第12話
水曜日、トフシイ東側広場のベンチに座って読書していたモチオが、ふと顔を上げると、出入口の方から見覚えのある大小2つの影が近づいてきた。
美須乃と駒だ。
(あれ、また来たのか……)
彼はパタンと本を閉じて立ち上がった。
美須乃は青系のデニムパンツに消炭色のパーカー姿で、駒は青の長袖Tシャツに薄ピンクのズボンを履き、今日も赤地に白ドット柄のベストを着ていた。
モチオと目が合った美須乃は軽く頭を下げた。
「こんにちは」
「こ、こんにちは……また来てしまってすみません」
「ううん。買い物の帰り?」
「いえ……子育てセンターに行ってました。未就園児が遊べる所なんですけど、ここから近いので」
美須乃がモチオと話している間、駒は母の後ろに隠れながら、ちらちらと様子をうかがっていた。
「ほら、駒も『こんにちは』って言うて」
「こんちは……」
駒は美須乃の服の裾を掴んだまま小さな声で言った。
「聞こえへんよ。お姉さんのほう向いて」
「お姉さん……」
きょとんとするモチオに美須乃は気まずそうな顔をした。
「あ、ちゃいます?……お兄さん?」
「うん、どっちかといえばそうかも」
「お兄さんやって」
彼女は駒の背中をトントンと叩いた。
駒はモチオを一瞬見たが、また顔を隠した。
「ちょっと~!!……じゃあ『モチオさん』、『モチオさんこんにちは~』って」
「…………モッチーこんちー!!」
「誰が韻踏めって言うた。勝手にあだ名つけて……」
「それで構わないよ」
(“モッチー”か……久しぶりに聞いたな、この呼び名)
にこりと笑んだモチオはリルのことを思い出した。
「すみません……」
ため息をつく美須乃に駒は「なんで?」と不可思議な顔つきをしていた。
「今日はお弁当持ってきたから、ここで食べようかと思いまして」
「ああ、じゃあどうぞ」
モチオはテーブルの上に広げてあった本やメモ帳などを端に寄せた。
「すみません……駒、座って」
「は~い」
ベンチによじ登った駒はちょこんと座って行儀よく待っていた。
「お弁当食べるってわかってたら、前みたいにウクウク言う心配ないかなあ~って」
「それはいい案だな」
すると駒が突如、
「ウク~!!」
と高らかに叫んだ。
「おい、お前わかってて言うてるやろ」
「こまちゃんおなかすいたの~」
「都合悪なるとすぐに話題変える」
美須乃はチッと舌打ちしつつも、テーブルに弁当箱を置いて準備を整えた。
クリーム色の小型の弁当箱には、俵型の小さなおにぎりが2個入っていた。
「いただきま~す」
駒は手を伸ばすと、早速大きな口を開けて食べ始めた。
「そういえば、モチオさんっていくつなんですか?」
「140歳だよ……あ、さん付けじゃなくていいし、敬語もいいよ」
「あ、ああ……はい、うん…………えっ?140年!?まだまだピッチピッチの20代に見える……あ、人間とは違うんやっけ……」
「人間と同じように18歳くらいで成人とみなされるけど、それ以降はゆっくり歳をとるんだよ。人間の20代から40代頃が一番長いのかな……
若く見えて何百年も生きてるってのもいるから、見た目だけでは判断できない時もあるな」
「羨ましい歳のとり方やな。うち、アラフォーやけど衰える一方で……あ、そんなんどうでもよかった……その首元の模様は?」
「これはメハトって言って、ウクーには必ずあるものだよ。橙色のウクーだからメハトも橙色」
「結構目立つよな」
「うん。だから、外世界でストールとかマフラー巻いて首元を隠してる人がいたら、ウクーも紛れてるかもしれないよ」
「え!?そんなん言うたら、冬場なんてウクーだらけちゃうん?
ウクーってそんなに人間の世界に溶け込んでるもんなんか……」
「実際は数えるくらいだろうけど。外世界が気になるウクーはいるからなあ……
ショッピングモールなんて絶好の観察場だから」
「確かに、すれ違うくらいじゃわからんもんな……いや……」
と美須乃は首を傾げた。
「うち、モッチーはチラ見しかなかったけど、すごい透明感あって、キレイで可愛い人やなあって印象に残ってた」
「そうかな」
「あ……可愛いって言われるのは微妙か……
えーっと、人当たりが柔らかそうな感じやなって。服もナチュラルな雰囲気で似合ってるし……」
「ありがとう……ウクーの中では並だから、着飾っても変に浮くだけだし……」
ファッションに無頓着なモチオはいつも、ゆるっとしたシルエットの五分袖または七分袖チュニックに、細身のパンツの組み合わせが多かった。
「それで並とか言うてたら、うちはスッポンやで……
まあ、今更美人になりたいとか思わんけど。ところで今は何を?」
「ちょっと休憩。本を読んでた」
ふむふむ――と美須乃が更に質問しようとすると、
「ごちそうさまでった~!!モッチーあそぼ~!!」
駒が大声で遮った。
「もう食べたんか!!……って、今お話しとるんや」
「あそぶの~!!」
「いいよ、ちょっとくらいなら」
「やった~!!」
両手を上げて喜んだ駒は、ベンチに置いてあった母のリュックサックから小箱を取り出してフタを開け、プラスチック製のカードを並べ始めた。
ハンバーグ、カレーライス、オムライス――など食べ物が描かれている。
モチオはオレンジ色の二つ折りのケースを渡された。表には“メニュー”とあるので、どうやらレストランごっこをするようだった。
「いらっしゃい~なんにします?」
「ん~じゃあ、3番のオムライスセットで」
「わかった~ハンバーグね」
「いや。オムライス」
「ハンバーグつくるの~」
「オムライス……」
(選ばせる意味ないような)
唖然とするモチオに美須乃は苦い顔つきになった。
「選ばせときながらいつもこうなんや。自分が作りたい物しか作ってくれへん。気まぐれシェフ」
「できあがり~!!どぞ!!」
目の前に置かれたカードはエビフライとオムライスとサラダだった。
(ハンバーグじゃないのか……本当に気まぐれだな)
「ありがとう。いただきます。もぐもぐ……美味しい」
食べる真似をするモチオを、駒は隣に立ってじーっと眺めていた。
「これ食べて」
「うん」
「次こっち」
「うん、美味しい」
「はい、次こっちね」
「うん」
「はい、ごちそうさまでった~!!」
「ごちそうさまでした」
モチオが両手を合わせると、駒はさっさと皿をさげ、残りのカードも全部小箱に入れてしまい、あっという間にレストランごっこは終了した。
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