第13話

片づけている駒を見ながら美須乃が、

「モッチー、子供のお世話向いとるんちゃう?」

と笑った。


「それはないな。子供好きじゃないから」

「あれ、そうなんや」

「嫌いじゃないけど、行動の予測がつかないから苦手かな」


「うちも同じや。子供苦手で……じゃあ、何で子供作ったんや?って話なんやけど……

生まれたら母性ってものが芽生えて“可愛い~”ってなるかと思いきや、全然変わらんだし。

赤ちゃんの頃は可愛かったんやけどなあ……

イヤイヤ期始まってからは常にイライラしてばっかり」


はあ~と大きなため息をつく彼女の顔は疲れ切っていた。


「それって、どれくらい続いてるの?」


「もう2年半くらいは。自分が言いたいことだけ喋りまくって相手の話聞かんの。

自己主張の塊や。上手く喋れへんから癇癪起こすことも多くてな……

3歳半過ぎてだいぶ言葉の数は増えてきたけど、今度はわざと言うこときかんだり、赤ちゃんみたいに喚いたりしててウザいな。

15キロ超えてるのにまだ『抱っこ~!! 』ばっかやもん」


「うわぁ……」


「この頃なんて、別に怒ってるわけちゃうのに、ちょっときつく言っただけで泣くし、ふつうに返事しても急にキレることもあったり情緒不安定すぎるんや。

頭ごなしはよくない、理由をつけて叱れって言われたけど、本人もよくわかってないみたいで……

いや、わかってるけど、自分の意思を曲げたくない性格で余計腹立つんよな」


「そっか……今見た限りでは全然わからないな」


「外の顔があるんや。パパママ以外やと猫被るんよ」

「へえ~それは演技派だな」


「はははは……まあ、そんな感じで、駒で手一杯やから子供は1人で十分やなって……40前で出産とか想像しただけでぞっとするし。

腹に10か月間赤ちゃん入れとくのがもう無理。

もっと小さく生まれるか、卵でポコーンて出てきてくれたらええのにな……」


「ウクーは卵から生まれるよ」

「え?本当に!?」


美須乃は素っ頓狂な声を出した。


「ここのウクーは、橙さんのいる花桃の木にできる卵から生まれるんだ」

「そんな大きい卵が木に……」


「木にぶら下がってるのは1~2年かな。

その後は山奥とか、人目のつかない場所に移動させて5年くらい待つんだ。

出てきた時は6、7歳まで成長してる。個体差はあるけど」


「それはええなあ……でも、赤ちゃん期がないのはちょっと寂しいような」


「ウクーにはそれが普通だから。生まれたら10年くらいは世話係のウクーに育ててもらうんだよ。

人間みたいに乳幼児期がないし、人間の子供に関わることが少ないと、会っただけで狼狽えるウクーもいる」


「じゃあ、もしパートナーとの“子供が欲しい”ってなったら?」


「う~ん……そういう時は橙さんにお願いするんじゃないかな……

『2人によく似た子を作ってくれ!!』とか言うのかな……?

まわりでは聞いたことないな。難しいだろうし、それなら世話係に願い出て、自分の子供として引き取る方がよさそうだけど」


「へえ~~人間の世界では、“結婚したら次は子供!!”ってのが世間一般の見方やから」


「そう考えるウクーもいるかもしれないけど、子供が苦手っていう方が多そうな気がする。わたしもそうなんだ。

駒は自己主張はっきりしてくれるから喋りやすいけど……美須乃も。

気さくだから安心して喋れるのかも」


「そうか…………うん?いや、うちは気さくとはちゃうよ。

めっちゃ人見知りするし、慣れてない人と話すのなんか特に苦手で……」


「そういうふうには感じないけどな……すごくいっぱい喋ってくれてるから」


「あっ……まあ、喋ること自体は嫌いじゃないから……うちにとってもモッチーは話しやすい人なんかもな……」


彼女は自分でも驚いているかのようだった。


「先輩ママや幼児園の先生のような、経験や知識豊富な人らと違うから、先入観なく話せてラクなんやと思う」


「たしかに。わたしは人間の生活に関しては無知に近いから、聞くだけしかできないけど……」


申し訳なさそうに頭を下げるモチオに対し美須乃は、

「いやいやいや……!!こっちこそ、暇な主婦の愚痴に付き合ってもろて申し訳ない」


首をぶんぶんと横に振った。


「子育て『イヤー!!』って思う毎日で、未だに『子育てって素晴らしい!! 』とは思えへんけど、ママ達の大変さはわかるようになったかな……

“大変、大変”って、何が大変なんかイマイチようわかってなかったから。

育児って、まず体力気力がないとできんってことを実感したわ……

愛情や思いやりも、もちろん大切やけど、自分が元気じゃないとそこまで気が回らんことやからなあ…………」


「美須乃は子供のことよく考えてるな」


「え?そうかな……他のママ達も同じやと思うけど」


「親って大変なんだな。ここに来るのはだいたい楽しそうに遊んでる親子ばかりだけど」


モチオの言葉に美須乃は、1人テーブルで遊んでいる駒を尻目に言った。


「他の楽しそうな親子見てるとな、うちは荒んでるな~楽しめてないな~と思ってしまうんよ。

まあ、外ではチビッ子達もよそ行きの顔で、家では暴れ怪獣なんかもしれんけど……」


「家では何言っても許されるって思うからかな。

わたしならそんなことされたら逃亡するよ。現実逃避したい」


「それ、うちもやってるわ。キレたら放置して部屋から出る。

ふて寝する時もあるな~1人でこんなに手がかかってるのに、2人、3人とか子供いる家庭ってどう対応してるんやろな……

駒だけで根を上げそうになってるうちがアホみたいに思えてくるんや」


「そうかな……何人生んだから、育てからスゴイっていうのはないと思うな。

子供だって1人1人性格違うはず。

全く手がかからない子もいれば、1人でも2人分手がかかる子だっているだろうし。

1人でもきちんと向き合ってたらすごいママだと思うよ……

うん、美須乃はえらい」


「そうか、うちはエライのか……」


モチオに褒められた美須乃は表情に少しだけ元気が戻った。


「子育てしてても、褒められることってあんまりないから……

だって、親が子供の世話するのって当たり前やろ」


「当たり前のことを当たり前にするのも大変なことだよ。

根気がないとできないから」

「そうなんかな……それが普通やと思ってるし」


「もしかしたら、わたしの感覚がズレてるだけかもしれないけど、美須乃は“周りの~”とか“普通の~”とか気にしすぎなんじゃないかなと思うよ」


「うう……そうかも…………子供も2歳すぎれば“2人目は~?”とか“仕事はせんの~?”って周りから質問が飛び交ってくるから」


「えっ……!?そんな余計なお世話言ってくる人がいるの?」

「おるんやで。育休中のママ達は子供が1歳になったら復帰って人も多いから」


「え~~……でも、自分は自分、他人は他人だろ。家庭の事情とかタイミングとかあるだろうに。

わたしは育児したことがないからわからないけど、美須乃の話を聞いてる限り、子育てに時間とられるなら自分の時間に使いたいって思うなあ……」


「そうそう!!自分の時間が取れやんのが困るんよ。

時間は作るものって言うても、子はいつギャースコなるかわからんし……

『寝顔を見たら癒されて全て許せる』、『明日も頑張れる~』とか言ってる親の気持ちなんてようわからんわ。

うちなんて、駒が寝たら『明日も遅くまで寝ててくれ~』しか思ってないもん。

なんつー酷い親や……」


「そんなに卑下しなくても」


「うん…………来週から幼稚園行くし、もう少しの辛抱かな。

あ、でも環境変わったらストレス溜まって、家帰ってきたらうるさくなるかもなあ~~はあ…………」


口から魂が抜け出ていくかのような疲弊ぶりだった。


リアルな育児状況を聞くと、ますます大変さを思い知らされたモチオだったが、美須乃の話を聞くのは嫌ではなかった。

波長が合いそうな雰囲気を感じ取ったからだ。


(気が合えば、緊張せず楽しく話せるのかも……わたしと同類かな)


「えっと……上手く言えないけど、もっと肩の力抜いていいと思うよ」


「うん……あ、ごめんな。余計な心配かけて。いつものことやから大丈夫……

でもないけど、そこまで深刻じゃないから」


「それならいいけど……」


モチオが心配になると退屈そうにしていた駒が、

「かえるの~」

美須乃の腕をぎゅーっと引っ張った。


「ちょ、痛いわ……!!わかったから離して。じゃあ、うちはこれで……」


彼女は立ち上がってリュックを背負うと、

「どうもありがとう」

ペコリとお辞儀をした。


モチオもつられて頭を下げた。


「ばいば~い」


駒は笑って短く手を振ってくれた。

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