第11話
モチオがニミコと出会ったのは今から約70年前のこと。
仕事中、見知らぬ年配のウクーに変な言いがかりをつけられていて困っていたところを、近くにいたニミコが助けてくれたのだった。
ねちねちとしつこい男性を、
「くだらねえことぬかしてるとシバくぞ、このジジイが」
と、胸ぐらを掴む姿にモチオは度肝を抜かれ、脅されている本人以上に震え上がっていたが、気迫に満ちた表情に男性は身動き一つできず、その隙に逃げることができた。
それがきっかけで交流が始まった。
当初は口の悪さに戸惑いもありつつ、曲がったことが嫌いで、誰にも媚びず、ずばずばと物を言える彼女はモチオにとっては羨望の的だった。
時には容赦なかったが、根底には優しさが溢れているので友達感覚で接することができた。
“橙ウキウクで、キレたら最も怖いウクー”と恐れている者も多いが、頼もしく明るい人柄で、彼女のことをよく知っているウクー達は信頼していた。
もちろん、モチオはその頃もリルとは付き合っていた。
しかし、ちょっとした言い合いになっても彼が冷静になりすぐに折れてくれていたので、モチオにとっては自分の我儘を通してしまっているのではないかと対等に思えない時もあった。
決して、物足りないわけでも寂しいわけでもなかった。
ただ、“好き”という感情がだんだんよくわからなくなっていた。
「ニミコはどういった人が好きなの?」
「打たれ強いヤツかな」
その瞬間、モチオの脳裏には筋骨隆々の男性の姿が思い浮かんだ。
それは大袈裟かもしれないが、自分は対象になり得ないことは確かだった。
「わたしとは真逆だな……」
「そうか?まあ、オレは恋愛には疎いからな……
あ、そうだ。これ、さっき人間のばあさんを道案内したら、お礼にもらった。
お前も食うか?」
ニミコが紙袋から取り出したのは、白い紙に包まれた丸い食べ物だった。
包みを開けると千切りキャベツの下に、油で揚げた何かを挟んだパンが現れた。
「エビカツバーガーだってよ。胃もたれしそうだから半分やる」
「わ~い」
ニミコはエビカツバーガーを2つに割って、大きい方をモチオにくれた。
「小さい方でいいよ」
「お前のが若いんだからでっかいほう食え」
「若いって……20歳なんて殆ど変わらないじゃないか…………」
渋々大きい方を受け取ったモチオだったが、
「いただきまーす」
早速一口食べると、カツのザクザクとした食感と、プリッとした海老の歯ごたえに顔が綻んだ。
「うん、おいしい~」
「美味いな」
2人とも満足げな表情だった。
「エビって初めて食べたよ。白くてプリプリしてて美味しいんだな」
「白いのは魚のすり身だぜ。エビはピンクっぽいやつ。外では人気メニューらしい」
「へえ~~そうなんだ」
「たまにはいいもんだな、人間の食い物も。植物ばっかりだと飽きてくる」
植物を主食とするウクーにとって、人間の食べ物は毒になり得るものなのだが、時折こうしてお腹を壊さない程度にこっそり食べる機会もあった。
「ニミコは人間の好きな食べ物をよく知ってるな~」
「内には凝ったものないから、自然と外へ出たくなるんだよ。お前は飽きないのか?」
「う~ん……そりゃ美味しいものも食べたいけどさ、ニミコと一緒に食べたほうがより美味しく感じるもん」
最後の一口を食べ終えたモチオはにこりと笑った。
「…………誰でも変わらないと思うぜ」
それに対しニミコは照れくさそうに視線を逸らした。
「……あ、そろそろ行かねえと。猫達の餌の時間だ」
「うん。ありがとう」
「じゃあまたな」
ニミコは包みを紙袋の中に押し込んでから席を立ち、颯爽と去っていった。
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