楽しいことって違うやん。
その時は楽しくても駒は気まぐれやから、今日面白かったことが明日面白いとは限らんもん。毎日何しようかって考えるのが結構ストレスやったりするんよな……
自我が芽生えてくると、こっちの思うようにはいかんからなあ……
うちが面白そうって思っても、駒が興味なかったら諦めも要るし…………
はあ……“楽しい”ってどんな気持ちやったっけ……」
美須乃が下敷きの上の青い粘土を人差し指で押すと、
「だめ~!!」
駒はさっと自分の方に粘土を寄せた。
「こまちゃんのなの!!」
「ちょっとくらいええやろ、ケチ」
横取りされそうになって怒る娘に、美須乃はフンと鼻を鳴らした。
「美須乃は今が楽しくないの?」
「楽しいよ。そう思う時はあるけど、1日のごくわずかな時間だけやな」
「そういうものじゃないかな」
「そうか……まあ、SNS見てても同じようなママ達おるから、自分1人だけじゃないんやって励まされたりはするな。
なんか、悪いなあ……モッチーには全く関係ないことやのに愚痴ってばっかで」
申し訳なさそうにする美須乃に、
「そんなことないよ。美須乃が前に言ってただろう?無関係の人の方が話しやすいかもって。
家族や友達だと親身になって考えてくれるから、余計な心配かけたくないって思うんだろ?」
「心配……そうかもなあ~~いや、そこまで深刻かって言われるとそうでもないし……自分の思ってることが悩みなんかどうかすらわからんな。
とりあえず今の気持ちを口に出してすっきりしたいっていうか」
「わたしも、親しい人には話しづらいことあるよ。
考えすぎなんじゃないかって思われるかもしれないから、事情を全然知らない人に話す方がラクな時もある」
「そっか……育児って、いくらやっても達成感とか充実感とかないんよな。
区切りってもんがないやん?仕事みたいにお金もらえるわけちゃうし」
「見返りがないのは辛いよな。わたし達はクウはもらえてるけど、きっと人間以上に変わり映えしない日々だよ。長生きだし、衣食住に困ることはないからな。
やらなきゃいけない仕事って、極端に言えば、ウキウクを枯らせないことだけだから……
仕事というよりは生きるために必要なことかな。それさえ守っていれば何をしてても自由」
「時間持て余してしまうやん。何か趣味でもないと退屈そうやな」
「うん。だから、とにかくウキウクのために尽くすウクーもいれば、趣味に没頭するウクーもいる」
「趣味か……モッチーの趣味は何?」
「わたしは……何も考えずに景色を眺めるのが好きだな。あとは仲間と喋ったり……これ、趣味って言わないな」
「ええやん。うちも同じやで。駒が昼寝した時とか、何かしようと思いつつ、気付いたら、ぼけーっとスマホで特に面白くもない記事読んだり、メールの返信してるわ。
あ……ぐうたら主婦と一緒にしてごめん」
「ぐうたらなんて……駒の相手してたら疲れるだろ」
「うん、そりゃもう……特に何もしてないのに疲れるんよな。
キレまくっとるからか……時間を気にせず“まったーり”したいんよな。
ごはんも毎日作りたくない……ウクーは料理する?」
「わたしは庭で育ててる植物をそのまま食べてるけど、料理好きな人は家に豪華なキッチンを置いてるよ」
「広々したキッチンあれば、うちも料理好きになるかな……あ、お風呂とかは?」
「シャワーだけかな。霧状になって出てくるから乾くのも早いし、服着たままでもいいから、ついでに洗濯もできるよ」
「ええ~!!めっちゃラクやん!!」
「ラクだけど“お風呂に浸かる”っていうのも生活の楽しみの1つじゃないの?」
「まあなあ~そうなんやけども、たまにはなあ……家事のどれか1つだけでもないと、だいぶ時間に余裕出来るから。自由時間ほしい……」
「自由か……美須乃から見るとわたしは自由なのかな」
「せやな。でも、モッチーはモッチーで大変やろに。
なんでも好きなことできる時間が永遠にあっても逆に困るというか……
これやろうと思ってたこと後回しにして、結局ダラダラ過ごしてしまいそう……
あ、これはうちの場合やけど。
モッチーは自己管理きちっとできてそうやんな」
「今は独り身だからまあまあできてるけど、昔はそうじゃなかったよ」
「昔って、例の恋人がいた頃?」
モチオはこくりと頷いた。
「“人をだめにするクッション”やもんなあ~~それはしょうがないよ……」
「まあ、それだけじゃなくて、子供の頃は、とにかく『早く1人前になりたい!!』って意気込んでたのもあって無理してたと思う。
それも今じゃ、ゆる~い生活になってしまった」
「ええんちゃうのそれで。堕落した生活送ってるわけちゃうし、ずっと頑張り続けてってのも辛くない?
……うちは学生時代マジメちゃんやったけど、社会人になってからはテキトーな性格になってしもて、結婚して子供生まれからは、毎日キレてばっかの生活やんってくらいやし。
“我が子ファースト“すぎて、自分はどう生きたかったんやっけ?って思う時がある……
人生こんなはずじゃなかった!!ってやつな」
「物事は思う通りにいかないよな。きっと、なるようにしかならない……」
「そうなんよな……思う通りにいかんから『ムキー!!』ってなるんよな。
モッチーはそんなのなさそう」
「あるよ。人の心はわからないし、動かすのは難しいから」
「それって恋人のこと?」
「うん……なんでこの人を好きになったんだろって」
「うちも結婚10年目にして思う時あるわ。
夫と結婚して良かったんか?子供生まれて良かったんか?って……
まあ、死ぬ直前に『幸せな人生やったな』って思えればいいんかなって考えとるけど」
「結論を出すには早すぎると思う。わたしにはずっと先のことだな……
まあ、今は相手がいないけど」
「好きな人も?」
「それは……いるかな」
「思いが伝わるといいな」
「うん」
ユティにも同じことを尋ねられたのに、なぜか美須乃だと不快感なくすんなりと返答できた。
話好きではあるが軽薄ではなく、育児という人生の荒波に直面している最中だと思うと、どの言葉も興味深く感じられたのだ。
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