第29話

「ハンバーガーできたの~!!た~べ~て~」


黙々と粘土遊びをしていた駒が、下敷きの上で作っていたハンバーガーを手の平に乗せてモチオに差し出した。


「ありがとう。いただきます……」


彼はハンバーガーを受け取ると、その出来栄えの良さに感心した。


てっきりめちゃくちゃな物が出てくるかと思ったら、薄茶色のパンの間に、茶色のハンバーグ、黄色のチーズ、赤色のトマト、緑色のレタスが挟まれた美味しそうなハンバーガーに仕上がっていたからである。


「美味しい」

「でしょ~~はい、ママ」


自画自賛した駒は次に、美須乃の前に“ポテト”と書かれた紙の小袋を置いた。


「あ、極太ポテト~いただきます~」


袋の中にはフライドポテトに見立てた、短い棒状にまとめた黄色の粘土がいくつか入っていた。


「美味しかったな。ありがと~」

「は~い、おかたづけ~~」


駒は粘土を回収するとすぐさま色別に分けて押しつぶし始めた。

その様子を傍で見ながら美須乃はふう~とため息をついた。


「うちさ、強い意思を持って生きてきたつもりやけど、自分の意思だけじゃどうにもならんこともあるって、子育てしとるとしみじみ思うんよ……

若い頃は気力と勢いで何とかできてたことが、できへんなったりとかな。

駒はうちの言うこと毎回聞くわけじゃないし、気もコロコロ変わるから、自分のモチベーション保つのが難しいんよな。

時間あったらやりたいことも、気持ちがついていかんと無理……」


「人間は短い時間で色んなことをやってのけるよな。わたしがぼんやりしてる間に、このあたりも目まぐるしく変わったよ」


「モッチーは長く生きてる分、これまでいっぱい苦労があったんやろな」


「苦労か……あまり感じないな。

生まれた時から、ウクーはウキウクのために生かされている存在って刷り込まれてるようなものだから。

でも、大きな目的があるなら、終わりのない作業も少しは頑張れるかな……」


「モッチーは真面目やなあ~」


「そうかな?」

「せやで。だって、さぼってるウクーだっているわけやろ」


「わたし1人が手を抜いたところで大きな影響があるわけじゃないけど、一生懸命してる人だけに負担かけるのって嫌だから。

自分のペースでやれることはやろうって思ってるだけだよ」


「えらいなあ……」


殊勝な心掛けに感動した美須乃は涙をぬぐう仕草をした。


「モッチーはなんて言ったらいいか、とっつきやすいっていうか、親しみやすいよな」

「え……?」


「ちょうどいい明るさっていうんかな……何でもないことも話しやすそうな雰囲気ある。初めて会ったウクーがモッチーで良かったよ」


「……ありがとう」


モチオは少し照れくさくなった。


「わたしで良ければなんでも話してくれていいよ。聞いて不快に思うことはないから。役に立つことは言えないけど、美須乃の心が軽くなるなら聞くよ。

今悩んでいることも永遠に続くわけじゃない。いつかは終わりがくる」


「うん、それはわかっちゃいるけど……寝る前くらいじゃないかな。落ち着いて考えられるのって」


「こういうと美須乃には悪いけど、わたしには経験できないことだからちょっと羨ましいな」


「……じゃあ代わってみる?」


にやりと笑む美須乃にモチオは即、頭を振った。


「眺めてるだけでいいよ」


「せやで。子供は『可愛いなあ~ 』って眺めてるだけで十分なんや……

でも、モッチーと話せるおかげでだいぶ救われてる気がする」


「それは嬉しい言葉だな」


「まあ、明日もまた『くそが~!!』とか叫んで、げんなりしてると思うけど……」

「今も既にそうなっているような……」


「本当にな……明日のこと考えると嫌になってくる。起きたらすぐに『ごはん~!!』やもん。

で、朝飯の後はテレビつけろ、おやつくれ、遊びに出かけても室内で走り回って、奇声を上げて、年下の子に玩具とられそうになったら大声で威嚇してドン引きされる……これが面倒なんやって。

上手にまわりの子と絡んでくれたらいいけど、恥ずかしがって逃げてくし。

なんといっても、うちが小さい子苦手やから、幼児とのやり取りがようわからんくて……

子供らにしたら、遊んでくれる大人としか思われてないけどさ。扱いが難しいわ」


トホホと肩を落とす美須乃。


「状況はよくわからないけど、そういう時ってどんな言葉かけるか悩むよなあ……

わたしならとりあえずニコニコしておくかな」


「ニコニコ……そうか、とげとげしいオーラ出してるよりかはええもんな。

駒にキレてばっかで、なかなかにこやかにできへんけど頑張ってみるわ」


「うまく言えなくてごめん……」


「ううん。とりあえず、人前で物に当たるのは極力控えることにするわ」

「わたしの前ではいくらでも……冷めた目で見てる」

「それ、めっちゃヤバい人やん」

「ストレス発散するところがないと」


「旦那が愚痴聞いてくれればええんやけどな。まあ、なんせ毎日仕事でくったくたやし、休日も時間あれば寝てたい人やからな。

おしゃべりな駒見たら『うるせ~!!』やわ。小学生くらいになったら『パパ嫌い』とか言って口きいてくれやんなるかもしれんのにな。

パパだけじゃなく、ママにもありうるけど……」


美須乃は少し寂しそうな顔をした。


「今だけってわかってても、わがままを全部受け入れられるだけの器なんてないよ。イライラをずっと抑え続けてるのってしんどい。

『この時間帯は!!』とか、上手く息抜きできたらええんやけどな。

思い通りにいかんよ。当たり前やけど……

特に問題もなくすんなり終わってく日もあれば、ほぼ1日最悪な気分で終わる日もある……

やらなアカンことある日に限って夜遅くまで起きてて、逆に何もすることない日はすぐに寝てしもたり……」


「焦ってる雰囲気を感じ取っているのかもしれないな」


「そわそわ感かなあ~

赤ちゃんの頃は『寝てから家事すればいいや~』って思ってたけど、今は昼寝も短いし、寝付き悪い日もあるから、やることに優先順位つけやんと、どんどんたまってくし、自分の時間がなくなるわ」


「う~ん、その日にやらなくてもいいこともあるんじゃないかな?」


「そうなんよ……時間があるとついつい、有効利用せなあかんと思って、普段せんような水回りの掃除しとこ~とかなるんよ。さっさと自分も昼寝すればええのにな。

でも、働いてるママ達は昼間も仕事してるわけやろ。

自分だけグータラしてたら、もっと社会から置いてかれてる感じがして。

専業主婦ってだけで既に引け目感じてるのに」


「他人に迷惑かけてるわけじゃないから気にしなくてもいいような……

それに、美須乃がきちんとそうやって考えられてるってことは、ちょっとずつでも前に進んでるってことだと思うよ。

どうでもいいや~って1日中何も考えられなくなったらだめだけど」


「時間無駄にしたらアカンよな……多分うちは子供が嫌いというよりも、子供がいると、1人でできてたことができやんなるのがストレスになってるんかもな~と思うんよ。

つい『お前のせいで~』って言ってしまう時もある。はあ…………」


魂が抜け出たような表情の美須乃の隣には、帰る準備が完了した駒がリュックを背負い、ベンチに座って楽しそうに鼻歌を歌っていた。


「親子で一緒に楽しめることならええんやけど、まだ小さいからなかなかなくて……

毎日キレてばっかやから“嬉しい”“楽しい”って気持ちが薄れてきとる気がする。

駒に『大好き~』って言われても『ふ~ん、そう』としか思えへん時も多くて……

元々感情の波が平坦ってのもあるけど、ここまでなるとホント、冷たいママやんな……」


「そんなに気を落とさないで……」


モチオがかける言葉に悩んでいると、すーっと心地よい風が頬を撫でた。


「ええ風やな。天気もいいし」


美須乃は空を見上げた。


「そうだな。わたしは春が一番好きだなあ。この季節に生まれたから」

「へえ~うちも春生まれ。んで、もうすぐ結婚記念日……

そうや、今度の旦那の休みにごはん――超特大エビフライ食べに行くんやった……!!」


どんよりとしていた彼女の瞳がイキイキと輝き出した。


「エビフライって?」

「う~んと……エビは知ってる?」


「この前、エビカツバーガー食べたんだよ」

「そうなんや。エビカツも好きやわ。エビフライは、エビに衣つけてまるごと油で揚げた食べ物……サックサクの衣にプリプリの身が味わえる料理、かな……」


「へえ~美味しそうだなあ」


「今度行く店のは超特大やから、もっと身がぎゅっと詰まっててプリップリやで……!!

まだ食べてないけど写真見たからわかる。長さ20cmもあるんやって。

はあ……めっちゃ楽しみやわ~」


胸を弾ませる美須乃にモチオは、

「いいなあ……」

ぽつりと言った。


「もしよかったら、帰りに買うてくるで。お義母さんとこに渡すのに買おうと思ってて」

「え……いいの?でもお金払えないよ」

「ええよ。いつも愚痴聞いてもろとるし、うちからのプレゼントってことで」


「じゃあ、お願いしようかな。わたしも、お祝い何か考えとくよ」

「いやいや、そんなのええのに……でも楽しみにしとくわ」


モチオにも新たな楽しみが1つ増え、期待に胸が膨らんだ。


「ごは~ん!!」

「せやな、そろそろ帰ろか……」


駒の唐突な“ごはん要求”に美須乃は、やれやれと首を振った。


「じゃあ、今日はありがとう」

「うん、また」

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