第30話

モチオは、まだ見ぬ“エビフライ”に思いを馳せながら、仲良く手を繋いで帰る親子の後ろ姿を見届けると、

「お前はいつからお悩み相談員になったんだ」

背後から声がかかったので振り返った。


そこには、縦長の黒いトートバッグを肩にかけたニミコが呆れ顔で立っていた。


いつも全身ほぼ黒一色なのに、今日は左手首の緑のブレスレットが差し色になっていた。


「いいだろ。今まで人と喋ったことなかったし……“親しみやすい”って言われた。ちょっと嬉しいな」


「まあ、お前はおっとりしてそうな奴とは気が合いそうだからな……」

「それだったら、ニミコとは仲良くなれてないじゃないか」


モチオはハハハと笑った。


「なんとなーくわかるんだよ。この人とは波長が合うなとか」

「そうか。あんまり無駄話ばっかしてんじゃねえぞ」

「たまには気晴らしもいいもんだよ」


「そのうち友達でも連れてきて、井戸端会議なんて始めたらたまったもんじゃねえ」

「彼女はそんなタイプじゃないから大丈夫だよ。大勢で喋るのが苦手だからここに来るんだよ」


「お前と話したいからか?」

「ニミコでも良かったと思うけど。関係ない人に自分の話を聞いてほしいって思うんだよ」


「ん~そんな奴に話してどうなるんだよ?解決するのか?」

「解決する、しないの問題じゃないんだよ。口に出したらラクになることってあるだろ」

「わからん」


「ニミコは思ってること、だいたい口から出てるからなあ……」

「ああ?オレだって、むやみやたらとキレてるわけじゃねえ……

ってか、話す方はいいとして、お前は辛くないのか?あれこれ助言しないといけねえだろ」

「アドバイスなんて要らないんだよ。聞いてるだけだから。きっとリルあの人もそうしてた」


「それであいつは人間に裏切られたんじゃねえか」

「人を好きになったせいだろ。わたしは惚れっぽくないから。

それに、今はできるだけ他のことを考えたいんだ。

そうじゃないと昔の思い出が蘇ってきて……

あの時、別れを選んだのが正しかったのか、今でも迷う時があるんだ……」


俯くモチオにニミコは、

「辛気臭い顔すんなよ。そんな面してたらこっちまで気分悪くなっちまう。

これでも食って元気出しな」

バッグの中から白い包み紙を取り出し、モチオの目の前に差し出した。


包みを開くと、中には丸い形をしたピンク色のクッキーが5枚ほど入っていた。


「ありがと……これ、ニミコが作ったやつ?」

「ああ。庭でニジクの実が大量に穫れたからな。混ぜて焼いてみたんだ」


モチオはクッキーを取って一口かじった。


「美味しい……」


サクッとした食感と上品な甘みとやわらかな酸味が、口の中の隅々まで沁みわたった。


「そうか。ユティも『美味い美味い』って食ってたけど、ご機嫌取りで言ってるような気がしたからな」

「ユティはそこまで深く考えてないと思うけど……」


「…………だな」


一瞬間をおいてから納得したニミコは、モチオが笑っているのを見ると少し安心した。


「落ち着いたか?」

「うん。疲れた時や落ち込んでる時は甘いものが一番だな。

ああ、お茶も飲みたくなってきたなあ~前にもらった“ニミコブレンド”好きなんだよなあ……」


「帰って飲みゃいいだろ……ってか、変な名前つけんなよ」

「そうするよ。ニミコはどう?」

「悪いな。これから北西部まで行く用事があるんだ」

「忙しいんだな……じゃあ、また今度だな」


モチオが残念そうな顔をするとニミコは、

「そういえば、最近“とおし”は使ってるのか?」

と尋ねた。


「うん、たま~に」

リルが橙にいるかどうかはわからねえのか?」

「ああ……前にやってみたけど何も映らなかったから、ここにはいないんだろうなって……」


「今、やってみたらどうだ?」

「え……?何で?」

「また目撃したって情報が入ってきてな……もしかしたら、近くまで来てるのかもと思って」

「う~ん……じゃあ、見てみるよ」


モチオは瞼を閉じたが、何かに遮られているのか、いつものように風景が全く浮かんでこなかった。


諦めようとしたその時、ふっと、それらしい人影が映った。

ゆらゆらとぼやけていたものの、あたりには色鮮やかな草花が溢れているのが見えた。


(この風景は、オハナナノ庭園……?)


「いた……今、オハナナノ庭園が見えたから、橙にいるみたい」

「ってことは、いつオレ達の前に現れてもおかしくないってことだな」

「…………」

「大丈夫か?」

「う、うん……」


一点を見つめていたモチオにニミコは心配そうに声をかけた。


「オレはもう行くぜ……明日の午前中まではかかりそうだから、何かあれば猫に知らせろよ」

「わかった」


二度頷いたモチオはニミコと別れると足早に自宅へ戻った。

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